与那国フィールドノート -317ページ目

むらヌてぃ

むらヌてぃ
与那国フィールドノート 現在の祖納波多港の出入れ口のことを指す。


『町史(本巻)第一巻 交響する島宇宙 日本最西端 与那国島の地名と風土』より

ながだい

ながだい
与那国フィールドノート 台湾が日本の植民地であった時代、台湾でコレラやチフスが流行すると台湾からの船は乗客が島民でも一週間ほどここの避難小屋に泊めて(食事は家から運ぶ)様子を見、発病しない、と確認できてはじめて家に帰れた。1477年済州島の漂流して来られた方にも一週間避難所に滞在したとあり、「とぅぐるうらんだ」の話もある。また、旧暦の5月15日頃、「くんしさてぃ」の岩の間の砂辺の流れ場に蟹や「んぐや」(やしがに)の卵の洗い流しがあった。


『町史(本巻)第一巻 交響する島宇宙 日本最西端 与那国島の地名と風土』より

はいヌはま

はいヌはま


与那国フィールドノート はいヌはまの砂は細かくて綺麗だった。家の仏壇の香炉に入れる砂は、ほとんどそこから取ったが、現在は潮の流れの関係か細かい砂は浜の北側の方から採取されるようになった。〔当て漢字〕南側の浜。〔意味語源〕なんた浜の南側の浜。


『町史(本巻)第一巻 交響する島宇宙 日本最西端 与那国島の地名と風土』より