小説「愛しのアスペル君」
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「?」な息子とシングルファーザー  12

 春、翔は東京での暮らしを引き払い、九州へ、幼いアキラが待つ実家へ戻っていった。三十歳を過ぎて親と同居し、幼児を育てるという暮らしがどんなものになるのか、まったく予想は経っていなかった。ただひとつだけ分かっているのは、自分がシングル・ファーザーという、社会的には極少なマイノリティに属することになったということだった。

 東京にいる別れた妻は、それから一年を経ず、一人暮らしをしていたアパートで冷たくなっているところを発見された。

 枕元には睡眠薬とバーボンのボトルが転がっていたという。

●負担

 九州の実家には、両親が使っている車があった。自動車というものが、幼い子供を抱えた親にとってどれだけありがたいものか、翔は初めて身に染みた。

 もう5,6枚の紙おむつをいれたディパックを背負い、駅の二階のホームまで苦労してベビーカーを引きずり上げなくてもいい。

 後部座席でオムツ替えもミルクを飲ませることもできる。公共のトイレ男子用には、女性用にはあるオムツ換えシートなどなかったのだ。


「?」な息子とシングルファーザー  11

 結局は意識を取り戻した妻を迎えに行き、またいつもと同じ日常が始まることになった。華やかな都会の片隅で繰り返される、赤ん坊の泣き声に彩られた、苦悶の叫びと涙の日常。

 どうにかしなければならない時期が迫っている。それは理屈ではなく、ひりひりするような感覚として翔の肌に染み込んできていた。このままだと家族三人が共倒れになるのは目に見えている。

 翔は九州の実家を頼った。ほどなくてして母親が上京し、幼いアキラを連れて帰っていった。

 幼児をいつまでも祖父母だけに見させるわけにはいかない。翔は妻と別れ、東京での暮らしを引き払うことを決めた。一流のクリエイターになるという夢を、目を背けて手のひらで丸め、編集部のゴミ箱にそっと捨てた。

 それから数ヶ月間、二人はやっと夫婦だけの時間を過ごした。

 この短い期間だけが、彼らにとっていちばん穏やかで幸福だったのかもしれない。

「?」な息子とシングルファーザー  10

「あの、ご主人ですか? 付き添いは?」

 という受話器の問いを、翔は冷淡なまでに無愛想な態度で受けた。

「本人の目が覚めたら返してやってください」

「お迎えには?」

「行けませんね。仕事なもので」

 受話器が沈黙した。なんて薄情な、と思ったのだろう。

「でも、お支払いとかは?」

「財布は持たせているはずです。その中から勝手に取ってください」

「……なんだか私、怒られてるみたいだな」

 相手の何気ないひと言は、その後ずっと翔の胸に残り続けた。

 子供の面倒が見られなくて自殺未遂を繰り返す妻。それにとことん疲れ果てた自分。家庭内のことなのに、それはいつしか周りをも不幸にしていっていた。

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