キャンディキャンディ My secret garden -5ページ目

キャンディキャンディ My secret garden

キャンディキャンディが今も大好き
 NYのテリィのアパートのおばちゃんになりたい私です

         




スザナ・マーロウ。






あの頃は、泣きたいほどの怒りを覚えたが、今はスザナの気持ちがわかる気がする。





「誰かを心底、愛してしまったら、




きれいな気持ちのままではいられない。」










この衝撃的なセリフは、 
小説「キャンディキャンディ ファイナルストーリー」第三章にある。




薄暗い書斎で、たったひとりですごすキャンディが、思い出にふける場面での独白__。






三十代になったキャンディが、ひとつひとつの想い出のかけらを手にしながら、




胸の奥にひっそりと沈む自分の想いと向きあう瞬間_____。









初めて読んだ時は、




いつものキャンディらしく、スザナの心に寄り添った言葉だとも思った_。





あなたは悪くないのよ、と。



あなたと同じ立場に立たされたら、



人は皆、あなたと同じように行動するでしょう、と。






でも。




その時も、




パラパラと再読する時も、このセリフにはいつもつまづいてしまって。。。








そもそも。




私の中のキャンディというヒロインは。




元気いっぱい、パワフルな見かけの裏側で、人の気持ちを慮り、それを何よりも大切に、時には自分の想いを越えてまで、相手を思いやることができるどこまでも心の美しい女の子。





だから、彼女の心の深淵を覗き込んでも、そこには浅く澄んだ泉が広がっているだけのような気がしていた。




決して、深く暗い闇に通じる面はない、と。







加えて。



誤解を恐れずに言えば、



漫画の中のキャンディは。



神経が少し太い。




打たれ強くてへこたれず、ポジティブな思考と両輪のように、他人に対して底抜けに優しくいられる女の子。





そんな風に感じる部分もあって。




大胆な行動と繊細な思考が「点」でバラバラになっているようなイメージだった。




これは、先日書いたように「いがらし先生の好み」と「水木先生の思い」がそれぞれにおありだったから、だと思うのだけど。






でも_。



小説キャンディキャンディ ファイナルストーリーは。





当たり前だけど、どこまでも水木杏子先生の世界。




一点の曇りもなく、ぶれることなく、点と点が結ばれたようにキャラクターの行動、思考や性格に筋が通っている。






だから。





深く深く。




近づいて行けば、キャンディキャンディという物語の謎が解けてくる。




水木先生のメッセージが見えてくる。




そんな気がして。









ファイナルストーリーを読むと、
どちらかといえば、「現実感のないキャラクター」としか捉えていなかった漫画の中のキャンディが、「血の通った女性」として見えてくる。




だからこそ。





ねぇ、キャンディ。



何が、あなたにその言葉を言わせたの?







私はそうキャンディに尋ねずにはいられない。





ファイナルストーリーを読むたび、その部分に差し掛かるたびに、




ファイナルストーリーにすら書いていないことがあったから?





それとも。





読解能力のない私が、キャンディからのメッセージに気づいていないから?




私はいつも、



焦りにも似たような、



キャンディから置いてけぼりになった気持ちに駆られる。




その言葉は、どんな意味を持つの?





そうキャンディに確かめたい衝動にかられる。





そして、最近。




ふと_。




この言葉を口にするキャンディは、決してスザナの気持ちに寄り添ってるわけではなくて、





キャンディが、



スザナに



「私たちは同罪よね」と。



「私もあなたと同じ気持ちになったの」


「許してもらわなければならないのは私も同じ」



そう言っているのかもしれない、と感じはじめた。








「誰かを心底愛してしまったら」



この「誰か」は、「テリィ」



テリィを深く、狂おしいまでに愛してしまったスザナ。



テリィの側にいるために、キャンディからテリィに宛てた手紙を隠してしまう。




テリィが心の均衡を崩し、ボロボロになっていく様子を静観してまで、テリィをつなぎとめるスザナ。







そのスザナと同罪のキャンディ。




同じ気持ちを理解できるという今のキャンディ。





それはなぜ?





キャンディはどんな罪を犯したの?







キャンディが、他の誰かを愛してしまったために罪を犯すとは思えない。






じゃあ、「誰かを」はやはりキャンディにとってもテリィ。





スザナより早く、テリィに巡りあい、愛したキャンディ。





だからキャンディがテリィを愛したことをスザナに謝ることは考えられない。




ではなぜ、キャンディはスザナに許してもらわなければならないの?






唯一、考えられるのは。





キャンディがスザナに対して犯した罪。





スザナと交わした約束。





二度とテリィと会わないという誓いをキャンディが破ったから。







スザナ亡き後、キャンディはテリィと再会し、スザナとの約束を破ったとしたら?_。







「誰かを心底愛してしまったら、きれいな気持ちのままでいられない」





私には、


スザナとの約束を破ったことを、自分の罪とキャンディは思っているのでは、と思えるのです。






何を犠牲にしても、愛する人の側にいたい、という気持ち_。




スザナとの約束を破っても_。








テリィから届いた手紙。




「キャンディ 変わりはないか?

あれから一年たった。


一年たったらきみに連絡しようと心に決めていたが、迷いながら、さらに半年がすぎてしまった。


思い切って投函する。


_俺は何も変わっていない。


この手紙が届くかどうかわからないが、どうしてもそれだけは伝えておきたかった。

          T.G  」







その手紙を読んで、スザナとの約束を
反故にしてでも、テリィに会いたいと願ったキャンディがいたとしたら?





テリィはスザナと添い遂げるのだからと自分の心を封印したキャンディが、今も変わらずテリィが自分を愛してくれているのを知り、また再会し、一緒に暮らしているのだとしたら?





きっとキャンディのことだから、テリィを愛している自分が、きれいな気持ちのままでいられないことをスザナに謝っているのでは、と思えるのです。






そう思うと。




必然的に、キャンディはテリィと暮らしているのね💕


なんて、ほっとしてしまう。







「あの人」を





水木先生は、最初から曖昧にしようと決めていた、とおっしゃっています。



昔からのテリィファン、アルバートファンの気持ちを尊重してくださって。





だから、私は、ずっと「あの人」は誰かを探るのは無意味かも、と思っていました。




どちらにでもとれるように、水木先生があえてそうされたのだから、ひとつひとつのキーワードやパズルのピース🧩を探っても堂々巡りである、と。





でも。




このブログを書きながら、ふと_。




水木先生は、



「あの人」は、テリィかアルバートさんのどちらか、


「決めないでおこうと思いました」


とはおっしゃってないことに気づきました。






水木先生の中で、あの人はきちんと決まっていて、ある特定の男性が、キャンディと暮らしているのが見えているのだと改めて思えてきました。






水仙の咲くその家に、三十代になったキャンディが愛する男性と暮らしている。





それは私たちのよく知っている男性で。





あえて、水木先生は、すべてのキャンディファンの想いを大切にされ、キャンディに縁のある別の男性も登場させて_。





どちらにでもとれるようにされた。





でも、水木先生は、「あの人」が誰かを決めていないのではなくて、決まっているけれども、あえて煙にまいているのだとしたら?







そう思うとやっぱり、ひとつひとつの物語の中の題材が、エピソードが、描かれている物たちが、重要な「鍵」になると思うのです。







キャンディの独白は、




私にとっては、キャンディが一緒に暮らしている男性は?の問いを完成させるためのパズル🧩の、大切な一片のピースに思えて嬉しかった。







私は。



私の心の恋人はアンソニー💕💕💕



でも、キャンディには、テリィと結ばれて欲しい、と思っているファンなのです。



あくまでも、私の勝手な想いを書いたということで、お許しください。




楽しい話題もぜひ💕
「キャンディはアルバートさんと結婚したの?」という本について書いています💕
よかったら読んでくださいませ💕




今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます💕