緒戦でスウェーデンに勝ち、

今日またデンマークに快勝。


え、スマイルジャパンって、

もしかして強いの!?って思ったら·····


何と去年9月のランキングで、

日本は世界6位だったびっくり


で、アイスホッケーの方式はちょっと変わっていて、

ランキング上位から5チームずつ、

グループAとBに分けるんだって。


そして上位5位までのグループAの全チームと、

6位以下のグループBのうち、上位3チームの、

合計8チームで準々決勝をやるそう。


という事は、6位の日本は

ランキング的にはグループB最上位に当たる訳で、

全部格下相手だったらしい。

だから今回は元々、

初めて準々決勝に出られる可能性が高かったようだが、

「その上」を狙うなら、

何位で通過できるかはとても重要。



何しろアイスホッケーといえば、

アメリカとカナダが圧倒的らしくて、

確かに女子のリーグはよく知らないけど、

北米における男子のアイスホッケーの盛り上がりは、

日本の比じゃないからね。


で、グループBの2位と3位はそれぞれ、

グループAの2位と1位との対戦になる。

つまり、首位通過できなければ、

アメリカかカナダといきなり当たることになって、

そこで撃沈するとしか思えない。


まあロシアフィンランドもスイスも強いんだけど、

カナダやアメリカとやるよりは、

まだワンチャンある気がする。



残り2試合、中国戦とチェコ戦、

1位通過できるように、頑張って応援しよ。




アメリカに住んでいた頃、

まだ子供たちも小さかったので、

季節の行事はできるだけするようにしていた。

その為に餅つき機まで購入して持っていったからね(笑)


ダンナの実家は、元旦に白味噌の丸餅、

2日はうる餅(もち米にうるち米を3割くらい入れて撞いた餅)を焼いて、

澄まし仕立ての焼き雑煮、なので、

サトウの切り餅等で丸餅は買えても、

流石にうる餅は手に入らないので。



で、節分と言えばスシ丸かぶり、だけど、

当然ながら巻き寿司も無い。

田舎町にあるのは、韓国人オーナーの、

「Japanese steak restaurant」だけで、

そこでカリフォルニアロールまがいのスシ風の物はあったのだが、

やはりこれが美味しくない。


で、自力製作。


まあ巻き寿司の材料は乾物が多いので、

大きな町に行った時に調達しておけるし、

日本人向けのスーパーだと、

冷凍したウナギの蒲焼きも売っていたりする。


そういう物を使って、

ついでにカリフォルニアロール風にアボカドも入れたりして。


で、一つ一つの材料は、

1本に入れる量が少ないので、

作る時は大体15本位巻かないと無くならなかった。

子供達が毎日お弁当だったので、

翌日のランチに持たせたりしてね。



上の子のクラスには、

スシ大好き❤️というクラスメートが何人かいて、

Japanese steak restaurantのより美味しい!って、

クレクレ言うらしい。

ランチがスシ、と聞くと、

自分のランチは他の友達にあげちゃって、

寄ってくるんだって。


それを聞いて、いつもドッサリ持たせていた。

スシを食べて、日本に親近感を持ってくれるといいなぁ、という思いもあって。

何しろ日本人が少ない街だったから、

私達以外、日本人は知らない、って人も多いだろうし、

ささやかな国際貢献、ということで。



アメリカ人の中には、

海苔が黒い紙みたいで敬遠する人も結構いて、

その為に海苔を内側にしたカリフォルニアロールが生まれた訳だけど、

都会の日本食レストランに行ってカウンターに座った時に、

作り方をガン見して覚えてきた(笑)


要は巻きすの上にラップを敷いて、

その上に白ゴマを撒いて酢飯を薄く広げる。

酢飯の上に半分の焼海苔を置いて、

中に入れる具材を並べる。

後は普通に巻くだけ。

意外に簡単だった。



日本で使っていた炊飯器は、

長く使ってガタがきていて、処分したのだけれど、

だからといって新しいのを買っていくと、

炊飯器用にバカ高い変圧器が1つ必要になってしまう。

現地で買えばアメリカ仕様、と教えられて、

渡米してから買うことにした。


ところが当時は向こうでは基本的な安い炊飯器しか売ってなくてね。

今ならAmazonとかでも買えるんだろうけど

当時は都会のアジア人向けスーパーでしか買えなかったし、

ゆっくり探している時間も無かったんで諦めた。


この炊飯器、5.5合炊きなんだけど、

5合以上炊くと上の方がパサパサで、

とても酢飯にできるような状態にならない。

仕方ないので4合か4.5合にして、

いつも2、3回炊いていたっけ。



思えばアメリカ時代は、

食に思いっきり時間をかけてたなぁ。

スシもそうだし、

餃子、たこ焼き、コロッケ、茶碗蒸し。


食べたければ自力で作るしか無かった。

餃子なんかは、中華レストランはどこにでもあって食べられるんだけど、

皮が厚くて、それはそれで美味しいものの、

日本風の薄皮のとは別物なんだよね。



いやぁ、本当に日本程、

食べる物が美味しい国は無いと思う。

帰国後暫くは、何食べても美味しい❤️、って、

本当に幸せだったな。

1年位で慣れちゃったけど(笑)


そして、わざわざ作らなくても、

いつでも食べたい時に手軽に買える幸せ。

ケーキもパンもお総菜も、ね。

天国だわ。


帰国して時間が経つと、

あの頃の感激や感謝を忘れちゃってるなぁ、とちょっと反省。



色んな種類の巻き寿司が、

スーパーで所狭しと山積みされているのを見て、

食べることに一生懸命になっていた当時を思い出した。

アメリカはアメリカで、

良い所、面白い所が沢山あるけれど、

食に関しては日本が一番。


この国に暮らせて、

みんな幸せだと思うよ。


言葉の誤用、って良くあって、

林先生はよく色んな番組で話しておられるけど、

誤用を見ると、何か気持ち悪い、ってのはよく分かる。



で、本当によく見掛けるのが、

長い時間続くことを意味する、

「延々と」を、

「永遠と」と書く人。


永遠、は名詞なので、

「と」で続ける場合は、

名詞の並列以外はあり得ない。

永遠と刹那、の様な。


永遠に続く、というのはアリだが、

永遠、は、終わりがない、未来永劫、という意味なので、

例えば説教が永遠に続く、なんて事はまず無く、

長く続く、という意味で使うなら、

延々と続く、と書くべきだろう。

少なくとも永遠と続く、は、

誤用以外の何物でもない。



今日も1人、ブログにそう書いている人を見つけて、

誤用だよ、と言ってあげた方がいいのか、

関係ないし、とスルーした方がいいのか、

悩んでしまった。


とはいえ、言葉は生き物なので、

時代と共に使い方が変わることは良くある。


地面はチ+メンなのだが、

濁るとヂメンではなく、

ジメン、と表記する。

一方で、鼻血などは、ハナジではなく、ハナヂである。


これは、旧仮名遣いを現代仮名遣いに統一した事なども関係しているらしいのだが、

昔は、濁る場合は元々の読み方に濁点をつける、だったと思う。

何故今ヂがジになっているのかは、

長くなるので、興味のある人はググって下さい。

詳しく説明してる所があるはず。



そういえば、一時問題になった「ら抜き言葉も」

今や抜かれているのが一般的になってしまっている。

「食べられる」が「食べれる」になるやつだ。

これも最初はとても違和感があったのだが、

他人が言っているのはそんなに気にならなくなってきた。

慣れとは恐ろしい。



とはいえ、やはり美しい日本語は大事にしたい、という思いがあって、

明らかな誤用や変形があると、

モヤモヤしてしまう。


コメントに書くと間違いの指摘になってしまうので、

そっとメッセージを送るのがいいのだろうか。

うーん、悩ましい。




緒戦で格下オマーンに負けた時は、

どうなる事か、と思ったW杯アジア最終予選。


その後もアウェイとはいえ、

サウジアラビアにも負け、

序盤3戦が1勝2敗。

ヤバっ😱と思ったけれど、

何とか立て直して、

カタールが見えるところまで来た。


今日の試合が本当に大きな山で、

負ければサウジアラビアの出場が決まり、

この後のオーストラリアvsオマーン戦でオーストラリアが勝てば、

日本は3位に沈む所だった。



残り2試合。

オーストラリアとのアウェイ戦が、

最後の天王山か。

オーストラリアはラスト2試合が、

vs日本とvsサウジなので、

出場が決まるには両方に勝たなければならない。

オーストラリアとは引き分けでも良い日本は、

少しは気が楽か。

まあそんな事考えてたら負けちゃうので、

勝つつもりで対戦して欲しいけどね。



吉田麻也が怪我で出場できず、

デフェンス面で不安があったけど、

どうしてなかなか、みんな頑張っていた。

35才になった長友も、

相変わらずシャープな動きしているし、

伊東純也や南野拓実の中堅も、

若手の田中碧も、それぞれキチンと機能していて、

今日に限って言えば、

安心して見ていられる試合だった。



さあ、後2試合。

とにかく連勝でW杯の切符を手に入れて欲しい。

そして、できれば本戦の頃には、

コロナが落ち着いているといいんだけど。


カタールの暑さ対策で、

異例の11月開催になった為、

予選終了から半年以上間隔があるので、

何とかそれ迄に飲み薬もちゃんと使えるようになって、

観客を入れて試合ができるようになりますように。



選手の皆さん、お疲れ様。

でも森保監督も言ってたように、

まだ終わった訳じゃないからね。

気合いを入れてよろしく!


埼玉県ふじみ野市で、

92才の母親の死後、

在宅介護を支えてくれた在宅クリニックの、

医師やスタッフを呼びつけ、

44才の鈴木医師を人質に籠城。

鈴木医師を散弾銃で殺害し、

理学療法士に重傷を負わせた。


当初言われていた3人ではなく、

7人ものスタッフが、

これまた報道された様な弔問ではなく、

渡部容疑者に呼びつけられていたらしい。


そしてその理由が、

母親が死んで自暴自棄になり、

クリニックのスタッフを殺して自殺しよう、と思った、と言うのだ。

その割にまだ散弾銃を持っていたのに、

その上11時間も立て籠っていたのに、

自分は自傷の傷の1つもない。



食事が取れなくなってきた母親の、

食事を巡り、医師との意見の対立があって恨んでいた、という話も聞こえてきたが、

もしそれが本当なら逆恨みも甚だしい。


大体92だよ。

段々食が細くなってきて、

食べられなくなる人がいるのは当然で、

そもそも寝たきりだったというから、

モリモリ食べられる人の方が珍しいだろう。

徐々に食が細くなり眠るように亡くなる、

普通、それを老衰、と言い、

むしろ大往生、と喜ぶべき状況だ。



本当に最近、こういう事件が多過ぎる。

北新地のクリニック放火殺人事件もそうだし、

東大前で受験生に切りつけた高校生の事件もそうだ。

生きていれば上手く行かない事や、

思い通りにならない事があるのは当たり前。

当たり前どころか、

思い通りに人生を送っている人の方が少ないだろう。


だが上手く行かない事を人のせいにして暴れるなんて、

お菓子を買って貰えないからと、

床に寝て、暴れて泣き喚く幼児と同じだ。

今回の事件も、クリニック放火も、

どちらの犯人も60過ぎたいい大人だ、というのが、

尚更やり切れない。



今回の渡部容疑者は、

それ程大事だったはずの、

母親の亡骸の前で凶行に及んだ。

通夜も葬儀もしないままで、

自分が死んでも逮捕されても、

母親を投げ出す事になる結果は同じだ。


つまりは母親が大事では無かったのだ。

本当に大事なら、まずはきちんと見送ることを考えるだろう。

母親を健気に介護する自分に酔っていただけはないのか?と思ってしまう。

その対象が亡くなれば、

自分の存在意義も無くなったのか。



2人きりだったそうなので、

他に葬儀をしてくれる縁者がいるのかどうかは分からないが、

いても、これだけの事件を起こしてしまったら、

引き取りを拒否されてもおかしくない。

自分は長期に渡る服役を避けられず、

年齢を考えると生きて出てこられるかどうかも分からない。


長年1人で介護してきたとしても、

これ以上の親不孝は無いし、

何らかの不満があったとしても、

その介護が1人でできたのは、

鈴木医師を始めとする在宅クリニックの支援があればこそだ。

恩を仇で返す、こういう人が増えているのか。

まさか鈴木医師も、

長年支えてきた相手に殺されるなんて、

夢にも思っていなかっただろう。


鈴木医師は在宅医療の担い手で、

事件前、およそ400人の患者を担当していたらしい。

コロナ激増で、自宅療養の人も増え、

負担が増していたらしい。

それだけ、渡部容疑者の母親にかけられる時間が減った、という事はあったかもしれないが、

この状況でそれを責めるのは酷というものだろう。


そして、今担当していた400人とその家族、

まだ44才だったのだから、

これから先、まだ何十年も、

在宅医として支えられたであろう、

何千人もの人達から、主治医を奪ったのだ。

意味の分からない逆恨みと八つ当たりで。

その上、ただでさえ少ない、

在宅医療に力を入れてくれる医師が、

この事件で益々減ってしまうかもしれない。


渡部容疑者の罪は、万死に値する。



鈴木医師の無念を思うと言葉も無いが、

心からご冥福を祈ると共に、

重体と伝えられている理学療法士の方の、

1日も早い回復を念じています。



昨日、義母が三度目のブースター接種をした。


接種券が来た時、詳細は何も書いていず、

QRコードが印刷されていて、

それで市のHPを見てくれ、だった。

去年も思ったけど、

これ、独居老人は対処できるんだろうか!?


で、調べてみたら、去年やっていた、

区役所で行っていた集団接種は無し。

大規模会場はどこも遠い上に、

駐車場はありません、公共交通機関をご利用下さい、になっている。

義母を連れていくのは無理っぽい。


次に個別接種を調べてみたら、

幸い、かかりつけ医が名簿にあったので、

すぐ電話で問い合わせて、予約を取った。


で、ダンナと2人で車で連れていったのだが、

丁度その前に、ダンナの所にも接種券が届いた。


今度は説明書に個別接種をしている医院の一覧が書いてあるのだが、

その中にかかりつけ医の名前が無いと言う。

そんなはずはないよ、ネットで確認した方がいいよ、と言ったら、

かかりつけ患者のみ接種、という医院は、

説明書には記載されていなかったらしい。

つまり、誰にでも接種できます、という所だけ、

リストアップされていた訳だ。


ブースター接種を前倒しでする、という話も出ているので、

これから続々と届くと思うが、

かかりつけ医がいる人は、

直接確認した方がよさそうだ。

自治体によっても違うと思うので、

大阪限定の話だけど。



で、そのダンナ、

2回目接種から7ヶ月後の、

1月28日から予約可になっていたので、

来週の水曜に予約したのだが、

義母の接種が済んだ後、

あ、そうか今日して帰られます?と言われた。


聞けば、体調不良で今日になってキャンセルした方がいらして、

1人分余っているという。

急だったんでもう仕方ないなぁ、と思っていたんですが、

もし良かったら、という話で、

7ヶ月には2日早いけれど、

ワクチンを無駄にするよりはいいんじゃないか、という事になり、

急遽ダンナも接種して貰うことになった。



で、問題の3回目接種。



1回目、2回目共に、

熱はおろか痛みも無かった義母だが

流石に今回はその日の夜から腕に痛みが出たようだ。


とはいえ、翌日の今日は、

リハビリもして、普通に暮らしている。


モデルナの2回目の後、発熱したダンナも、

今回は発熱は無く、

ちょっとダルくてしんどいかな、という程度で済んでいる。

明日には完全復活できそう、だそうだ。


この差は2回目と3回目の差なのか、

モデルナとファイザーの差なのか?

そこはよく分からないが、

2回目の発熱で、3回目はどんな副反応が出るか、

ちょっとビビっていたので、

これは朗報。

まあ個人差の問題かもしれないので、

私が3回目の時にどうなるかは分からないけどね。



これだけ感染が拡大すると、

重症化しなくても、また変異株が出てきそうだな、と思っていたら、

既にオミクロンの亜種が見つかっているそうだ。

感染力はオミクロンの2倍、という話もあり、

毒性等の性質が変わっているか否かは、

まだ情報不足だ、とか。


当分拡大が止まる要素が何も見つからない。

少なくとも第6波は続くだろうし、

オミクロンの亜種に置き換わり、

そのまま第7波に突入、なんて事になるかもしれない。


まあ一番リスクの高い義母が、

3回目接種ができて良かった。

私ができるのは1月くらい先だと思うけど、

接種券が来たら早く射つつもりでいる。


共通テストの初日、

東大前で受験生2人と通りかかった男性に切付け逮捕された少年は、

東大医学部を目指していたが、

高校での面談で、無理だ、と言われて心が折れた、

人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと思った、と供述しているらしい。



正直、言葉も無かった。



彼は医者になりたかったのか?

いやいや、それなら、東大医学部である必要は無い。

それなら東大医学部卒のステイタスが欲しかったのか!?


大体、関係ない人を殺そうとした時点で、

医者たる資格は無い。

医者だけではなく、

医療従事者は皆、看護師も技師も、

人の命を助けようとして志したはずだ。

命を奪う暴挙に出る人間は、

そういう志望動機から最も遠い対極にいる。




彼の学校は、愛知県だけではなく、

全国に名前の知られた、超有名進学校だ。

だが、そこの学校から出された声明も酷かった。



勉学だけが高校生活の全てではない、と、

伝えてきたが、

コロナのせいで行事が中止になり、

メッセージが届かなかった、のだそうだ。



これは謝罪ではない。

コロナのせいにして言い訳をしているに過ぎない。


大体コロナの影響を受けているのは、

東海高校だけなのか?

過去に無い状況だったのは、どこも同じだ。

それでもみんな試行錯誤しながらやってきている。


結局何が一番大事か、を教えられなかった、

いや教えて来なかった、学校と親の責任は大きい。

この学校は、東大医学部入学者数全国一、等と持ち上げられてきた結果、

医学部に入ることが正義で、

志望動機などは二の次だったのだろう。



だが、医者は使命感が無ければ続けられる仕事ではない。

友人に医者が何人もいるのだが、

労働環境が厳しい割に、待遇はさほど良くない。

一般のサラリーマンに比べれば収入は多いように見えるが、

研修医は薄給で、そこを埋め合わせる為に、

疲れた体に鞭打って、

週末は宿直のバイトをしていたりする。


今は医局に入らずに、

自分で研修病院や勤務先を探してくるドクターも増えているようだが、

定期昇給がほぼ無い病院もあるし、

年俸制になっていてボーナスが無い病院もある。


医局に入って系列病院に派遣されれば、

期間が短いので、退職金もほぼ無い。

何より拘束時間が長くて、

彼らは身を削って収入を得ているのだ。

友人の産婦人科医は、産婦人科医の減少で、

3日に1度は宿直をしているらしい。

医師の宿直は、朝が来たら終わり、ではない。

そのまま外来診療に入り、夕方まで勤務する。

宿直中に急患でも来れば、殆ど寝られない。

ハッキリ言って相当に過酷だ。

体を壊さないか、心配になる。


その上、こういうコロナ禍でなくても、

常に感染症に罹患する危険性と隣り合わせだし、

最近は医療過誤の訴訟もある。

楽に金儲けができる良い職業、と思ったら大間違いだ。



勤務医が大変なら開業すればいいんじゃないの?と思う人もいるかもしれない。

だが1人で仕切れるにはそれなりの経験とスキルが必要だし、

今は聴診器1つ、注射器1本で開業できる時代ではない。

莫大な設備投資も必要だ。


勿論、銀行はお金を貸してくれるが、

借りた以上、返さなければならない。

また、開院するには、周辺の病医院の分布や、

人口動静を精査して、

開業する場所を指定されることもあるらしい。



そういうことを何も知らず、

ただ目標は医者、だと続かない。

そもそも適性が問われる職業の最たるものだろう。



医者だった義父は、

息子2人は医者にならなかったので、

孫に当たるうちの息子に期待していたようだ。

本人も子供の頃は、ブラック・ジャックを読んで、

一瞬その気になった事もあったようだが、

高校になって進路を決める時に、

人の命を預かれるか、と考えたらしい。


自分は慌て者のところがあって、

命を左右する場面で、

失敗せずにできる自信が無い、

人の命を預かるのは怖い、と彼は言った。


自分には医者としての適性が無い、と判断したのだと思う。

まあ学力の問題もあるし(笑)、

奇跡的に入学できても、

国家試験まで勉強しまくらないといけないし、

医師免許を取得してからも、

1人前になれるまで、努力と勉強の連続だから、

私に似て怠け者の息子には無理な話なのは間違いないのだが、

それ以前に、医者という仕事を理解して判断した事で、

息子を見直したものだった。




話が脱線したが、

最初の疑問に戻る。


今回の傷害事件の犯人の高校生は、

何故医者になりたかったのか?


東大医学部に入れないのなら、

受験生を殺して自分も死んでやる、って、

他人の命も自分の命も軽過ぎる。

命を軽く扱う人間に、

最も向いてない職業を、何故目指したのか。



東海高校は医学部進学者の数だけを誇るのではなく、

医者を目指す、というのがどういうことか、

そこから教育した方がいい。


だが残念ながら、恐らく東海高校だけではなく、

多くの進学校と言われる所は、

偏差値が高い生徒には、

より偏差値の高いと言われる学校に行かそうとしたがる。

学部によって難易度に差があるので、

易しい学部にすれば、

ワンランク上の大学を狙える、という訳だ。


逆に医学部なら別カウントされるので、

医学部に行けそうな生徒には、

志望校のランクを落としても医学部を勧めたりもする。


本人の希望よりも。



まあ文系なら弁護士や税理士などの専門職を目指すのでなければ、

どの学部でも卒業後の進路に大差は無いが、

理系なら将来の職業に直結する事も多い。

つまりは一生を左右する選択になるかもしれないのだ。

教師はそこまで考えて進路指導をしているのだろうか?



昔、医学部に進んだ友人が大学時代に、

医者に向いてないんじゃないだろうか、と悩んでいた事があった。

でも医学部出て医者にならなかったら、

潰しきけへんしな~、と言って、

結局そのまま医者になった。

今、彼は、患者の話をよく聞き、

慕われる医者になっている。


学生時代に1度立ち止まって考えた事が、

医者としての彼に、プラスに働いたのではないか、と、密かに思っている。



医者になりたい若者は、

何故なりたいのか、をもう一度考えてみて欲しい。

親が医者だから何となく、という人もいるだろうが、

それでも、やはり使命感と責任感を持ってするべき仕事だと思うので。



昨日の東京・大阪の5000人越えには、

流石にビビった。


重症化はし難い、とは言うものの、

高齢の基礎疾患持ちの人の中には亡くなるケースもあり、

うちにも該当者がいるので、

神経質にならざるを得ない。


重症化しない代わり、という訳では無いだろうが、

感染力が半端ないらしいオミクロン株。

すれ違っただけでも伝染る、というのが本当なら、

もう一切外出せず引き籠るしかないが、

いくら何でも現実的ではない。



2度目のワクチンを去年6月に受けた義母は、

既に7ヶ月が経っていて、しかもファイザーなので、

抗体がかなり減っているだろう。

先日ブースター接種券が届いたので、

調べてみたら、集団接種会場が、

大阪城ホールの中にある城見ホールか、

阿倍野にあるやすらぎ天空館だという。

駐車場は無く、公共交通機関で来るように書いてあって、

今の義母の状態では無理だ。


区役所で行う自治体の接種は、

今回は設定されていないようで、

そうなると個別接種しかない。

実施医療機関を調べたら、

幸いかかりつけ医がリストにあったので、

早速問い合わせたら、来週の予約が取れた。


3度目も抗体が増えるのに2週間かかるのかなぁ。

そうだとすると要注意は後3週間か。


ここまで感染せずに来られたので、

このまま逃げ切りたいものだ。


ロマンス編は以前も放送されていて、

録画はしていたのだが、

先日の地上波の放送で改めて見た。


そして翌週は地上波初放送のプリンセス編。



映画の中で、あんなに輝いていた、

三浦春馬氏と竹内結子さんの2人が、

今はもうこの世にいない、という現実に、

言葉も無かった。

抱えていた物は色々あったのだろうし、

竹内さんに関しては、

もしかしたら産後鬱の影響があったのかもしれないが、

それでもやはり、どうして?という思いが拭えない。

本当なら今公開している英雄編でも、

笑顔を見せてくれているはずだったろうに。



コンフィデンスマンJPの2人の笑顔が本当に明るくて、

闇を感じさせない。

勿論プロだから、カメラが回っている時に見せはしないのだろうが、

逆に言えばそうして張り詰めてしまう人達だから、

頑張り過ぎて心が折れてしまったのだろうか·····



純粋にエンターテイメントとして、

この2本の映画を楽しめばいいのは分かっているのだが、

今はまだ辛い気持ちが出てしまう。



竹内結子さん、

三浦春馬さん、

本当に素敵な演技の数々をありがとう。

全てから解放されて、

今は安らかでありますように·····



もう27年も経つのか、と思う。

けれど何年経っても、

あの日、あの瞬間の恐怖は、刻み込まれている。



最も被害の大きかった場所からは少し離れていたけれど、

当時、阪神間に住んでいた私は、

横揺れで目が覚め、

次いで起きた爆発的な縦揺れに、

物が落ちてガシャガシャ壊れる音に震えながら、

隣に寝ていた息子まで這って行って、

覆い被さった事を思い出す。


当時2歳だった彼は、それでも寝ていたが、

小学校1年だった娘は、

目を覚まして揺れが治まった後、

布団に座って怖くて泣いていた。



通っていた小学校は被害が大きく、

校舎内への立ち入りが禁止になった。

1月中は校庭で点呼のみ。

2月3月は、隣の校区の学校まで皆で歩いていき、

間借りをして授業をした。


その間に家に住めなくなった子達が、

お別れも言えずに転校していった。

新年度までに校庭にプレハブの仮校舎ができ、

2年生になってからは、そこへ通った。


結局2年生の終わりに渡米することになったので、

住んだのはたった2年間だけで、

地震を経験するために引っ越したような物だったな、と思う。



家の中は瓦礫の山になっていて、

暗闇の中、リビングに踏み入れたら、

壊れた組立収納の、

棚板を踏んでしまい、

足の小指の付け根をザックリ切ってしまった。

近所の医者はどこも開いていず、

病院に行く程の怪我ではないし、と、

車で大阪まで戻ってから受診し、4針縫った。



東北の震災の時もそうだったが、

被災のど真ん中にいる人程、

情報が入らない。

まあ今はスマホがあるから、

中継局が残っていればネットに繋げるかもしれないが、

当時は電気が止まるとテレビがつかないので、

震源地がどこか、被害がどの位か、

サッパリ分からない。


使っていなかったトランジスタラジオに電池を入れ、

ニュースを聴きながら片付けを始めたが、

やはり耳で聞いてもピンと来ない。

大阪まで戻ってテレビを見て、絶句した。




今日、あの日を思い出して、

孫が、将にあの時の娘の年になっている事に気づいた。

娘に、ニュースでやってたら、

あの日の貴女の経験を、孫に話してみたら?

命について考える良い機会になるかもしれないよ、とLINEを送った。

これまで元気に生きて、

孫にも会わせてくれてありがとう、とも。




災害を止めることはできない。

そしていつやってくるかも分からない。


遠いトンガで起きた噴火が、

津波の様な波を起こし、

船が転覆したり沈没することもあるのだ。

地球は生きている、

そして繋がっているのだ、と改めて思う。



急激に増えるオミクロン株に、

関心はそちらに行きがちだけど、

せめて被災者の1人として、

今日はあの日と、

あの日失われた命について、

思いを馳せたいと思う。