苫米地英人『脳を味方につける生き方』を読む。ホメオスタシス(恒常性維持機能)と「無意識の抵抗」 | 読書と、現代詩・小説創作、物語と猫を愛する人たちへ送る部屋

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小説や詩の創作、猫また大学通信を書いています。Twitterは、atlan(筆名:竹之内稔)@atlan83837218 放送大学在学中。「第8回新しい詩の声」優秀賞を受賞。
 京都芸術大学の通信洋画&文芸コース卒業/慶應義塾大学通信卒業/東洋大通信卒業/放送大大学院の修士全科生修了。

うーん、今朝は中途半端な雨だ。

警報が出るなら、最初から出してほしいなあ。

出ないなら、ずっと出さないでよ、気象庁。

 

さて、苫米地英人『脳を味方につける生き方』を読む。

相変わらず、苫米地さんは面白い。

 

 

ホメオスタシス(恒常性維持機能)と結びついた「無意識の抵抗」があると、苫米地さんは指摘する。

僕は、自信を持って断言・同意する。

そうなんだよ、なって。

 

現状があまり良くなくて、それを正常な、もしくは、少しでも改善するような努力へ、人間は無意識に激しく抵抗するんですよ。

つまり、ダメな自分でいようと逆方向へ頑張ってしまうんです。

 

例えば、僕が今、詩はそれなりに社会的に評価されるほど書けること。

はっきり言って、これは偶然の産物です。

もちろん、何らするしているわけでもなく、僕が頑張った結果だし、自分オリジナルな詩を書くのためのスキルをたくさん持っています。

それは自信がある。

脳が否定しようにも、ちゃんと実績があるので、無理なんですね。

 

でも、これ、元々は小説を書くためのスキルを、ここで何度も書いている「偶然」から転用しようと思って、やった結果で。

その

書き始めの偶然から面白く思って、書き続けて、また「偶然」が重なって、受賞して、どんどんさらに書き続けたら、また「偶然」受賞して、のループの結果なんですね。

 

途中、どこにも入賞・入選しなかった頃には、「才能」がないから辞めようと思いましたよ。

左脳の審査官は厳しく「無駄な努力は止せ」と忠告をいっぱいしてくれました。笑

さすがに、左脳君は詩について貶すのは諦めたみたいで、小説へ狙いを絞って、「無駄だから止めろ」「才能がないんだ。詩に専念しろ」作戦へ変更しています。

 

まるで、揚げ足取りするだけで、ちゃんとした代案を絶対示さない左翼活動家みたいです。笑

理想ばかり振りかざし、決して誹謗中傷をやめません。

 

曰く、

「もう歳だから、諦めろ」

「才能がないのが16年間で分かっただろう」

「書くな。無駄だ」

「恥をかくから、止めろ。時間とお金の無駄だ、一刻も早く止めろ」

 

でも、僕が若い20代の頃は「お前には社会的経験がないから書けない」と言ってましたよ、左脳は。笑

 

自分に詩が書けたときに「止めろ、無駄だ」と騒がなかったのは、できるとは思ってなかったんでしょうね。

今は、勝手に詩の言葉が浮かぶし、それをどう処理すればいいかも分かっている。

また、優れた詩がまだまだあって、それについて時間をかけて研究すれば、まだまだ自分の詩は変わる、伸び代があることも自信がある。

詩を書くのをやめることができない。

身体の一部に、呼吸することと同じくらい、生きることの一部なっていますからね。

 

分かっているんです。

たった8年前のスタートだったのに。

 

さて、16年前にスタートした小説系創作。

一時、詩を書くことへ時間と労力、習う講座の比重を移しても、消しいてゼロにはしませんでした。

 

どれだけ、左脳が「才能がない!」と金切り声を上げても、自分が諦めきれないことも知っています。

だから、「書けない=書かさない」という、左脳君の「無意識の抵抗」作戦には手こずります。

対抗手段は、駄作だと思っても書くことしかないから。

 

さて、井上荒野さんの、読み物と小説は違う、の指摘にはハッとしてしまいました。

無意識に、無難な失敗のない「読み物」を書こうとしてましたから。

自分の中の、左脳君を納得させる欠点の、マイナスのない物じゃなくて、「才能がない」と非難される部分、「魅力」へ挑戦しないといけないかったんですよ。

65点のギリギリ及第点じゃなくて、100点の限界を突破した120点、180点を目指すべきなんですね。

 

筆が走る、埋めるための書き方や、展開じゃなく、何を魅せるかの魅力、それが読み手ファーストなプロ小説ですよね。

いい失敗作を書かないと・・・。