『ココア共和国』9月号に佳作 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

詩誌『ココア共和国』9月号に佳作のようです。

先ほど確認したら、一覧に名前がありました。

これで4か月連続、佳作。

 

前回の8月号が、佳作集1の18番目。

前々回の7月号が、同1の24番目。

今回が同1の21番目。

これって3歩後退なのか、五十歩百歩なのか、微妙。

 

前月は、

「どうせなら、佳作の一桁ナンバーに入りたい気がする」などと書きましたが、

編集後記で、編集長の佐々木貴子さんから、今月は作品名を挙げてもらえませんでした。

うーん、これはむしろ、自己模倣になっていないのかな。

そして、何よりも「いいね!」がついたことの一度も無いのも気になります。

 

決して人に褒められるために、詩を書いているのではなくても、

こうしたパブリックな場で客観的な評価を受けることは、すごく大切なことだと思っています。

詩って、どうせ分かってもらえない、とか、

俺は俺のために書くぜ、とか、

簡単に言えちゃうんですよね。

 

多分、俳句とか短歌とかは絶えず、結社仲間とか、選者、先生に評価・講評され続ける文学なんですよね。

それは弊害もあるだろうけれど、自分の世界が独善的にならず、進化させる刺激にはなっていると俳句教室を経た経験から、強く感じています。

 

詩も、教室に通えば、同じ経験値を積むこともできます。

でも、通わず、ひとりコツコツと作っていると、自己模倣に陥りがちな気がします。

 

僕がいろいろな公募賞やコンクールに応募するのも、経験値を増やす行為だと思っているのですが、

如何せん、結果がわかるのは、入選して初めて分かる部分が多く、それも講評をもらえる機会がないと、

なかなか経験値も上がりません。

 

ともあれ、8月分(ややハチャメチャな、非自己模倣)は提出済みなので、また9月になってから、

どんな作品にするかは決めたいと思います。

基本、他の賞に落選したものを改稿・再生して出すことにしています。