講座「ロルカ」と下北沢エキナカ「歓迎」での打ち上げ | 野村眞里子のブログ <オラ・デル・テ>

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6月16日(日)に野村眞里子プロデュースの創作フラメンコ公演『タンゴ探しの旅 ~二つの川を渡って~』が終わり、まだ残務整理も残るなか、昨日は野村眞里子の講座「スペインとフラメンコを知る」第16期4回目通算78回目、「フェデリコ・ガルシア・ロルカに魅せられて」を開催した。というのも、2026年に東京で開催を予定している野村眞里子プロデュース公演のテーマがロルカ。つまり、今からその準備を受講生のみなさんと始めようというわけだ。

 

公演でいただいたお花が飾られたエルスール財団記念館のカフェで、たくさんいただいたお菓子のうち昨日が賞味期限だった和菓子を、受講生のみなさんといただきながら講座開始。

 

 

 

 

 

 

以下、昨日の内容。

 

●前回の講座「タンゴを歌おう!」のこと

●ロルカの人生

●ロルカの持つさまざまな顔

●ロルカとフラメンコ

●『13のスペイン古謡』のこと

●最後に何か歌ってみませんか?

 

朝から降り続いた雨――ついに東京も梅雨入り――も夕方には上がり、前夜から書き続けていたロルカに関するA4で16枚(400字詰め原稿用紙なら45~46枚!)の資料をもとに、講座を行った。

 

「ロルカの人生」では、ロルカが生まれた日のことから、幼少時代のお芝居ごっこ、音楽教育、グラナダ大学時代の「片隅」グループでの活動、「グラナダ・カンテ・ホンド・コンクール」への献身的な協力、マドリードの学生館でのダリやブニュエルとの出会い、『マリアーナ・ピネダ』初演の成功、前衛的文学雑誌「雄鶏」発行、『ジプシー歌集』の大成功で一躍有名になったこと、ニューヨークでコロンビア大学の学生になったこと、大学生による移動劇団「バラッカ」の結成、『血の婚礼』の大成功、友人の闘牛士イグナシオ・サンチェス・メヒーアスの死、スペイン内戦勃発、非業の死…などを微に入り細に入り解説。

 

「ロルカの持つさまざまな顔」では、詩人、劇作家、音楽家、画家、プロデューサーであるロルカを紹介。私にとって一番馴染み深い「詩人ロルカ」の活動をいくつかの時期に分けて解説した。

 

「ロルカとフラメンコ」では、フラメンコの世界で「宝物」のように語り継がれている言葉や詩の一節のうち、私がとりわけ印象に残っている二つを紹介した。すなわち、『カンテ・ホンドの歌』に収められた「シギリージャ・ヒターナに寄せる詩」の中の五番目の詩の一節から「頭のないリズム」。さらにロルカが普遍的芸術概念としてとらえた「ドゥエンデ」という言葉。「シギリージャ」のリズムに関しては、今回講座初参加のバイラオーラ凌木智里さんが、みなさんにご自身のシギリージャ体験をお話しくださり、とても興味深かった。

 

「『13のスペインの古謡』のこと」では、1931年にロルカが出したアルバムに収められた10曲と、はみ出した3曲について紹介。「アンダ・ハレオ」の全訳を2種類紹介し(一つは本講座オリジナルの拙訳)、ロルカとラ・アルヘンティニータの録音を聴いた。

 

「最後に何か歌ってみませんか?」では、レギュラー受講生のIさんに「ヴェルデ」の一部分をソロで歌っていただき、最後にカマロンのCDに合わせて全員で「ラ・タララ」を歌った。

 

(それにしても、なんて過激でマニアックな講座! 笑)

 

終了後、下北沢の「王さんの菜館」にみんなで行こうとしたところ貸切で予約できず、エキナカの「歓迎」を予約した。まずは、乾杯!

 

 

 

 

 

注文したものは下記。

 

豆苗のニンニク炒め。卵とトマトの炒め。エビマヨニンニクソース。麻婆茄子。羽根付き焼き餃子2皿。油淋鶏。豚キムチ。角煮黒酢炒飯2皿。すべておいしかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初対面同士も関係なく、フラメンコ話で大いに盛り上がった。私は「公演疲れ」も特になく、この日もおいしく食べ、おいしく飲んだ。主治医から、「ストレス性なので、公演が終わればよくなりますよ」と言われていたギックリ腰まで好転してきて、驚いた。

 

受講生のみなさま、お疲れさまでした! 次回16期5回目(7月19日19:00)のテーマは「シギリージャのリズムを感じながら生きる」です。ぜひいらしてください。お待ちしています!