メディアって、"正義ぶってるけど、恐ろしくて、おぞましい" なあ、と思います。
強いものには忖度して
弱いものは無視して
強かったものが弱った途端、滅多打ちにする。
これって、いじめの構図そのもの。
メディアって、"正義ぶってるけど、恐ろしくて、おぞましい" なあ、と思います。
強いものには忖度して
弱いものは無視して
強かったものが弱った途端、滅多打ちにする。
これって、いじめの構図そのもの。
「今のからだの痛みや不快感は、”それまで自分のからだをどのように動かしてきたか”が原因である」が、日々私たちは無意識に動いている(動きの癖)のでどんな動きの癖が痛みや不快感の原因となっているのかに気づくことができない。
だから、アレクサンダーテクニークのレッスンを受けて自分の動きの癖に気づき、それを止める方法を学び、正しい動きができるようにする。
このアレクサンダーテクニークの理論を本で読んだとき、私は目からうろこが落ちるような衝撃を受けました。
早速レッスンを受けようとアレクサンダーテクニークの先生を探しましたが、当時はまだ日本に先生がほとんどいなくて、やっと京都に先生を見つけましたが、名古屋に住んでいたので京都まで通ってレッスンを受けることは難しかったです。
半年に一度数日京都に滞在して、レッスンを受けましたが、レッスンを受けている時はわかったような気になるのですが、名古屋に帰っていざ自分で実行しようとすると分からない。
アレクサンダーテクニークの効果を実感できないわけです。
どうしようか悩んでいたところ、ある人が「イギリスでアレクサンダーテクニークの先生になる学校に行けば、毎日ベテランの先生からのレッスンを受けられるよ」と言ったことがきっかけとなり、イギリスにアレクサンダーテクニーク留学しました。
その日々で分かったことは、”自分の動きの癖は何十年もかけて培われてきたものなので、そう易々と気づくことができないし、ましてや止めることができない”ということでした。
そこで最も大切なことは
*レッスンとレッスンの間隔を空けない。
私は週5日フルタイムのレッスンを3年間しました。
さすがにそれは難しいと思うので、週1回のレッスンを最低でも一年間続ける。
*自分が本気で学ぶ決意をする。
「変わろう」という覚悟を持つ。
*自主的になる。
正しい意識(レッスンで教えていきます)をもって動く練習をする。 ”やってみて、違うと感じても、正解が分からなくても、またやってみる"
ということでした。
それだけの時間と労力を自分のために使える人は少ないのでしょうか・・・
それでも、アレクサンダーテクニークにご興味を持っていただきましたらホームページもご覧ください。
ここ数年、
”人にやってもらうんだったら楽で良いけど、自分でやるのは面倒で嫌だ。”
ていう人が多いなと思います。
自分でやるのは確かに辛いけど、達成できた時は
とてつもなく大きな幸福感を得られるし、自分に自信が持てるし、自分の財産になるから、
価値が全く違うんですけどね。
アレクサンダーテクニークは”自分のからだをどうのように使ったら楽に動けるか”を学ぶものなので、自分でやるしかないんです。
そんなタイプのものは、今の時代には向かないものなのでしょうか?
本当は今の時代こそ、これからの時代こそ、そういったものが必要だと思うのですが・・・
アレクサンダーテクニークって何だろうと思ってくれた方はホームページも覗いてみてください。
自分で作りましたので、おしゃれなものじゃないですが、自分らしい伝えたいことが詰まったホームページになりました。
日常で手を頭まわりで動かすことは、しょっちゅうありますね。
*髪をとかす
*髪を洗う
*髪をタオルでふく
*髪をしばる
*帽子をかぶる
*眼鏡をかける
*ネックレスを装着する
*Tシャツを着る
など。
その時、あなたは
手を頭の方に上げていっていますか?
頭を手の方に下げていっていますか?
どちらを選択していますか?
私は、手を頭の方に上げることを選択しています。
手はからだの一部です。
「手を動かすと腕が動き、腕を動かすと肩回りが動き、腹筋・腹斜筋・背筋など胴体が動く」というつながりの中で機能します。
そのつながりを妨げなければ、
*重い頭を支えている首への負荷がない
*肩回りが動くので肩こりになりにくい
私が交通事故で左上腕と右手首を骨折してしまった時は、
頭を手の方に下げていくことを選択しなければなりませんでした。
結果、首のコリや肩こりに悩まされ、脇腹がストレッチできなくて息が詰まるような不快感もありました。
腕を上げられるようになるにつれて、それらの不快感は無くなっていきました。
あなたはすべての動きを選択しています。
それは無意識かもしれないし、意識的かもしれませんが、いずれにしてもあなたの選択です。
名古屋市でアレクサンダー・テクニークを教えています。リニューアルしたてのホームページものぞいてみて下さい。
自分の意見を持とうとしない。
自分の意見を明言しない。
それは、自己防衛のためなのでしょうか?
自分の意見を持つためには自分で考えなくてはいけない。
それって間違えるかもしれない。
自分の意見を明言するためには自分で考えなくてはいけない。
それって批判をされるかもしれない。
誰だって間違えたり、批判されたりするものです。
それでも自分で考えた意見には必ず価値があると信じています。
そして、間違いや批判を無かったことにしなければ自分の成長の糧となると信じています。
名古屋でアレクサンダー・テクニークを教えているのですが、教える為には、まず自分の意見を持たなくてはならないし、自分の意見を明言しなければなりません。
そして、”色々な形で”自分の間違いに気づかされたり、批判されたりします。
それらは、とても明確な形で”からだ”や”表情”に表れるのでこわい、と同時におもしろい。
これからも、私は生きている限り、自分の意見を持ち、自分の意見を明言していきたいです。
アレクサンダーテクニークにご興味をもってくれましたら、私のホームページも覗いてみてください。
ホームページからInstagramにも飛べます。