さて、いろいろとやっている。
考えている。
*詩の話。詩の改稿作業をしてしまう
まずは先ほどまで、やっていたこと。
詩の改稿・改作作業。
落選作を改稿している時は、矛盾していると思うけど、僕はほんと〈自由な感性の申し子〉になるんですよ。
(だからでしょうね。初稿の応募作よりも、落選作の改稿作の方が明らかに入賞率は大きいです。
なら、もっと温めてから応募しろ、ですが、数日でも寝かすと、存在、忘れちゃんですよ。
特に、今は、基本、小説モードが常態97%以上ですから)
その作品を初稿で完成させる時は、自分の中の目標地へ向かって、
思いついたアイデアを収束させる形で文字化・文章化して作品を完成させます。
一種の躁状態であり、無意識領域とのコラボな気がします。
それはそれで、意外なものが文章化されてゆく自動筆記の世界でもあります。
ところが、一度、落選して戻ってきたもの(厳密には戻ってこなくて、データが残っているだけですが。笑)は、
自分の感情を離れて、文章を見て、他にどんな可能性があるのか、言いたい気持ちをもっと他の表現方法はなかったか、
ほんと自由自在に駆け巡り、言葉とのダンスを踊るように、別の可能性アイデアを引き寄せてくる場合があります。笑
今回、4月に応募した、永瀬清子現代詩賞の落選が決定したので、どう作品を改稿したらいいか考えていました。
すると、いいアイデアが浮かんで、もと作品より数倍うまく仕上がった。
ああ、こう表現した方んだ、と気づきました。草www
じゃあ、それをどこへ出そう、と考えて、最初、こうべ市民文芸かとも思ったんです。
昨日ちょうど、神戸市の図書館で、今回の募集要項を手にいれたから。
けど、選者が知っている人で、うーん、この前衛的な詩の良さがわかってもらえるか、悩みます。
お一人は古典的かつ抒情詩派だから。
で、一瞬で却下。
じゃあ、次、新しい詩の声へ出そうかと思ったが、そこは理解してくれそうだけど、予想以上に、この詩の前衛度が高すぎるから……。
ちょっと勿体無いと感じる。
「現代詩手帖」へ送った方がいいな、と気づく。
そもそも、手帖へは、敬愛する井戸川射子さんへの文通のつもりで、「毎回応募しよう、出そう」と決めていますから、
今月の10/20〆切分はもう出しているので、11/20締め切りとして10/21以降の投函します。
*また、小説の話
僕の文学道双六って、エンタメ・純文学・児童文学・詩と4分野あって、
これ、ゲームで言う、
防御力(生命力)・攻撃力・HP(耐久力・体力&健康状態)・MP(魔力・集中力&精神異常度)みたいなものなんだ。
(4分野が必ずしも上手くは対応してないけどね。
単なる喩えたら、です。笑)
それは、こう言い換えれば、結構、当てはまるでしょうか。
それぞれが、
〈読者を愉しませる&ページをめくらせる力・個性的な独創性と読者への浸透力・わかりやすさ&普遍性・枠に囚われない自由な発想力〉と。
単なる、こじつけなんですが。
実際は、どの分野でも、この4種の力は必要でしょう。
でも、その4種の力を、主体とした、個々の文学分野で、マシなのは詩だけで、それもまだまだ力不足なのが現状です。
僕的には、そんな基本スペックとは方向性がまるで違うけど、高性能な、隠れスキル(学ビスト力)で頑張るしかないんでしょうね。