突然ですが、

 

 

12月から、

 

 

長期講座、

 

THE SEVENTH SENSE

(第7番目の感覚)、

 

通称SSを、

 

復活させることになりました。

 

 

 

時代読み間違えて、

勝手に満足して、

早々に終了した長期講座ですが 笑、

 

 

4年のブランクを置き、

第7期生の募集となります。

 

 

 

本当は、春から復活したかったのです。

 

 

 

冬場の長期講座って、

 

風邪が流行るし、

雪で飛行機が欠航したり、

電車が遅延したりするので、

 

 

すごくリスキーだし、

欠席される方や、

遅刻される方のフォローが大変だし、

 

 

私自身も、

子供に風邪もらったりしないように、

スッゲー集中して過ごさなきゃいけないので、

めちゃくちゃ大変だし、

 

 

受講生の方のご苦労も考えると、

運営側としては、

本当はやりたくない時期ではあるのですが、

 

 

 

どうしても、

 

今年の春分までに、

 

仕上がらなきゃいけない方々がいる、

 

手伝わなきゃならない方々がいる、

 

と言う感覚がぬぐいきれないので、

 

 

思い切って、

 

春分前までに仕上げるスケジュールで、

決行することにしました。

 

 

 

春分からが、

普通のチャリで進む感じだとしたら、

 

 

春分前なら、

アシスト付き電動チャリで進む感じで、

 

 

サポートする側も、

進まれる方も、

ラクに思いを叶えられるようなので、

思い切りました。

 

 

時には勇気が必要ですな。

 

 

 

募集は11月7日開始です。

 

 

7thセンス、7期、7日に募集。

 

この数字を見てると、

なんだかラスベガスに行きたい、

 

 

高橋ナナです。

 

 

 

 

さて、SS復活することにしたんだーと話したら、

 

早速受けたいといてくださってる方もいるので、

 

ご縁のある方に、

前準備としてお伝えしていきたいことを、

 

これからどんどんブログで発信していきたいと思います。

 

 

 

 

本当はビジネスのことをもっと書きたいんですが、

 

なんせビジネスやるにも、

 

その人自身のマンパワーと、

 

他力を動かし、巻き込んでいく求心力みたいな、

 

肚の据わった土台が必要なので、

 

ビジネス頑張ってる方にも、

是非読んでもらえたら嬉しいです。

 

 

 

 

さて、本題です。

 

 

 

私としては当たり前と思っていることでも、

 

他の人にとっては、全然当たり前ではないと言うことが、

とってもいっぱいあります。

 

 

そんなことから発信していこうと思います。

 

 

 

まずは悩みや問題について。

 

 

 

これらがあると、

 

 

厳密に言えば、

 

これらが「ある」と思い込んでると、

 

まぁーエネルギーの漏れがすごいです。

 

 

 

 

私の視覚(?)から見ると、

 

 

喉や胸のあたりのエネルギーがすっごく固くて重たくて、

動いていないように見えたり、

 

 

肩や首の後ろあたりから、

まるでホースから水が出るように、

ちょろちょろとエネルギーが出っぱなしになってたり、

 

 

胸下から下腹部のエネルギー、

そして、脚のあたりが、

スカスカに見えたりしています。

 

 

よくこんなんで歩いてるなーって心配になる程、

足元スカスカの人もいます。

 

 

 

 

何かの出来事に、

強いインパクトや、

ショックや、

感情が大きく動いたのをきっかけに、

 

 

自分の悩みや問題に、

フォーカス(集中)を絡め取られてしまったままになっていて、

 

 

思考の動き、

神経回路が、

悩むことに固定されてしまい、

 

そこばっかり使うことが、

癖になってしまってるんですよね。

 

 

 

道なき草むらよりも、

舗装された道路の方が歩きやすいように、

 

 

舗装されてる、使い慣れた思考回路を使った方が、

やり慣れててラクなわけです。

 

 

だから、ボケーっと無意識状態でいると、

すぐその「考え」にはまってしまう。

 

 

そこがたとえ「悩む」という、

本当は通りたくない道だったとしても。

 

 

 

 

でね、

 

 

今、私がやってる、「高橋ナナ」って言うキャラクターは、

自分が望む・望まざるに関わらず、

 

どうしても人様の「悩み」に対峙することが多いんです。

 

 

これは本当に昔っから。

 

この仕事やる何十年も前からです。

 

 

 

で、昔は、

 

誰かの悩みに真剣に向き合って、

悩みを「解決」するのを、

それはそれは、ひたむきに手伝ってたんですが、

 

 

ある時「悩み」そのものが幻だということに、

気がついてしまったわけです。

 

 

 

そしてさらに良くないことに 笑、

 

 

「私」と言うものすらも幻、

ただの思考、

夢みたいなものだと気がついてしまったんです。

 

 

 

そうなると、

誰かが話す「悩み」が、

 

 

言葉を選ばずに言うならば、

 

 

言い方スッゲー悪いですが、

 

 

酔っ払いのたわごとか、

 

寝言にしか聞こえなくなってしまったんです。

 

 

大変申し訳ないですが。

 

 

 

 

そもそも、悩みや問題は、

 

「私」と言う幻にくっついてる、

 

さらなる幻。

 

 

夢の中で見てる夢。

 

 

そんな感覚です。

 

 

 

 

あなたは、

 

誰かが、

 

 

「今日寝てる時に見た夢が最悪だった。」

 

 

と言う話を1日中、

延々と話していたとしたら、

 

 

 

どっかの酔っ払いが、過去のことを、

 

 

「あの時は最悪だった」

 

 

と言う話を延々にしていたら、

 

 

ずっと、真面目に、優しく、聞いていられますか?

 

 

「いや、夢の話はもういいからさ、

今起きてる、目の前のこと見なよ」

 

 

ってなりませんか?

 

 

 

少なくとも私は、

そんなに優しくないので、

無理です。

 

 

 

私の時給に匹敵する、

それ相応のお金をいただくかしないと、

きついです。

 

 

ご飯奢るから悩み聞いてとか、

マジで最悪です。

 

 

悩み聞く時間と、

ご飯食べる時間を、

その人のために作らなきゃいけないから 笑

 

(これは11年間もキャバ嬢だったからなのか、ビジネスマンだからなのか、

「タダで会えると思うなよ」って言う考えが昔からずっとどこかにあるので今でも採用してる。

会いたいって言ってくる人全員に会ってたら、なんもできなくなるからねw

 

 

 

で、

 

どうなったかというと、

 

 

は?悩み?

 

 

あぁ、それ、

 

あなたが信じてる「私」とやらにくっついてるやつだよね?

 

 

 

じゃあ、私ごと、

切り落としちまえよ。

 

 

 

 

ザクッッ!

 

 

 

 

というやり方に変わってしまったんですな。

 

 

 

 

悩みを聞くと、

 

いつも決まって、

 

私の中に女神が降臨してしまうのです。

 

 

 

 

 

 

こんな感じの女神ではなく、

 

 

 

こんな感じの女神、

 

カーリーが降臨してしまうのです。

 

 

 

カーリー神についてはこちらの記事を

女神。

https://ameblo.jp/at-last/entry-12151790486.html

 

 

 

だって、

 

 

酔っ払ってるなら、

シラフに戻ればいいだけだし、

 

 

寝てるなら、

目を覚ませば、夢が終わるでしょ?

 

 

じゃあ、

悩んでると思い込んでる、

その頭を切り落としてしまえと。

 

 

 

我ながら、

 

 

スッゲー

 

 

 

雑。wwwwww

 

 

 

でもね、

 

雑に見えるのですが、

これが一番早いし、確実なんです。

 

 

 

 

だけど、切り落としても切り落としても、

本人の身体に癖が染み付いてる場合は、

 

根本から、

 

その人の身体から変えてしまわないと、

また頭が生えてくる 笑

 

 

 

その理由なんですが、

 

 

これからスッゲー怖いことを言います。

 

 

 

衝撃の事実を発表します。

 

 

 

 

まだ寝ていたい人は、

ここでブログを閉じてください。

 

 

 

 

さて、いいですか?

 

まだ読んでますか?

 

 

 

 

人がなぜ悩みや問題を解決したいと思うのか?

 

 

 

それは悩んでるのがしんどいから、

苦しいから。

 

 

 

究極的にいうならば、

 

 

悩みが解決されること自体を望んでるのではなくて、

 

 

この苦しみから解放され、

幸せ感覚を味わいたいから、

悩みが解決されることを望んでいます。

 

 

 

で、重要なのはここからです。

 

 

 

この「幸せ感覚」というもの。

 

これは「満たされ感覚」とも言い換えられると思いますが、

 

 

 

人間にとって、とっても重要なものだし、

本来の私たちの在り様でもありますが、

 

 

人間という生き物、

 

生物としての人体は、

 

 

そもそも、

 

 

幸せを感じるために設計されていないんです。

 

 

 

そもそも、そういう仕組みになってない。

 

 

 

人間の脳、遺伝子というのは、

 

 

幸せになることを目的として、

デザインされ、

構築されてるものではありません。

 

 

 

じゃあ何にロックオンされて、

デザインされているかというと、

 

 

 

 

生存です。

 

 

 

 

簡単な話、

 

 

幸せとか、そんなもん、どうでもいいんです。

 

 

 

生きてりゃなんでもいい。

 

子孫残せりゃなんでもいい。

 

 

とにかく、生存。

そして、繁殖。

 

 

人間だってある意味、

野生の生き物ですから。

 

 

 

こうして、

 

サバイバルして生き延びて、

子孫を残すことにロックオンされ、

 

何万年もシステムが構築され、

進化をしてきました。

 

 

 

 

だけど、

 

人間は、

 

脳だけがどんどん進化し、

 

生存するだけじゃなく、

 

幸せに生存すること

 

を望む様になりました。

 

 

 

 

だけど、人間のシステムは、

遺伝子レベルで「生存」にロックオンされたまま。

 

 

 

常に、

 

足りないものはないか、

危険はないか、

戦わなきゃいけないものはないか、

 

人体は見張り続けています。

 

 

 

どこどこの臓器に、

適切な血液は流れてるか?

常に見張るシステムが体の中で動いています。

 

 

 

体の中だけならいいのですが、

人生においても、

 

 

「不安」というアラームを使いながら、

常に足りないもの、危ないものを探し続けて、

不足を補おうとしてしまう。

 

 

お金、

愛、

才能、

時間、

 

全て。

 

 

 

だから、

 

街を歩いていても、

 

虎とかライオンとか出てこないし、

 

食べたら死ぬ様な、

毒のあるものを手にすることがなくなった現代においても、

 

「不安」というアラームを鳴らし続けて、

 

見張っています。

 

 

これは欠乏感として表現される感情かもしれません。

 

 

 

とにかく、なんでか、

 

 

満たされない。

 

 

 

理由なく、満たされない。

 

 

 

だから、

 

満たされないのは、

 

悩みのせいだとか、問題のせいだとか、

 

でっち上げて、

 

それを解決するべく、奔走するのです。

 

 

 

例えば、

 

隣人の騒音で、夜も眠れず、

生命の危機、

精神の危機を感じるなら、

 

 

そこは、現代的なやり方で、

しっかり戦わないといけませんし、

 

 

家の前に不法投棄されたら、

警察に通報しなきゃいけません。

 

 

パワハラされたり、セクハラされたりしたら、

立ち向かわなきゃいけません。

 

 

これは現実的なこと。

 

 

 

 

だけど、

 

大抵の心の悩みとか、

不安感や、

問題というのは、

 

 

悩んでも解決しません。

 

 

 

というか基本的に、

 

悩みというものは、

悩んでも解決しません。

 

 

 

では、どうしたらいいのか?

 

 

記事が長くなったので、

次の記事に続きます。

 

 

次の記事はこちら

https://ameblo.jp/at-last/entry-12540713973.html