ピエロとピエレッタ  (小さな物語:創作ショートストーリー) | 黄昏黒猫屋敷ー布人形とイラストの小部屋

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世間からかなりずれている管理人、黄昏黒猫堂こと黒猫が自作人形やイラストを発表しつつ、ニート、ひきこもりなど生きずらさを考える。(画像一覧で作品を見ていただけるとうれしいです。)

 

月明かりの射しこむ屋根裏部屋の出窓の隅に白いピエロの人形が置かれていました。人々はここに屋根裏部屋があることさえ忘れていて、だからピエロはいつもひとりぼっちで出窓の隅で足を投げ出して座っていました。月明りの夜になるとピエロは目を醒まします。ピエロはおどけたお喋りや踊りが上手でしたが、もうそれを見てくれる人は誰もいません。もう何十年もピエロはひとりでいました。月の夜、目を醒ましたピエロはいつもさみしくて泣いていました。「僕がここにいることをもう誰も知らない。そういえばヨハン爺さんが生きていた頃、この部屋にはたくさんの人形たちがいたけど、それでも本当には僕はひとりぼっちだった気がする。ヨハン爺さんが死んで、他の人形たちはみんな貰われていったけれど、僕だけ貰い手がなくて、今でもここにいるんだ。」そうです、ピエロは誰にも気に入ってもらえず。ひとりこの部屋に残されました。そして今ではこの部屋のことさえ忘れられているのです。

 白いピエロの人形は月の光で目を醒まします。そのたびにピエロはさみしくて泣いてしまうのです。「お月様なんて出てくれなくていい。そうすれば僕は寂しい思いをしなくてもすむ。それとも、いっそ誰かが僕を火にくべてくれたら、僕は灰になって、もう悲しまなくてもすむ。こんな思いをするために僕は人形師に作られたのだろうか。だとしたら、その人形師はとても意地悪だ。」月夜のたびにピエロは涙を流します。人間だって、こんな思いをして月を眺めている人はきっとたくさんいるのでしょう。

 ある月夜のこと、ピエロがいつものようにひとり泣いていると、こつこつと出窓のガラスがたたかれる音がしました。見ると、そこには白い女の子のピエロの人形が宙に浮いていました。ピエロが、何が何だか分からないまま出窓のガラス戸を開けると、女の子のピエロの人形はするりと部屋に入ってきました。「わたしピエレッタ。あなたのこと、なんて呼んだらいいかしら。」と聞いてきたので、ピエロは涙を拭いながら「ピエロ。」と答えました。女の子に泣いているところを見られて、とても恥ずかしかったので、ピエロは俯いてしまって、その後の言葉が出てきませんでした。「あなた寂しいの、わたしも寂しい。だからここにいさせて。」ピエレッタの言葉は、ピエロにはとても信じられないものでした。「こんなところでいいの。こんな僕と一緒でいいの。」よく見ると、ピエレッタの頬にも涙のあとがひとすじありました。「わたし、ここにいたいの、だめ。」だめな訳はありません。ピエロにはとても嬉しいことでした。だって、今までずっとひとりで泣いて暮らしてきたのですから。

 それから月夜のたびに、ふたりは出窓を飛び出し、月の光の中で踊ります。でも何故かふたりは泣きながら踊るのです。ふたりの涙は銀の雫となって街に降り注ぎます。月明りの中で、それは小さな宝石が舞い散るようで、とても美しく輝きました。ふたりはピエロですから笑いながら踊ります。でも涙はとめどなく溢れて止まりません。ピエロとピエレッタは泣き笑いして踊ります。美しい銀の雫も地面に落ちると、雪のひとひらが溶けるように消えてしまいます。舞い散る銀の雫の中で、白い衣装のピエロとピエレッタは月の光に輝きます。

 ある時、ピエロはピエレッタに聞きました。「ねえ、ピエレッタ。君は僕と一緒にいて幸せなの。僕には君が悲しんでいるとしか思えない。やっぱり僕じゃだめなのかな。」と言うと、ピエレッタは、「けっして消せない悲しみというものもあるの。だからあたしはいつも悲しい。だからあたしはあなたと一緒にいたい。」とピエレッタは寂しい月の光のような微笑みを浮かべました。それでもピエロは時折見せるピエレッタの無邪気な微笑みに幸せを感じました。ピエロの幸せはピエレッタが一緒にいてくれることなのです。

 ある満月の夜、ピエロとピエレッタは街の大きな時計塔のてっぺんに並んで座っていました。「ねえ、ピエロ、いつも幸せで笑ってばかりいると、幸せが当たり前になって、そのうち何も感じなくなってしまうのよ。」とピエレッタが言うので、「ピエレッタにはそんなことがあったの。」とピエロは聞きました。「ええ、あったわ。それで、あたしは対で作られた片割れを失くしたの。それであたしは神様にお願いをしたの。消えない悲しみと乾かない涙をあたしに下さいって。」、「ピエレッタの片割れはどうしてるの。」、「分からない。随分昔のことで、今はどこにいるのかも、顔さえも分からなくなっている。」時計塔から見る町はまるで月の光の水底で静まり返っているようで、このどこかにピエレッタの片割れがいるのかな、とピエロはふと思いました。

 それからもピエロとピエレッタの悲しくて、少しだけ幸せな日々が続きました。幸せは当たり前のことになって消えてしまうけれど、悲しみは消えることがない、ピエロはピエレッタの言葉を思い返し、いずれ消えてしまう、うたかたのような幸いよりも、ピエレッタとの悲しみと少しの幸せを慈しもうと思いました。そして月夜の晩、今夜もピエロとピエレッタは踊り、銀の雫が街に舞い降るのです。

 そしてある日のこと、数十年ぶりに人間たちが屋根裏部屋に入ってきました。ひとりの紳士が言いました。「やっと見つけました。この2体のピエロの人形はゼベッティアの人形師が対で作ったもので、2体で一組なのです。でも、さて、どうしたものか。」紳士はしばらく考え込んでいました。「わたしはけっして人形の声が聞ける訳ではありません。ですが、この人形たちはこのままにしておいた方がいいような気がします。そこで、どうでしょう。この部屋をまるごと買い取らせていただけないでしょうか。定期的に風通しや掃除は当方でさせていただきます。」そうしてこの屋根裏部屋は紳士が買い取り、ピエロとピエレッタはそのまま住み続けることができることになりました。

 ピエロとピエレッタは自分たちが対の人形だということを忘れてしまっています。彼らがかつて持っていた幸いとはどんなものだったのでしょう。それはとてもよいものだったに違いありません。でも彼らはそれを失くして、お互いのことさえ忘れました。それでもピエロとピエレッタは月夜の晩に頬にひとすじの涙を流し、銀の雫を舞い降らせながら踊るのです。

 

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