前回の私の記事で、ロンドンでのドミトリー生活について書きましたが、そこに住みながら私は一年間ロンドン芸術大学に通いました。そして、その中の一つのカレッジにあるAccess to Display Designコースを履修しました。イギリスの大学には学位が取得できる学部や大学院の他にも、CertificateやDiplomaのみ取得できる一年間や二年間のコースもあり、豊富な選択肢の中から自分の目的に合ったコースを履修することができます。学生の中には、一度社会に出た後に、また大学に戻り何らかのコースに通いなおしてキャリアチェンジする人もたくさんいました。現に、私が履修した一年間のAccessコースには、30代以上のイギリス人も数名いて、中にはすでに孫がいるという人もいて驚きました。年齢は関係なく、学びたい時が学ぶとき、そういう考え方はとても新鮮に感じました。
Display Designコースでは、ファッションやミュージアムの歴史、店舗等の室内装飾の基礎知識について学ぶ座学もありましたが、ほとんどが実践で、2週間ごとにポートフォリオを作成して提出することになっていました。学生は各々が興味のある店舗やミュージアムのウィンドーディスプレイを参考にテーマを決め、その回のテーマに応じたコラージュを作成します。かなり大きな作品になることもあり、提出日には作品に傷がつかないように気を付けながら、バスや電車を乗り継ぎ学校まで運びました。
ある時期、コースの先生方(担任と副担任)の都合で、学校に到着してから授業が突然休講になることが続きました。ポートフォリオの提出日にせっかく持参した作品をまた持ち帰らなければならないこともあり、高い授業料を払ってこのコースを履修しているのに、授業が突然休講になるのは納得いかない、ともんもんとしました。同じように感じていた日本人のクラスメートがいたため、ある日、彼女らと3人で大学側に現状を伝え、改善を求めることにしたのです。
オフィスに申し立てに行くと、本部の事務局の担当者を紹介され、私たちは本部の担当者に現状を伝えました。その担当者は、「先生方と君たちとでディスカッションの場を設けた方がいい」と提案してくれ、後日改めて、担任、副担任、カレッジの事務局のスタッフ、主任の立場にある先生方も交えて話し合いの場が設定されました。なんだか大事になりましたが、ここまで来たら後には引けないと思い、せっかくの機会なので私たちは自分たちの気持ちを伝えました。日本人はじめEU圏外の学生はEUの学生よりも高い授業料を支払いこのコースを履修していること、それなのに急な休講が多く代替えの授業もないこと、ポートフォリオの提出期限を守って持参しても持ち帰らなければならいのは困ること、それらについて改善してほしいとお願いしました。
私たちが一生懸命英語で伝えている間、先生方は真剣に耳を傾けて聞いてくださいました。私たちの英語はもしかしたら伝えることに一生懸命で、丁寧さに欠けていたかもしれません。おそらく目上の人に話すのに適さない直接的な言い方もしていたと思います。それでも先生方は途中で口を挟まず聞いてくださいました。英語には敬語はないといわれていますが、丁寧な表現はあります。その時の私たちはそのことに気を付ける余裕はなく、ただ意思を伝えることに精いっぱいでした。今思い出すと、私たちの主張を一生懸命聞いてくださった先生方には感謝しかありません。
ディスカッションの結果、先生方は休講になるときは事前にクラスに連絡することを約束してくださいました。そして、実際にそれからは前の週までに休講の告知をして下さるようになり、休講自体も少なくなりました。もちろん休講になる際は、先生方にもそれぞれ理由があったので、事前にわかっていれば私たちも納得していたと思います。
この経験から学んだことは、相手がたとえ目上の立場の人であっても、コミュニケーションを取ることはとても大事だということです。お互いの事情が分からなければ要らぬ誤解を招き、それが不平不満につながります。逆に、話し合うことでお互いの事情や考えを知ることができ、建設的に問題を解決することができます。背景にある文化が異なる人間同士だからこそ、日本にいるときよりも一層自分の意見を相手に伝えることは、結局は自分がより快適な時間をその国で過ごすためにとても大切なことだと、この出来事を通して感じることができました。
2002年、当時制作したポートフォリオの一部
島根大学 英語コミュニケーション講座講師 Cathy