別に、星占い的にイメージ・幻想を司る海王星が、自分の太陽星座である牡羊座に来ている、
そんな所為だけではないと思うんだけど、朝、目覚めの瞬間に変なイメージやアイデアが浮かんでくる最近です。笑
今日も、寝ぼけ眼の時にあるアイデアが浮かんで、その線上でどんどんアイデアを伸ばして考えたら、面白い世界観の擬似幻想小説ができそうに思ってしまった。
昔なら、ふっとアイデアが浮かんでも単発でそれっきりだったのが、変に〈どうなるどうなるエンジン〉で動き出す思考方法が身に着いているから、
どんどんと坂道を転がるように、作品アイデアっぽくなってしまう。
素でアイデアを捻っても、凡庸で陳腐なものしか出てこないのに、その落差に驚かされる。
僕の、ファンタジー系のアイデアの理想は恒川光太郎の『夜市』です。
日常の少し延長線上にある非現実、哀しくて残酷な、あのアイデアと世界観が大好きです。
ほんと素敵な作品なので、ぜひ読んで欲しいです。
一時、恒川光太郎ばかり読んでいました。
でも、恒川さんの現実スレスレの幻想小説って、結局アイデアよりも、いかに本物らしく語るかの日常生活の描写力・筆力がいると思うんですよね。
表面だけ真似ても、全然、いい小説にはなれない。
だから、昔、すっぱりと断念したんですが、日常描写と書かないで表現するゲシュタルト描写ができつつある今なら、少しは近づいて描けるのかしら?
さて、昨日は、検索して、小野十三郎賞の募集が始まっていることに気づいて、早速、第2詩集を郵便局で投函しました。
これで、詩集単位で応募できるの公募賞は、富田砕花賞だけになりました。
(追記:訂正です。
もう一つ、まだ西脇順三郎賞に応募できました。
でも、これ、公募できる詩集単位の賞では最難関レベルだと思うので、受賞は99.99%ないですけどね)
これはもう要項は発表されていても、応募が5/7からだ、と決まっているので、あと10日ほど待たないといけませんね。
でも、詩集単位の公募賞のレベルがまるでわからないのですが、それって、どうなのでしょう。
なんとなく、歴代受賞者を見ていると、一番インパクトのある中原中也賞だけが新人賞レベルで、他は中堅以降の、より高いレベルな気がしています。
ですから、僕などのヒヨッコや、他の受賞歴のないものは候補にも上らない気がしています。
H氏賞などの団体系の賞は賞で、かなり画期的か、団体的な趣味もある気がしていますから、本当に私家本で、バックのない自費出版の、ぽっと出は難しい気がします。
ですから、一応、出版したから、応募はしますけど、全然、話にならないでしょう。
地道に、『ユリイカ』や『現代詩手帖』の投稿を続けて、研鑽を積む以外にないのでしょう。
でも、今、せっかく小説モードに入っているので、それを崩したくないんですよね。
今朝、見たイメージ・アイデアがつらつらとまとまったのも、小説モードになっているから無意識くんが送ってよこしてくれたんだと思うので。
あっ、そうそう、星占いといえば、図書館で借りた『月の教科書』が面白かったです。
一般的な太陽星座じゃなくて、月の星座を深掘りして、かつ、ちょっと、と言うよりは無茶苦茶、強引に解釈付けしたもの。
「盃(さかずき)」って「逆月(さかづき)」のことで、月の悪い影響を反射で反転させることだ、にはその強引な解釈に苦笑しつつ、なるほどと納得しました。
うーん、今、描こうとしている永井荷風賞は純文学系なので、そんなファンタジー感覚はどっぷり浸れません。
ある意味、捨てないといけないから、今はメモだけにとどめないとね。