ゴールデンウイークをゆっくり過ごし、翌日からおひとり様ツアーでバス旅行に出かけてきました。

久しぶりのミステリーツアー、このパンフレトを見て私がどこにいったかわかりますか?

 

 

 

行った先は岡山。

これは出発地の集合時間と晩御飯のメニューでだいたいわかりました。

ただ行く場所は全くの想定外。

こんな塔や

 

 

 

雪舟ゆかりの寺院ですが、ガイドブックにも乗っていないお寺です。

 

 

 

ここも初めて聞いたお寺。

帰るときにパチリしたのでもう本堂が閉まってた。

 

 

 

お隣は神社でした。

 

 

 

泊まったホテルは海のそば。

お部屋からも海が見えます。

 

 

 

去年四国からパチリした瀬戸大橋を今年は本州から。

 

 

 

北前船で栄えた港町をぶらぶら。

ここは二度目。

20代前半の時にここにタコを食べに行きました。

 

 

 

今はジーンズの町ですが

 

 

 

お塩で栄えた町で、ここはお塩で財を成した方のお家。

 

 

 

最後は駄菓子屋さん。

めちゃくちゃ広い場所にお菓子やおもちゃが約5000種類も並んでいました。

こんな場所があること全然知らなかった。

 

 

 

ということでそれぞれの場所がわかる人はいるかなぁ。

食事はパンフレット通りのタコとタイづくしでした。

美味しかった♪

ゴールデンウイークも今日でおしまいですが、子供の日の昨日は柏餅を食べて

 

 

 

プエルたちの衣替えを完了。

大きい子だけですが。

 

 

 

そんな私の今日のブログは4月初め、妙顕寺を参拝した日の続きです。

 

妙顕寺をあとに小川通りをてくてく。

このあたりは西陣と呼ばれているところで、茶道の本家が並ぶ地域です。

 

 

 

ということで、ここは茶道の表千家の不審庵。

不審菴とは千利休が営んだ茶室の名で、利休の切腹後、継子少庵が豊臣秀吉から千家復興を許され、この地に利休ゆかりの不審庵等を復興したんだそう。

 

 

表には「千利休居士遺蹟不審庵」という石碑がありました。

 

 

そこからすぐの場所にある本法寺にやってきました。

 

 

 

本法寺は1436年日親上人が創建した日蓮宗のお寺です。

 

 

 

このお寺もいろいろ移転して、1587年にこの地に移りました。

 

 

 

ここも桜が満開です。

 

 

 

 

良い時期に来たねぇ。

 

 

 

 

寛政年間に再建された多宝塔。

京都府指定の有形文化財です。

 

 

 

多宝塔と桜のコラボがめちゃキレイ。

 

 

 

 

 

ということで、ここも中に入ります。

 

 

 

廊下の先にあるのは「巴の庭」。

 

 

 

このお庭は本阿弥光悦作で国の名勝に指定されています。

 

 

 

 

中には宝物展示があって、そこには重要文化財の紫紙金字法華経や、長谷川等伯の釈迦大涅槃図などが展示されています。

 

 

 

特に長谷川等伯大涅槃図は普段はレプリカの展示ですが、この期間だけ本物を見ることができます。

 

 

 

もちろんお写真はNGですが、たまたまテレビで紹介されていたのでご紹介しますが、この涅槃図、縦約10m横が約6mとめちゃ大きい。

なので二階からも見ることができます。

 

 

 

面白いのは涅槃図の中に長谷川等伯自身がいるところ。

この少し前に等伯は息子さんを亡くしているそうで、いろいろ思うところもあったようです。

 

 

 

もう一つ他の涅槃図と違うのは一番下にいる犬が洋犬なのです。

説明によるとコリー犬らしく、こんな時代に珍しい犬種だと思います。

 

 

長谷川等伯は1539年生まれの絵師で桃山時代を代表する画人。

本堂の前には等伯の像もあります。

 

 

 

その横の木は光悦翁手植之松。

 

 

 

本法寺はそんな二人と縁の深いお寺です。

 

 

 

このあたりは桜の見所がたくさんあって他にも行きたかったのですが、二つのお寺でゆっくりしすぎて夕方になってしまった。

他のところはまた来年以降行ってみようと思います。

 

 

ゴールデンウイーク真っ只中の今日、私は例年通りお風呂のバスタブ横のエプロンを外して大掃除。

毎年この時期にやっていますが終わった後、必ず腰痛になります。

この作業は同じ姿勢でいる時間が長く、結構きつい。

明日は換気扇やレンジ周りのお掃除予定。

でもこういう作業って歳を取るとかなりしんどそう。

いつまで一人でできるかなぁ。

 

そんな私の今日のブログは4月初めのお話です。

 

この日は地下鉄でお出かけ。

珍しくすいてるなぁと思ったら二条城で人がいっぱい乗ってきていつも通りの地下鉄に。

 

 

 

東西線から烏丸線に乗り換えて丸太町で下車。

そこからてくてく歩いて…やってきたのは妙顕寺。

 

 

 

豊臣秀吉が京都の宿としていた妙顕寺は、京都初の日蓮宗道場として1321年に創建されました。

 

 

 

応仁の乱や宗派間の紛争で移転を繰り返し1584年にこの地に落ち着いたんだそう。

 

 

 

ここは桜の名所でもあって、良い感じに咲いています。

 

 

この桜の木がこのお寺で一番大きな木。

 

 

 

 

鐘楼の前の桜も良い感じ♪

 

 

 

春だねぇ。

 

 

 

 

この石塔は「寿福院塔」。

前田利家の側室の母寿福院日栄が自らの来世の冥福を祈り建立した逆修の石塔だそう。

 

 

 

大本堂も

 

 

 

鬼子母神堂も、後で中を拝見しますが、とりあえず外からパチリ。

 

 

 

まずは方丈から中へ。

 

 

 

玄関は天井が高い。

この天井は化粧屋根裏というそうで、かつてここは台所として使用されていたそうです。

 

 

 

まずは大本堂の中へ。

 

 

 

大本堂は1975年に天井が崩れ落ちて大修理が行われたそうで、格天井にはその時の寄進者達の家紋が描かれています。

 

 

 

その先にあるのは鬼子母神堂。

 

 

 

歴代の天皇が祈願してきたことから天拝鬼子母神と呼ばれているそうです。

 

 

 

この日は特別拝観時で、途中のお部屋にきれいなアクリル板の飾りや

 

 

 

部屋の中にお庭???

 

 

 

西陣織の展示もありました。

 

 

 

 

大客殿から見えるのは「四海唱導の庭」。

「四海唱導」とは世界中のあらゆる人々を法華経の教えに導き、その功徳によって人々を救うという意味が込められているんだそうです。

 

 

 

勅使門の横の紅枝垂れ桜がきれいです。

 

 

 

こちらは「光琳曲水の庭」。

このお寺のどこかに尾形光琳が手掛けたお庭があったそうですが、これは1788年の天明の大火後に光琳の作品を模して造られたお庭です。

 

 

 

この赤松の枝はお釈迦様が私たちをもれなく救おうとするため多方面に慈悲の手を差し伸べた姿だと言われているそう。

 

 

 

丸窓から見えるお庭も素敵です。

 

 

 

そしてこちらは「抱一曲水の庭」。

このお庭は尾形光琳を偲んだ百回忌の際に酒井抱一が奉納した「観世音図」に因んだ草木が植えられています。

 

 

 

このお庭には水琴窟があって、しばし良い音色に癒されてきました。

 

 

 

椿かな?山茶花かな?(たぶん山茶花)

 

 

 

孟宗竹の坪庭。

実はこのお庭、五角形になっていて法華経28章にちなんで28本の竹が生えているそう。

 

 

 

このお寺、自由にお茶やコーヒーがいただけるシステムになっていて、少し休憩してから先に進みます。