タイトル・賞というのは、実績アピールの名刺なんだよね。
仕事では、実は大きな全国的な賞を1つ持っています。
非常勤の仕事をする時にも、自分の得意分野をアピールできるもの。
他の方がほとんど、というか、絶対に近いほど、持っていないものを。
この〈名刺〉があると、初対面の人に説明しやすい僕の能力で、すごくスムーズにわかってもらえる。
賞があると、便利この上ないことを実感しています。
でも、創作面では、この間の明石市文芸祭の詩部門での1席市長賞のようなマイナーものはいくつかあったり、
時々は詩誌や雑誌に掲載されたりしても(すみません。失礼ですが、事実なので)、
メジャーなものはまだ1つもないんですよね。
それじゃ、どうにもならない。
この手詰まり感を10年以上、感じています。
もちろん、それは単純に僕の力不足なんですが、
「できないな。才能がないなんだな」に帰結して、いつも逃げ出している自分がいます。
だって今、半月の間、現実に書けてませんから。
この手詰まり感の経験、40年近くある長いバドミントン歴でも何度も感じて、いくつもの壁を乗り越えてきました。
以下、ちょっと、専門的でマニアックな話になりますが、
バドミントンでは、ビギナーな頃は、いいスマッシュを、前腕の正しい回内回外フォームで打てば、攻撃すれば単純に勝てたんです。
それは自給自足だった、と言えましょう。
本人が自分を鍛えればよかった。自分のフォームの誤りを矯正すれば、自分が気づけば、よかったんですから。
でも、それじゃ、崩すバドミントン戦法、つなぎ球や崩し球を配給する防御力のある相手に、全く勝てないんですよ。
次に敗れた戦法自体を自分も身につける。その防御力を身につけ、相手の攻撃スマッシュを利用してみると、勝てた。
でも、次には股関節を使う全身バドミントンで、よりよくコートいっぱいで身体機能を使う相手に敗れた。
じゃあ、より正確精緻な、コントロールした球を打ち、相手の同じ精緻な球を拾う体力が必要になる。
それは年齢的に自分には無理だけど、コーチしてジュニアの子たちには伝えることができ、彼ら彼女らはぐんぐん上手くなって勝ち続けた。
バドミントンは、シャトルと試合するもんじゃなくて、相手とバドミントンするものだったから、あたりまえだ。
同じことが、絵の世界でも言えました。
光と影の世界がわかって、デッサンができ立体感が利用できるようになると、飛躍的に絵が上手くなった。
でも、そのまま写す力と、表現する力は別物で壁がある。
魅せるためには、自分以外の誰かに見せる工夫が要る。
じゃあ、構成を身につけた。
〈誰か〉を魅せるためには、世界を見直すことが必要になった。
ビギナーでは見えない世界が、常にあるものだ。
小説も、詩も、自己表現としては、そこそこできるようになった。
それは書き手ファーストなだけ。
でも、売れないといけない、読み手があって成立する小説世界。
何かしら読み手を共感・発見させる文学なのに、書き手ファースト一本は難しいだろう。
読者が、いわば〈対戦相手〉として常にいるのだから。
最近の詩の教室での自作への講評を、抒情詩派の人たちから見方だからと拒絶せずに、十分に胸の奥に落としてみる。
すると、やはり読み手ファーストの精神・エッセンスが詩でも必要なんだな、と思う。
もちろん、僕も万人が共感しやすい抒情詩も書くし、象徴詩も全く読み手を無視しているわけじゃない。
けど、どこか自分ファースト、書き手優先で留めてしまって、僕の場合、余分な言葉を描きすぎているきらいがあるな、と感じる。
また、逆にポエジーを象徴詩では理知に振りすぎている形でまとめすぎているかな。
詩は、その路線で書けばいい。
こうした、バドミントンというスポーツと、絵という視覚芸術を、詩や小説に見立てられるアナロジーの理解こそ、
実は非常に、詩人的な感性だな、と思う。
詩を書く前は、ここまでクリアな認識に変換できなかった。
さあ、ここへ小説家的な感性を本当に手に入れるには、実行しかない。
でも、今、できない未来に、完成形が浮かべられない自分に怯えて、フリーズ状態。
今日こそ、この壁を突破しないと。
〈名刺〉が欲しければ、それに見合ったものを提出する他ない。
提出するためには、ハズレ籤を引く可能性が大であっても、籤を買う=作品を書く、しかないのだから。
なすべきメソッド、身につけるスキル、全てわかっているから、
必要なのは、ハズレ籤を買いつづける勇気と、モチベーション、意気だね。
今の小説を書かない僕に欠けているのは。
哀しいかな、最後は〈才能〉だ、と思う。
でも、今、僕はその最後のステージに立てているか?
いいや。
そのステージにすら、小説では立てていない。
せっかく頭では、すべき道筋が見えているのだから、せめて、それをやり切ってから「才能がない絶望」をしてみよう。
失敗籤を引く勇気がなくて、絶望するんじゃなくて。