昨年12月に上の娘が女の子を生み、先日の9月1日に下の娘に女の子が生まれました。二人目の孫です。


上の娘の子は私が入院してすぐ、抗がん剤を初めて投与した夜に、「おじいちゃん頑張れ!」と生まれてきてくれました。入院中は携帯に入った初孫の写真を眺めてばかりいました。対面したのは私が退院した後、生まれて10日ほどたっていました。


二人目は生まれたその日に対面できました。


小さい!


腕が私の親指と同じぐらい。


かわいい!


世のおじいさん、おばあさんの気持ちがわかります。孫は無条件にかわいいです。


娘は退院し、昨日から家にいます。家に帰るのが一番の楽しみです。


上の孫は今は東京、居るときは「うるさいなあ。」と思うのですが、返るとさびしいです。今は、二人の孫のそろい踏みが見たい。


アホなじい様まっしぐらです。

久しぶりに更新します。

悪性リンパ腫は検査の結果、濾胞性リンパ腫でした。

低悪性度レベルⅣという診断を聞いたとき「低悪性度」という言葉に少し癒されたのですが、後々ネットでいろいろな情報を仕入れると、

 ・進行は遅いが、薬は効きにくい

 ・治りにくく、再発しやすい

という、低悪性度という言葉に騙されてはいけない奴でした。


闘病日記を書くのは邪魔くさいので、かいつまんで言いますとR-CHOPという抗がん剤治療を三週間ごとに6回行い、その間副作用軽減のための薬を山盛り飲んで、時々休みながら会社に行ってました。

その間は正直言って「しんどい」です。話せば長いです。
それでもおかげ様で、6月に寛解の診断が出ました。

ガンの有無はPETというCT検査で調べます。がん細胞(それ以外に脳)が黒く映る全身の透過画像です。治療前後の画像をいただきましたが、さすがにお医者さんは配慮が行き届いています。最初の診断の時にはチラッとだけ見せられた治療前の画像を改めて見て愕然となりました。上半身のほとんどが真っ黒。ガンだらけでした。

最初に見ていたら卒倒していたかも、呑気に「治るだろう」なんて思えなかったで
しょう。

先生の「治ります」という言葉を何も知らずに信じて、「治る気満々」で闘病生活を送ったせいか、治療後の画像では脳と膀胱(黒く映る薬が排泄される)だけが黒く映っていました。寛解です。

ただ画像では判別できないガン細胞が一個でも残っていたら、また増えていく可能性が高いということで、再発防止のために9月には4週連続で抗がん剤を投与します。その後、3月、9月、3月と二年間続ける予定です。

薬はR-CHOPのうちのR、リツキサンという比較的新しい抗がん剤です。
新しいだけによく効いて副作用が少ないのはよいのですが、高価です。
最初に投与した時の支払額が114,000円だったので仕方なくカードで支払いました。


もちろん健康保険の高額療養費や一部負担金還元などで全て負担するわけではないですが高いです。ちなみにCHOPは4種類の薬の頭文字ですが、こちらは20,000円ほどでした。それでも高いのですが麻痺してきます。

ガン保険に入っていて助かりました。今ならガン保険のCMに出れば、宮迫さんよりうまくできるかもしれません。

昨年の9月ごろ、太ももの付け根にグリグリがあることに気づきました。一昨年には首のところにできていたのですが、会社の健康診断の時の診察でも、「まあ、大丈夫でしょう。」と言われて、その通りいつの間にか消えてしまいました。


今度も同じだろうと思っていたのですが、少しづつ大きくなっているような気がします。11月に親父さんがお世話になっている泌尿器科に連れて行ったついでに診察をしてもらいました。


「ふーん、○○さん。これは放って置かない方がいいかもね。とりあえず検査しなさい。そうやなあ、外科に行きなさい。」と、近くの県立病院に紹介状を書いてもらいました。


会社を休んで外科で診察を受けると、「一度外でお待ちください。」と言われて待っていると。看護婦さんがやってきて、「○○さんてんか・・・」というのがよく理解できません。


「えっ?」と聞き返すと、暗い声で「血液内科に転科していただきます。」と言います。


この時点で、「ちょっとまずいのでは。邪魔くさいことになるのでは。」というお思いがしました。


問診や診察、血液検査の結果で、

「詳しい検査をしないといけませんが、リンパ腫です。悪性の。」という診断となりました。


「先生、治りますか?」「○○さんの年齢なら、必要な治療をバンバンすることができますので、治りますよ。」


という会話で、治療がスタートしました。

ただでさえ更新の少ないブログですが、12月より闘病中につき当面お休みします。

いかなる場合も、民意を問う選挙に’大義がない’ということはない。


戦う前から負け犬になっている者のたわごとで、国民をばかにしている。


選挙で勝てるだけの民意を得ておればよいだけのこと。

「先生1.8万人減らせる」 財務省が「機械的に」試算


しょぼい団扇を配った先生、団扇もどきを配って偉そうにしている先生、

ネギやワインを贈った先生、SMバーで税金を使った先生等々、

ろくでもない国会議員の先生を半分ほどに減らすんかと思ったやないか。


それが、学校の先生を減らすやと。学級崩壊やモンスターペアレントで

困ってる先生を減らしてどうするんじゃ!


議員を減らせ議員を。辞めさした議員には学校の用務員でもしてもらえ。

台風一過で良いお天気です。早朝に風の音で目を覚まし、玄関脇に置いてある睡蓮鉢のメダカたちを玄関内に避難させたのがウソのようです。


普通、和歌山の南を通る台風は、大騒ぎする割には阪神間にはあまり影響が無いのですが、今回はいつになく強風が吹いていました。


その大騒ぎですが、昨日の午後からテレビでは台風のニュース一色となっていました。


台風のニュースを見ていて、いつも思うことを列挙すると、


「わざわざ風雨の強いところに出てくれんでもええのに。」

「何でヘルメット被ってまで女子アナやねん。」

「役に立たないとわかっている透明傘を持つな!」

「壊れた透明傘を持ったまま写すな!」

「大した風でもないのに息切らして大騒ぎするなや、もうちょっと静かにリポートできひんか?」

「安全な室内から外を見て、冷静に的確に状況を知らせてくれたらええねん。」


というようなことです。


昨日は比較的NHKのニュースが落ち着いて聞きやすかったです。


災害などはことさらセンセーショナルにする必要のない事柄です。


「広島の災害、御嶽山、台風と『その時々の出来事に無節操に群がっていると思われてはならない。』というような心のブレーキはあんたらに求めても無いか。」

車を運転していると、すぐ前に走っている車に注意を注ぐことになる。高速道や郊外の一本道では、時々挙動不審な車の後ろに着くことがある。


その車のほとんどはまっすぐに走らずゆっくりと蛇行し、コースを外れそうになると慌てて戻ることを繰り返したり、何事もないのに急にスピードを緩めたり上げたりすることが多い。


少し前まではこのような車にまれに行き当たり、居眠り運転だろうと追い越したり車間距離を取ったりしたものである。


ところが最近、このような挙動不審な車を街中でも見るようになった。そして、ほとんどが携帯電話を掛けながら運転している車である。高速や郊外の空いた道ならともかく街中の道路で寝るような運転手が多くいる訳はない。


携帯電話で話しながら運転すると会話に注意が行き、前方を見ているようで見ていない状態になる。要は酔っぱらって注意力、判断力を落として運転しているのと同じである。


一方、最近スマホを持つ人が増えて、歩きながらスマホの画面に見入っている人が爆発的に増えた。見ているようで見ていない携帯電話をしながらの運転が酔っ払い運転と同じように危険なら、まったく前を見ずにスマホを見ながら歩くことはどれほど危険なのだろう。


歩きスマホをしている人に尋ねたい。時たま前を見てる?ただ人にぶつかるだけ?個人の自由?


昨日、盲目の高校生が蹴られた事件があった。一説には歩きスマホの人がぶつかったことが原因ではないかと言われている。このような方にぶつかった場合もただ人にぶつかるだけと言えるだろうか。


混雑している階段で降りるスピードを急に落とす人がいる。大抵はスマホを見ている。私が後ろからぶつかって階段を落ちても、ただぶつかっただけと許してくれるのだろうか?


駅では、「歩きスマホをやめましょう」とのアナウンスが流れるようになった。その次は法律で規制するのか。そうなる前に、

人の迷惑を顧みず、己のやりたいことをやり続けることはやめたほうがよい。

盲導犬は厳しい訓練に耐え、眼の不自由な方の助けになっています。

吠えることも、粗相をすることもなくジッと御主人様の横に控える姿を見ると、


「健気やなあ。」


という思いしかありません。


そんな盲導犬にとんでもないことをした阿呆が出現しました。


電車内で?盲導犬刺されけが 訓練で鳴き声我慢…埼玉県警が捜査


の気の毒な盲導犬は、刺されても声も上げずに仕事を全うしたらしいです。


どうやらフォークのような物で刺されたという記事も見ましたが、いったい誰が何の目的でやったことなのかどう考えても理解不能です。


こんな時は、「噛んでもええよ。」と言うのは盲導犬には酷な話でしょうが、実は噛み殺されても仕方がないようなことをしているわけです。


犯人が見つかることと、この盲導犬の体と心の傷が癒えることを祈りたいと

思います。

刀の鍔が少し緩んでいることが気になっていました。


会の先輩に修理の仕方を聞き、刀をばらしました。日本刀のすごいところは、目釘という竹の小さな棒一本ですべての材料が留まっていることです。


折角の機会なので、刀の銘を撮影しました。



表は、濃州住房太郎作。



裏は、平成二十三年一月吉日。


とあります。


房太郎刀匠のHPはココ 。イケメンですよね。