ちょっと難解な小説談義 | 読書と、現代詩・小説創作、物語と猫を愛する人たちへ送る部屋

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小説や詩の創作、猫また大学通信を書いています。Twitterは、atlan(筆名:竹之内稔)@atlan83837218 放送大学在学中。「第8回新しい詩の声」優秀賞を受賞。
 京都芸術大学の通信洋画&文芸コース卒業/慶應義塾大学通信卒業/東洋大通信卒業/放送大大学院の修士全科生修了。

完成したちゅうでん児童文学賞向け原稿の自作と、

そこでの書きやすさを、

昨日、書いた二つの小説、シモン『路面電車」や上田岳弘『私の恋人』と比べてみた。


すると、

過去の経験と時間を含んだエピソードや、

どう生きたかの世界観の吐露、さらに、現在の状況との対比が、

自然に「物語れる」と、書きやすいのではないか、と思った。


 その過去の経験を重ねた語りの中で、

どれだけ対比させ発見させズレを語っていくか。

さらに、それらを数行ごとの完結したパラグラフ(段落)に収めるかが重要な気がした。

そうすると、

リアリティや説得力ある作品世界につながる気がした。


特に、『私の恋人』なんて、主人公の意識は10万年前のクロマニヨン人生と、

第二次大戦中の強制収容所のユダヤ人、

それと現代の日本人の三つの人格が入り混じっているという、トンデモ設定だからね。

ともかく尋常じゃない。


また、書き方という点では、

ストーリーという抽象的なものに向かって書くと、どこかで聞いた話になってしまう。

この間の新規の小説教室の方では、「主題」と「テーマ」は違う、と講義された。

僕は、「主題」とは作品の展開するメインの舞台であり、

それとズラした「テーマ」とは、その中での人物の演じ方と方向性のことだと解釈した。


この制定した「テーマ」でもまだ抽象的だから、演じる主人公と敵対者の関係という具体的な指針へと変換すれば、《モヤモヤとした形なき作品世界》を少しずつ具現化できる方法な気がする。


完結パラグラフ戦法と、

テーマ人物関係。

このミクロとマクロの視点を持つだけで、だいぶ今までと違う書き方が出来る気がした。