（２人の男が向かい合わせに座って原稿を読んでいる）
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
編集者
「はい。導入は完璧だと思います。
情景が浮かぶようです。」
川端康成
「ありがとうございます。」
編集者
「ただ、問題は次です。」
川端
「次？」
次の長いトンネルを抜けると草原であった。
編集者
「早々に次のトンネルに入っちゃったんですけど、
雪国、通過しただけですか？」
川端
「うん。通過しただけ。」
編集者
「雪国で物語が始まると思ったのですが。」
川端
「誰もそんなこと言ってない。」
編集者
「あぁ・・・失礼しました。
で、次なのですが。」
さらに次のトンネルを抜けると砂漠であった。
編集者
「どこ走ってるんですか？
ついさっき雪国を走ってたことがウソのようなのですが。」
川端
「画が浮かぶようだよね。」
編集者
「雪国は浮かびました。
砂漠はちょっと浮かばないです。
で、次です。」
トンネルを抜けるとジャングルだった。
編集者
「気持ちが追いつかないんですけど。
たった４行で雪国、草原、砂漠、ジャングルとかけぬけてるんですけど。」
川端
「目が離せないよね。」
編集者
「逆にそうですね。
あと、トンネル多すぎません？」
川端
「そう？」
編集者
「多いです。
東海道新幹線の熱海付近じゃないんですから。」
川端
「あそこもトンネルばかりだからね。」
編集者
「はい、次。」
トンネルを抜けると海底だった。
編集者
「この汽車どこ走ってるんですか？」
川端
「画が浮かぶよね。」
編集者
「浮かばないです。
まったく浮かばないです。
次です。」
トンネルを抜けると星空の中だった。
編集者
「いや、もうＳＦだし。
銀河鉄道ですか？」
川端
「タイトル、『銀河鉄道の夜』にしようか。」
編集者
「ダメなヤツです！」
川端
「『銀河鉄道９９９』は？」
編集者
「それもダメです！
はい、次。」
トンネルを抜けると１９５５年だった。
編集者
「もう世界観がわからない。
どこを目指そうとしてるのか。」
川端
「この汽車が？」
編集者
「汽車も物語も！」
川端
「タイトルは『バックトゥザフューチャー』・・・。」
編集者
「ダメです！」
川端
「で、次のトンネルが・・・。」
編集者
「ダメ！
もうトンネル禁止！」
川端
「えー。」
編集者
「えーじゃない！
トンネル使っていいのは最初だけ！」
川端
「トンネルくぐらないと、この物語面白くならないよ。」
編集者
「そんなことないです！
川端康成なら、トンネルがなくても物語を面白くできます！」
川端
「あ、これは？」
朝起きたら雪国のど真ん中だった。
編集者
「泥酔翌日の朝じゃないですか。
風邪ひきますよ。」
川端
「下手すりゃ死ぬか。」
編集者
「下手しなくても死にますよ。」
川端
「あ、これなんかどう？」
雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう
編集者
「（呆れて）あー、あー、あー、あー・・・。」
♪Silent night. Holy night.
編集者
「川端康成どうした？って言われますよ。」
川端
「そう考えると、乗ってたのは汽車じゃなくて、
シンデレラエキスプレスだったんじゃない？」
編集者
「違います！
キレイにつながりましたけど、違います！」
川端
「じゃあこれは？」
トンネルを抜けると伊豆の踊り子がいた。
編集者
「いない！」
川端
「いた！」
編集者
「いない！
伊豆の踊り子も禁止！」
川端
「あれも禁止、これも禁止・・・。
川端康成の個性死んじゃうよ。」
編集者
「そんなことない！」
川端
「んー。お先真っ暗になってしまった・・・。」
編集者
「ある意味、先生が長いトンネルに入っちゃいましたね。」
以前、夏目漱石でやりましたが、添削シリーズその２です。
実際、このような文豪とのやりとりはどんな感じだったのでしょうか・・・。
人数：２人
川端康成
編集者
所要時間：４分～５分
上演難易度：★☆☆☆☆
備考：会話のみの展開のため、上演難易度は低めです。
「トンネルを抜けると・・・」の部分を誰に読ませるかは演出次第です。
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