行き詰まっている時は、苫米地英人の戦法で。須賀敦子の素晴らしさ | 読書と、現代詩・小説創作、物語と猫を愛する人たちへ送る部屋

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小説や詩の創作、猫また大学通信を書いています。Twitterは、atlan(筆名:竹之内稔)@atlan83837218 放送大学在学中。「第8回新しい詩の声」優秀賞を受賞。
 京都芸術大学の通信洋画&文芸コース卒業/慶應義塾大学通信卒業/東洋大通信卒業/放送大大学院の修士全科生修了。

さて、特に原因もないのに、なんとなく、行き詰まっている時こそ、苫米地英人の脳の作用を利用した戦法をやってみましょう。

 

先日も紹介した苫米地英人『脳を味方につける生き方』には、朝、計画をする癖をつける、なりきり演技をする、二つのタスクを同時に進める訓練を同時並行の2冊読みで、

などなどといろいろ書かれてあります。

 

 

 

是非も読みください。

 

で、僕は匍匐前進で、アイデアは出るけど実行できないままです。笑

でも、苫米地さんが指摘する抽象度を上げると、同じことを体験しても、全然「見える」ものが違う、をやっているつもりです。

例えば、僕の永遠の憧れである須賀敦子の文体を、そのエッセイを読み直すと、2・3年前とはまるで違う深さで、

その文体の働きが「見え」ます。

 

 

 

 

 

僕は、特に『トリエステの坂道』の中の、「雨のなかを走る男たち」が好きです。

何度読んでも、その感性、緻密な美しさに感嘆を禁じ得ません。

 

今回も読み直してみて、自分に力がついているのは、実感としてよくわかります。

その文脈を生み出す視点や感覚が、構造として「見え」ます、より深く、より鮮やかに。

ただ書けば、小説が完成されるものでないことは、よく分かってますからね。