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オーディオにまつわるあれこれ。

自分の人生のテーマは認知症の母の介護。そして、音楽を聴くこととオーディオ。

 

この二つが人生のテーマです。

 

今年45歳になりこれからの人生にことを考えたとき必要なのは、

 

自分と向き合うことです。

 

今までは物を買ったり、どこかに出かけて刺激を得たり、何かを経験したりと、

 

自分の欲のままに生きてきました。

 

特に物を買うという刺激には終わりがないようです。

 

自分の部屋にはBluetoothスピーカー2台ラジオが2台コンポが1台あります。

 

欲しいままに買っていったらこうなりました。

 

本当はこんなにも必要ないんですよね。

 

そして、父が大半のお金を出した高級オーディオがあります。

 

自分の部屋にはプリンター、パソコン、カメラ、テレビ、エアコンなどがあります。

 

暮らしていくには何不自由のない暮らしが出来ます。

 

もう物欲とは縁を切りたいです。

 

このまま物を買ってその場しのぎの刺激や欲を満たすことは終わりにしたいです。

 

CDやレコードも次々と買ってきました。

 

未だにCDやレコードが買いたいなと思うことが多々あります。

 

まだ、十分聴き込んでいないものがあるにも関わらずです。

 

1回聴いただけのレコードもあります。

 

実に勿体ないことだと反省しています。

 

今よりお金のなかった頃は、少ないお金の中からやっとの思いで一枚のCDなりレコードを買ったものです。

 

そして、その一枚のCDを毎日繰り返し飽きることなく聴いたのが懐かしいです。

 

その頃はやっとの思いで変えたCDが実に嬉しかったです。

 

今ではアマゾンプライムミュージックに加入していて1000円をきる定額で、

 

膨大な数の音源を聴き放題です。

 

私も興味のある演奏家を検索しては興味の赴くままにあれこれ聴いています。

 

そこには、先ほども書いたやっとの思いで変えたCDのような有難みがありません。

 

音楽のサブスクでは音源を選択するときの気持ちが軽くて希薄です。

 

何でも手軽に自由に簡単に選び放題というのも問題なように感じます。

 

でも、いまさらアマゾンプライムミュージックを退会する勇気もありません。

 

残念ながら現代のお手軽な手法には完全に洗脳されたようです。

 

その簡単で手軽で沢山安く手に入るというのは、

 

どこかで趣味というものの趣味性を希薄に軽薄にしているように思えてなりません。

 

そこで、このことを自分は反省して、音楽のサブスクでも次から次へと色々聴くのではなくて、

 

これぞ!という音源を毎日繰り返し聴きこんで音楽に愛情を注ぎたいと思います。

認知症の母の散歩の付き添いと、オムツ交換と、一仕事終えてのオーディオタイム。

 

 

 

 

聴いたのは、マイルス・デイヴィスのカインドオブブルーA面です。

 

 

 

 

本作は名盤として大変有名で名演奏とされていますね。

 

このレコードの良さがわかるときと、わからないときがあります。

 

わかるわからないを具体的に説明すると、楽しめるか楽しめないかの違いでしょう。

 

今日のカインドオブブルーは楽しめませんでした。

 

音楽を聴くという行為は自分の精神状態が大きく関係しているものです。

 

 

 

 

その日の自分の精神状態と鳴っている音楽とがリンクして両方が歩みより共鳴することで、

 

音楽鑑賞において感動するという領域の扉を開くことが出来るのです。

 

退屈だなと聴いていればそういう音楽鑑賞ですし、

 

楽しいなと聴いていれば楽しい音楽鑑賞です。

 

レコードを選ぶときその日の自分の精神状態とよく対話して、

 

その日の気分にあったレコードを選ぶのが、

 

楽しい音楽鑑賞へとつながるものです。

 

今回のカインドオブブルーは選択を間違えました。

 

そのときの音量も関係していると思いますが、

 

自分の心にピタッと来なかったのです。

 

本作の演奏は控え目なもので、そこが今日の僕には合いませんでした。

 

もっと力強いノリノリのジャズのほうが合っていたのでしょう。

 

 

 

 

レコード音楽を聴くということは常に真剣なことです。

 

記録された音楽の魅力刻まれた魂に触れることが出来るかどうか、

 

音楽と真剣に対峙するのが本格的な音楽鑑賞です。

 

レコードには演奏家が長年かけて磨いた感性や技術が詰まっています。

 

そうしたものを鑑賞するのですから、適当な態度で聴くのは、音楽に対して失礼です。

 

そんなことを今日考えました。自分への反省の意味もこめて。

数年前から始まった体の痺れは、

 

痺れの範囲が狭くなってきて、今では左足の足首から下のみになりました。

 

そして、統合失調症もかなり治ってきて、今ではほとんど症状がありません。

 

数年前に比べると日常のストレスはかなり減りました。

 

そうすると、自分に余裕が出てくるわけです。

 

このタイミングで認知症の母の介護が始まりました。

 

病気が落ち着いて、いま自分に何が出来るだろうか?

 

それは、人の役に立つことです。

 

自分は親に感謝したくなるように、

 

恵まれた暮らしをしています。

 

高価なオーディオに、自分の部屋にもコンポがあり、エアコンもテレビもある。

 

何不自由ない暮らしです。

 

こんな状態の僕に出来ることは、この先も物を買ったり、興奮や刺激を求めるのではなくて、

 

人の役に立つことをするのが良いと考えました。

 

そのように心を入れ替えてから、朝は早起きし、

 

オーディオの部屋と階段と自分の部屋の床の雑巾がけをしています。

 

お風呂掃除を父から任せられていて、一日おきで良いと言われますが、

 

自分が進んで毎日掃除しています。

 

今の僕にとっての幸せは、お金にならないことでもいい、

 

人の役に立つことが幸せなのです。

 

こうしてブログで情報発信をしているのも、

 

どこかで人の役に立っていることだと想像しています。

 

「よし人の役に立とう」と心に決めていこうは、

 

母の介護が精神的に非常に楽になりました。

 

母の介護は自分にとって貢献になっています。

 

母のオムツ交換をしながら、

 

あぁ今自分は母の役にたっているのだなぁと思うと、

 

充実感を感じます。

 

最近ではYouTubeで仏教の教えを学ぶことが増え増した。

 

数年前にも仏教に触れましたが、イマイチ自分に合わない気がして、

 

すぐに飽きました。

 

でも、母の介護、今後の自分の人生の意味について考える時期に来たときに、

 

仏教は非常に大きなヒントを与えてくれました。

 

人の役に立つことを志す人生のタイミングに来たことも仏教から学びました。

 

もっと早くに学びたかったなぁと後悔していますが、

 

今年45歳、まだまだ遅くはないと思っています。