振り返って、小説道へ | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

ちゅうでん児童文学賞向け原稿の再改稿がおわりました。
15枚近く切り貼りしましたが、
矛盾なく繋げられたかな、と思います。
あとは、プリントアウトするだけです。

今回、単にストーリーを展開させるだけでなく、主人公と敵対者、協力者と役割を担わせて、
その意思を何度も人物の行動上も、書くこちら側も明確に意識しながら書きました。
いい経験だったと思います。

少しは200-300枚の作品世界をコントロールする感覚が掴めてきたように感じています。
だからこそ、阿波しらさぎ文学賞向け原稿15枚もその感覚転用で、
今までにない作品に仕上げられたのだと思います。
作品の長さと、決められた条件、自分の書けるテーマとのバランスや兼ね合いが、
やっと見えてきた気もするのですが、錯覚でしょうか。

すると、僕の心の中で、むくむくと湧き上がる、いつもの「小説って何だろう。純文学ってどう書けばいいんだろう」という疑問があります。
この疑問は、哲学問答みたいなもので、
文学すなわち、人間、社会という根源的なものへと繋がります。
答えは、こちらの小説を書くレベルに合わせて、その時々で違ってくるものだ、と理解しています。

もうほとんど「小説道」なんですね、
僕の立っている場所は。
僕には空手道を一時期、熱心にやってた頃もあって、
ひたすら求道的に鍛錬を重ねるのって性に合ってるんですね。
事実、もう30年近く、不真面目ながらも「バドミントン道」をやってますからね。

しばらく、滝の水ならぬ、研究本のシャワーを浴びてみます。
そうすると、
自分なりの発見、整理が出来て、また一段階、上へ上がれそうな、予感がしています。

たぶん、僕はプロになれなくても、
一生、書くことをやめないと思います。