王座管理組織の重要性を問う | 俺ってデビルマン!?

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知ってる人は知ってるし、知らない人はまったく知らない…私、元・週刊ゴングの鈴木淳雄と申します。かつて所属していたプロレス業界に限らずに、今現在の私をありのままに記していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。


 詳しいことは記事を呼んで頂くとして、要は新日本マット(日本で成田蓮、米国で海野翔太が挑戦)での防衛戦二連戦が既に発表されているのに、その前にAEWマットでの防衛戦を勝手に発表されて、それをアッサリと認めている「IWGP実行委員会は何をしているんだ!?」と辻が憤っている、ということ。

「新日本プロレスを世界一の団体にする!」と公言している辻にしてみたら、「IWGPこそが世界最高峰の王座」という強いプライドがあり、“その価値を貶める行為をする奴らは誰であろうと許せない!”といった感情なのだろう。

 そこには、自分たちが目指しているベルトに対する強いリスペクトが感じられ、新日本を応援している熱心なファンの方々も、辻の意見に同調する人が多いのではないだろうか?

 ベルトというのはその団体にとっての最大の象徴。その価値観をないがしろにしているのは最近の各団体そのものなのだが、選手やファンは今でも最大級のリスペクトをそこに抱いている。だから今回のような歯に衣着せぬ発言をしてくれる選手がいるということは、本当に頼もしい。

 で、今回の件について各報道の記事を見ていて思ったことがあるので、ここで幾つかあげてみたい。

 まず最近の日本の各団体の常識からいけば、最高峰王座の防衛戦は1シリーズに1度、なので今回のように短期間で3度も防衛戦を行うというのは、まさしく異例中の異例。

 ただ昔のNWA王座などを知る者にとっては、そこに特別な違和感はない。世界王座として世界各地で防衛戦を行っていくとなれば、その各地で最高峰王座の大看板は欲しい訳で、防衛戦の回数が増えていくのは当然のこと。日本でもかつてNWA世界王者が来日すれば、連日のように防衛戦が組まれていた。

 だから私に言わせれば、王座を乱立させるよりかは、まだ最高峰王座の防衛戦の数を増やす方がいくらかマシ。但し、それに伴う弊害もある。

 以前もこのブログで書いたが、防衛戦を連発すれば、当然、その試合のレベルが下がる危険性がある。プロレスラーとて人間、どんな超人的な選手であっても、必ずそのダメージは蓄積されていく。

 そうなれば動きは鈍るし、キレはなくなる。最高峰の闘いとなる選手権も連発すれば、試合の内容的にレベルが落ちても仕方のないところ。また昔のような不透明決着も復活しかねない。事実、その兆候は各団体に出ている。

 また素晴らしい試合を連発していたとしても、見る側の意識が見慣れていくことで、徐々に特別感が薄れていってしまう。最高峰王座戦は特別だからこそ価値があるのであって、頻繁に見れるようでは特別感は薄まる。だから連発するのはいいが、その弊害を常に意識してスケジュールを組んでいかなくてはならない。

 だからこそ、新日本でいうIWGP実行委員会、全日本でいうPWF本部、NOAHでいうGHC管理委員会というのは、本来、最重要な存在なのである。

 ところが、最近はその存在自体が疑問視されつつある。タイトルマッチの開催が王者や挑戦者の個人的な意見で勝手に決定視されていたり、ベルトを凌辱するような行為をしても何のペナルティがないなど、ベルトの価値観を貶めるような行為が日常化してしまっているのだ。

 例えば今回の件にしても、AEW所属の選手に王座を奪われてしまったとしても、あくまでそのベルトはIWGP実行委員会の管理下にあるのだから、勝手に防衛戦を決められるということは断じてあってはならない。なので今回のようなときは、その発表の場に管理委員、もしくはその代理人が同席していなければおかしいのである。

 例えば新日本の菅林会長、棚橋社長でもいいし、その日程が合わなければIWGPの公認レフェリーでもいい。とにかくIWGP戦に関するすべての決定はあくまでIWGP実行委員会が決める、という姿勢と原則は、決して崩してはいけない。

 また“新日本マットで何の実績もない選手がいきなり挑戦権を得る”ということを疑問視する記事もあったが、それは実行委員会が“その価値がある選手だ”と判断したのであれば、別に問題はない。

 確かにリーグ戦やトーナメントを勝ち抜かなければなかなか挑戦権を得られない新日本を主戦場にしている選手たちにしてみれば「ふざけるな!」となるところだが、その決定権を持つのは誰なのか、というのが答えであり、そこがその価値があると評価したのであれば、文句は言えてもその決定を覆すことはできない。

 だから本来、その王座を管理する組織というのは常に大きな責任を伴い、常に毅然とした態度をとらなければいけない、最重要な存在なのだ。

 かつてのIWGPには坂口社長、PWFにはロード・ブレアース、GHCにはジョー樋口管理委員とその象徴ともいえる存在がいた。でも今はどこの団体もそういった象徴的人物を表に出していない。※ちなみにPWFは往年の名レスラーであるドリー・ファンクJrが今も会長を務めているが、久しく来日していない。ここは日本支部を作り、その支部長を就任させるべきだと個人的には思う。

 だから存在自体もあるのかないのか、そしてタイトルマッチが組まれてもなぜその挑戦者が選ばれたのかなど、キチンと説明する人間が存在しない。そういったいい加減さ、曖昧さが王座の価値を貶めているということを自覚しているのかいないのか、疑問を通り越して怒りすら覚える。

 あと辻は「AEWはIWGPを軽視している」と憤っていたが、それはAEWにはAEWの管理する各王座があり、それこそが最高峰と自認しているのだから、そうなるのは当然のこと。またそうすることがAEWを支持するファンの期待に応えている、という証明にもなり、むしろ必然である。 

 どこぞの日本の団体のように、ヨソの王者を三顧の礼で迎え、その生け贄に自らの王者をホイホイと差し出してしまう方がその団体を支持するファンへの最大の裏切りであり、極めて異常な行為。その王座の歴史に関わってきたたすべての人間に土下座して謝罪しろ!とさえ言いたくなる。

 とにかくベルトを他団体所属の選手に奪われるということは、それだけ価値を貶める危険性がある、ということである。だから責めるのであれば、それを奪われてしまった王者と、そういった決定を下した組織の責任、となる。

 また話は変わるが、どこぞの団体はWWEの真似をして、オープンチャレンジなどといって対戦相手がその試合になるまで分からないとか、まったく実績のない正体不明のマスクマンなどをいきなり王座に挑戦させているが、それこそ言語道断。

 もちろん前述した通り、管理委員会が認めたものならばそれは立派な選手権なのだが、挑戦者としてふさわしいかどうかも分からない、事前に調印式なども行われない選手権はその程度の価値としか評価されず、その権威と価値を著しく貶めている、ということは間違いない。

 前から言っている通り、王座というのは王者や団体の私物でなければ、アクセサリーでもない。そこに関わるすべての人間のリスペクトの象徴で、何よりも尊重されなければならい至宝なのである。

 その価値を高めるのも貶めるのも、それを管理する人間、そして保持する人間の言動次第、ということを改めて強く肝に銘じてほしい。


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