ツキアカリウサギ  猫があたしを肯定してくれる | 黄昏黒猫屋敷ー布人形とイラストの小部屋

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世間からかなりずれている管理人、黄昏黒猫堂こと黒猫が自作人形やイラストを発表しつつ、ニート、ひきこもりなど生きずらさを考える。(画像一覧で作品を見ていただけるとうれしいです。)

ツキアカリウサギです。お月様のようなまんまるお顔のウサギさん。ウサギといえば月。月明かりが似合う物の怪を作ってみたいなと思いながら、チクタクと糸を縫っていたらできました。えっ、物の怪?精霊?何だろう。しばし考えながら、結局、「まあ、いいか。」となってしまう無責任な作り手です。

 

 

我が家にはクーという長毛の黒猫がいます。クーは家族の誰よりも娘に懐いています。そして娘は言います。「クーはあたしを肯定してくれるの。クーはあたしがただいるだけで喜んでくれるの。クーはね、何の条件もなしであたしを肯定してくれるの。」

娘は世間でいうところの、いわゆる、ひきこもりです。ひきこもりという言葉は好きではありませんが、外にほとんど出ず、収入を得ていないことをひきこもりというのなら、ひきこもりです。

僕は、「それじゃ僕は君を肯定しているかい。」と聞こうとして、止めました。僕はたぶんクーのようには娘を肯定してはいないだろう。心のどこかで、やがて向き合うことになる「不都合」を、やはり心配している。それは、働かない娘を抱え込んでいくという不都合です。端的に言って、経済的不都合です。

でも、娘のことに限らず、「不都合」なんて、この先いくらでも転がっているでしょう。もういい加減、「不都合」という奴に振り回される人生などまっぴらです。不都合を超えたものと向き合っていたい。今までだっていろいろな不都合はありました。それに随分と振り回されました。でも、そろそろそういうものを超越したいのです。

大切なことは、僕はどう生きるのか。娘はどう生きるのか。それに尽きると思います。それで、これが肝心なのですが、僕の人生と娘の人生は別物。この線引きを曖昧にしたら、それは人間に対する冒瀆でしょう。僕がもし、娘を肯定できるとしたら、それは、僕があらゆる「不都合」とやらを笑い飛ばせるほど自分を生きることができたときでしょう。

まあ、明日のことなど心配せず、今の自分を生きるとしましょう。

 

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