今日は、話があちこちへ飛びます。
(いや、いつものことか?)
*荒川弘の『黄泉のツガイ』の原作マンガについて、あれこれ
この前、録りだめていた荒川弘さんのマンガ「黄泉のツガイ」のアニメ化作品を、初めて観た。
面白かった。
「あれ。こんな話なんだ」と、やっと理解できた。
実は、荒川弘さんの大ファンなのに、「黄泉のツガイ」もマンガで3-8巻まで、持っているのに、ほとんど流し読みでした。
なんか殺伐とした殺し合いばかりで、面白くない、と感じて、現在12巻まで出ていても、残りを買っていなかったんですよ。
もちろん、「鋼の錬金術師」にしろ、原作がある「アルスラーン戦記」にしろ、そのバトルの面白さが、荒川さんの魅力だとは思っていますよ。
でも、「ツガイ」は話がややこし過ぎて、いまいちピンと来なかった。
誰が味方で、誰が敵だかも、全然、わからなかたんです。
主人公ヨルを育てた東村のメンバーが実はほぼ味方ではなくて、襲ってきた影森家が実は味方になってゆく。
また、影森家を襲う謎の存在もいて、裏切り者もいるし、ぐちゃぐちゃでした。
そこへ、ツガイという存在も、ジョジョのスタンドや「呪術廻戦」の呪術師並みに特殊能力があって、しかも外見がバラバラ。
正直、ついて行けてませんでした。
で、アニメをまとめて観たら、ようやく理解できたんですね。
*ワトソン役の大切さが、読み手ファーストじゃないのか
さて、ここまでなら、普通のマンガの感想なんですが、
ここで、ふと気づきました。
この、誰が敵で、誰が味方か、わかりにくい、ややこしい状況下でも、その謎を、
作者の荒川弘さんは解き明かしつつ、物語を展開させてゆきます。
でも、バトルの華々しさの割に、先ほどと書いたように、状況説明が不足して、足りない。
言わば、ホームズの謎解きを、読み手のために、的確に聞き役をして解説してくれるワトソンがいないんですよ。
まとまって読んで、初めてわかるんですが、一応、誰かがそれを説明しようとはしていました。
ヨルなり、妹のアサなり、でも、全体像を把握しているキャラクターが誰もいなくて、説明が未解決の謎を含んだままだった。
なので、暗闘状態になっていたんです。
面白いのは、主人公だけが分からないのでないので、逆に、色々なキャラが謎を解く、または聞き出す役や、そういうシーンが出てきて、
その役割を担っていることが、明確にわかりました。
つまり、この読み手への〈橋渡し役であるワトソン〉こそが、〈読み手ファースト〉の支柱だったんですね。
そこが揺らいだり、甘いと、ストーリー展開そのものがいくら書き進めても、読み手へ伝わらない。
つまりは、書き手がいかに、事件の展開やホームズの凄さを書いても、それが何らかのワトソン役を誰かに、適宜、割り当てつつ、
きちんと「理解」を図らないと、物語・小説は成立しないんじゃないか。
(ホームズの初っ端の謎解きは、ほぼ無茶苦茶な「領域展開」ですからね。
ワトソンの合いの手や、追加説明を求める疑問があって、初めて成立するもんですよね)
自分の小説が100枚以上や、長編になると破綻するのは、単に言葉上で、〈読み手ファースト〉が未成立なだけじゃなくて、
〈橋渡し役ワトソン〉を、それぞれのキャラクターに機能させていないからじゃないか、と身に沁みて、実感できました。
このワトソン・アイデアもね、ちょうどアニメの『転生したらスライムだった件』の、転スラの最新話を観てたら、思いついたことなんですよ。
主人公リムルの特殊スキル「智慧の王ラファエル」先生(あの「了」とか「告」とかいう存在)なんか、まさに便利なワトソン役や解説を、
読み手や視聴者へどんどん発信してました。
以上、自分的には、自分に欠けていた部分がはっきり認識できた、画期的なことなんですが、
果たして、他人に伝わったのかどうか、不明です。
さて、ここで宣伝。
僕が、この6月に甲南山手カルチャーセンターで開く「文学ことはじめ」教室は、こんな風な物語・小説に関する気づきや発見をお伝えする文芸創作講座になっております。
繰り返しますが、一般の人に教えるのは、詩以外では初めてですが、それ以前に「若者」相手には、文芸の書き方を何十年も教えた経験値があります。
わかりやすい、と保証できますよ。草www
