夏草と精霊    何もない夏が往く | 黄昏黒猫屋敷ー布人形とイラストの小部屋

黄昏黒猫屋敷ー布人形とイラストの小部屋

世間からかなりずれている管理人、黄昏黒猫堂こと黒猫が自作人形やイラストを発表しつつ、ニート、ひきこもりなど生きずらさを考える。(画像一覧で作品を見ていただけるとうれしいです。)

 

夏草の中に隠れているのは誰? 

 

 

(画像と本文は直接の関係はありません。)

 

夏草と蝉の声を想い、生活体験も交えて書いた小さな創作物語。

 

 

 がらんとしたアパートの一室に蝉の声だけが響いている。油絵のキャンバスと画材以外は本当に何もない殺風景な部屋だ。蝉の声はどこまでも僕を押しつぶすように厚く重い。それでも暦は進んでいくし、この夏も、もうすぐ往ってしまう。いつもなんにもない夏だ。なんにもない。そう、なんにもない。他の季節だって似たようなものだけれど、夏のなんにもなさは、痛い。ガランとした痛み。取り残された痛み。

 

 仕事が終わると、パンをかじりながら絵を描く、それだけ。休みの日は、何の約束もないから、ひとりローカル線に乗って時間を潰す。時間を潰すという言葉が痛い。本当に潰しているだけだ。昨日も、今日も、明日も、時間は潰されて、消えて行くだけだ。蝉が啼き終わった季節も、自分は生きていかなくてはならない。そう思うと、気が遠くなるし、何もしたくなくなる。そう、生きることも。

 

 今日は休みだけど、朝から気分が重たるくて、ただぼんやり天井を見ている。鉄道に乗って時間を潰すのも、もう限界みたいだ。だからといって絵を描く気にもなれない。独りぼっちの夢にはもう疲れた。一夏、蝉は鳴きあかして、消えて行くから、僕も消えてしまってもいいだろ。「本当になんにもないんだよ。」、聴いてくれる人もいない部屋で、独り言。玄関の呼び鈴がふいに鳴った。セールスならもうやめてくれないかな。「あんたたちは僕に何も持ってきてはくれないんだよ。そうだろ。」そう呟いて無視すると、携帯が鳴った。どうせ、セールスだ。うるさい。ガチャっと扉が開く音がする、強盗?もういい。殺すなら殺せ。もうなにもかもが、どうでもよくなってしまった。誰か僕を殺してくれないか。

 

 足音が近づいてくる。軽い足音だ。誰?物騒な雰囲気がまるでしない。「あれあれ、なんて殺風景な部屋。あなた、相変わらずだね。」僕は跳ね起きた。どうしてここに?なんで君が?わけがわからない。「ねえ、もしもだけど、あなたが嫌じゃなければ、あたし、ここにいていいかな?」三年前に僕から去って行った人だった。以来僕は抜け殻だ。「あたしね、落とし物にやっと気がついたの。馬鹿だね。」僕は君に落っことされて、側溝の底から茫然と空を見ていたんだ。「まだ誰かに拾われていないみたいね。間に合ったかしら。」そう言って、僕の頭を胸に抱いた。その柔らかさに僕は泣いた。間に合ったもなにもないよ。ひどい人だ。僕は泣くしかなかったし、そんな僕を彼女は強く抱きしめた。3年何をしていたのか、僕は聞かなかったけれど、それから君はずっといる。僕が本当に君の落とし物なのかどうかはわからないけれど。君はもうどこにも行かなかった。

 

 

ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると励みになります。


人形・ぬいぐるみランキング にほんブログ村 ハンドメイドブログ 布人形へ
にほんブログ村