与那国フィールドノート -70ページ目

クブラマチリ 1

今、島はカンブナガ(神の節)、カンヌティ(神の月)。

旧暦10月以降、最初の庚申(かのえさる)の日に行われるクブラマチリを皮切りに、25日間に渡って島の繁栄存続を祈願します。

旧暦10月が神無月なのは、出雲国と与那国に神さま方が出張中だからです!


今年のクブラマチリは11月1日(旧暦10月6日)に行われました。

例年に比べて早いのは、先日伝えたとおりです。

公民館役員は、数日前からウサイ(供物)の準備やトゥニ(祭場)の清掃等に追われます。


今をときめく長命草(ボタンボウフウ、方言名:グンナ)http://www.shiseido.co.jp/choumeisou/ で、マチリでは欠かせない供物のひとつ「ス」を作ります。


2時間以上も煮た葉を、
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丹念に刻んで刻んで


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絞って絞って


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ほぐしてほぐして


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もやしを加えて秘伝の?味付けを施します。


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来賓用にひたすらパック詰めします。


カジキの刺身。

これは神前に供えるものではなく、祈願が終わった後の祝賀会用です。
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マチリ期間中は、牛、豚、ヤギなどの四足動物のと畜は一切禁止です。

マチリに関わるものは、旧暦8月から獣肉を食することを禁じ、身を清めます。

豚の骨でとったダシ汁の沖縄そばを食べてもダメ!です。

それは現代を生きる一般人には難しい。

下っ端役員の僕は、期間中に食べたなら塩で口を清めなさい、で許してもらっています。


島豆腐。
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傷みにくいよう、塩水に浸してから水気を切り、揚げていきます。


タティウサイ。

昔はカンダイユ(カジキの干物)だったそうですが、今ではスルメを細く短冊状に切ったものが主流です。

タティウサイは役員がはしで、ひとりひとり来賓の掌に受け渡します。

家に持ち帰るのですが、長男以外の者が食べることはできません。
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島じゅうの商店を探したましたが、スルメが写真の一袋しか在庫がなく慌てました。

しぶしぶ役員の一人が、晩酌の楽しみにとっておいたものを持参しました。


ナントゥ。

与那国で作られる3色の餅です。

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フッタウヤの手で正確に切り分けられていきます。

フッタとは包丁、ウヤとは親の意。


ひとつずつ、ラップで包んでいきます。

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みんなで仲良く手際よく。

館民みな一度は役員やろうよ、ね。


かまぼこ。
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こちらは吸い物用です。


チンムリ。
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供物を積み上げたチンムリが完成する頃、どっぷりと日は暮れていました。









クサネム

県下でも有数の米どころ、与那国。

しかし、農家の高齢化や後継者不足が深刻です。

放置された水田を多く見るようになりました。


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青空と見事なコントラストを作っているのは、クサネムです。

1年草なので秋にはこうして一斉に枯れてしまいます。

手ごわい水田雑草なのですが、放棄された水田では誰も見向きもしません。


巨大なマシュマロの転がる水田も見かけるようになってきました。

人間が食べる米ではなく、家畜の飼料用の米を作る水田が増えているのです。


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飼料米は、栽培コストがかからず、手間いらず。

高騰する飼料も自給できて、補助金もある。

いいことづくめ、とはいうけれど・・・

島の風景は時代とともに移り変わっていきます。


モロコシソウ

強い北風に背中を押されながら、石灰岩の谷間を登っていた。

手をかけた岩上に、モロコシソウが群生していた。

ずいぶん久しぶりに見た気がする。


以前は久部良岳の登山道沿いでもよく見たのだが。


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生では特に匂いを感じないが、乾燥させたものは良い香りがして、防虫効果があるとされる。

与那国島ではマンタと呼び、マンタヌハ(マンタの葉)を乾燥させて、箪笥の中に入れたり、窓際に吊るしたりて虫よけにした。

見かけなくなったのは、熱心に採る人がいたからであろうか。


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たった一輪だけ花が咲いていた。

本来の花期は夏。