これ、出来ない。
ああは、出来ない。
なぜ、あんなプレーが出来るの?
才能かな。
いや、何か身体の使い方があるはず。
やっぱり、経験値か。
すると、
自然と、
A. 課題を見つける → 答えを考える
B. やってみる → 少し答えがわかって進歩する →新たな課題を気づく
このAからBの、いい意味での無限ループにはまる時が来る。
そして、
こうしたバドミントン馬鹿をしてると、
仕事でも、
文学創作でも、
無意識のうちに、課題を探してしまい、
もっと効果的なやり方はないか、
正解をしてないんじゃないか、と、
考え始める。
どこかに「正解」があるんだ。
これが僕の信念なんだな、と最近思い始めてます。