『リング』を観ました。
そのビデオを見終えると電話が掛かってきて、一週間後に死んでしまう――テレビの番組ディレクターである玲子は、都市伝説として噂される“呪いのビデオ”に関する情報を追っていた。
そんな中、玲子の姪である智子が死んだ。智子は友人たちと一緒に例のビデオを見たらしく、その友人らも同時に死んでいた。
智子らがビデオを見ていたコテージに向かった玲子は例のビデオを発見、つい興味本位で見終えた直後に電話が鳴り…!
焦燥に駆られる玲子は、大学の教授であり元夫である竜司に連絡、ビデオに映った映像を基に解析を始める。時間に追われつつ必死で情報を調べる中、二人の子供である陽一もビデオを見てしまい……といったお話。
かつて日本では、洋画が幅を利かせて邦画が肩身の狭い思いをするような、洋高邦低の時代が続いていました(その中で抜きん出て頑張っていたのは角川映画だけでしょう)。
現在では洋画より邦画が盛り上がっているのは周知の事実ですが、そんな状況に好転したのは本作と『踊る大捜査線 THE MOVIE』の功績ではないでしょうか?
大袈裟に言えば、21世紀前後に起きた日本における映画革命と言っても過言ではないと思います。作品の内容はさておき、宣伝方法が変わって来たタイミングでもあったんでしょうね。
…と認めておきながらも、そんなターニングポイントにある作品をスルーしてきたヘソ曲がりな俺ッチですが、今になってようやく鑑賞するに至った次第です(『踊る~』はこの先も見ないと思いますが)。
本作に関して、俺ッチはまずシナリオから入ったんですが、ご当地に根差した怨恨話はかつての横溝正史さんのミステリー(&ホラー)作品のそれらと似たようなものだし、そこにビデオという文明の利器を結び付ける→機械の力で解決(正確には回避)できるものにどんな怖さが生じるんだよと懐疑的でした。
でも、映像化する事が前提にあるシナリオだけ見知りしたところで、やっぱり映画になったものを観なければ正統な評価はできないものだなと実感しました。
もう25年も前の作品だけど、フツーに面白かったと思えたしね。
今では恐怖シーンの見せ方も進歩しているので、四半世紀も前の作品なんか見ても1ミリも怖かねーだろと思ったものですが、ちょっとナメてかかってました。随所でドキッとさせられましたよ。
元夫婦という男女が主役でありながら間繋ぎのごときラブシーンがないのもいいですが、人が死ぬ要素が強めな内容ながら血の一滴すら見せないのはかなりの好印象です。死因は暴力によるものではなく、あくまで精神的なショックにすぎないんですよね。相手の圧に負けて勝手に思い込んで死んでしまうというか。
『リング』はシリーズとして今でも新作が作られているようですが、この辺の約束事は守られているんですかね? わざわざ確認するつもりはないですが…。
まぁ、やってる事は昭和で言うところの不幸の手紙ですよね、ウン日以内に誰かに手紙を出せというアレね。今となってはバカバカしい話ですが、間に受ける人にとっては恐怖の極みだったんでしょう。
本作の玲子もそんな感じで、呪いのビデオという予備知識があったものだからド本気にしてビビりまくるけど、都市伝説ごときを一笑に付すような人は何も気にせず生きるものです。
ありきたりの作品であれば一日一回くらい電話が鳴り、噂が本当である事を思い知らせようとするものですが、本作の場合はわざわざ予告してあげるほど親切(笑)ではなく、時間が来たら即座に死なされてしまう(not殺されてしまう)のが怖いんですよね。
本作の事件の根幹であり、『リング』シリーズの象徴とも言えるキャラと言えば、山村貞子です。
俺ッチもそうでしたが、作品を見てもいないのに名前や上澄み程度のキャラは知っている人は少なくないと思います。
テレビ番組等では、時として笑いを誘う事もありますが、そんなパロディしか知らない状態から本作を観ても十分以上の不気味さを感じます。
あのビデオの映像だけでも、かなりの破壊力がありますしね。解像度も低いしノイズだらけですが、そんなアナログっぽさが怖さを倍増させます。
この歳になっても目をつむるとあの映像が蘇ってくるので、小学生の頃に観ていたら眠れない日々が続いていただろうな…。
“通勤中のスマホで見たけど怖くなかった”とか平気で言えちゃうような人間もいるようだけど、時間の節約として見たつもりが、その方が時間の無駄だって事に気付けないようなスマホバカの戯言なんか無視して、なるべく周囲の音を減らした夜に、テレビを使って“観”れば今でも十分以上に楽しめますよ。
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