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草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

自虐…それは資本の国家を愛すること。。。自虐史観を乗り越えて、「日本」のソ連化を阻止しよう!
The Rising Multitude

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. イラン・パぺ氏のプロフィール
  2. 新しい歴史家たち
  3. 年表抜粋
 
 1.パぺ氏のプロフィール
 
  1954年、イスラエル・ハイファ市生まれのユダヤ系イスラエル市民。両親は、ナチス台頭期の1930年代にパレスチナに移住した ユダヤ系ドイツ人。ハイファ大学講師を経て、英イギリス・エクセター大学教授。 同大学パレスチナ研究所所長。パレスチナ・イスラエル史研究。  
 
 2.新しい歴史家たち
 
 80年代末のPLOのイスラエル生存権承認、に国家共存路線への点から始まったオスロ合意に至る和平追求の機運や70年代から徐々に始まっていた公文書公開の進展によって1948年の「建国」前後の様子を知ることのできる資料が入試可能になっていったことなどを背景にイスラエルにおける歴史「研究』に転機が訪れた。
 従来、イスラエルにおける歴史に関する言説は、特にその「建国」前後の過程について、一方的にその正当性を主張し、イスラエル建国を目指すシオニスト側の暴力行為の存在とその計画性を全面的に否認するものだった。《パレスチナ難民発生の原因は、シオニスト民兵によるパレスチナ人住民に対する虐殺、強奪、レイプなどを含めた攻撃によるものであった》《さらにそれはシオニスト指導者たちが策定した計画的な攻撃であった》とするパレスチナ側の主張は、一方的に黙殺されていたのである。
 こうした「イスラエル建国神話」への「新しい歴史家」たちの挑戦は、ベニー・モリスの研究を嚆矢とする。モリスは、公開された公文書をつぶさに調査することによって、シオニスト民兵および国防軍による村落破壊・住民追放問事実があったことを明らかにした。
 
 
 
 
 
《イスラエルにおいて、パレスチナ難民問題の歴史記述は非常に政治的な意味を持ってきた。これまでのイスラエル歴史学では、パレスチナ難民が生まれた原因について、イスラエル建国(1948年)期におけるシオニストたちとの戦闘のなかで、パレスチナ人が「自発的」に土地を退去したという説明が前提とされてきた[Flapan 1987]。これは、当時のアラブ人指導者がパレスチナ人住民に対して避難命令を出し、住民が自らそれに従って土地を退去したことがパレスチナ難民発生のそもそもの原因であったとの説明の仕方であった。一方、パレスチナ人の歴史記述における語りでは、パレスチナ難民発生の原因は、シオニスト民兵によるパレスチナ人住民に対する虐殺、強奪、レイプなどを含めた攻撃によるものであったとして説明され、さらにそれはシオニスト指導者たちが策定した計画的な攻撃であったと論じられてきた[Khalidi 1961]。イスラエル社会は、シオニズムの暴力性、そしてイスラエル
建国の正当性を問うこうしたパレスチナ人の主張を受け取ってきておらず、むしろタブーとし封殺してきた。》(金城美幸「イスラエルにおける歴史記述とパレスチナ難民問題」)
 
 《新しい歴史家たちは、1948年のパレスチナ人の追放と逃避におけるイスラエルの役割や和平をめぐる議論に対するアラブ側の意欲など、イスラエルの歴史の伝統的な解釈に異議を唱えてきた、大まかに定義されたイスラエルの歴史家のグループである。 この用語は、1988 年に主要な新歴史家の 1 人であるベニー モリスによって造られました。 ニューヨーク・タイムズのイーサン・ブロナーによれば、新しい歴史家たちはこの地域の和平プロセスを前進させようとしてきたという。》(英語版WIKI)
 
《アヴィ・シュライムは、新歴史家と彼が「正史」と呼んだものとの違いを次の言葉で説明した[5]。

 公式版では、英国はユダヤ国家の樹立を阻止しようとしたと述べている。 新歴史家たちは、パレスチナ国家の樹立を阻止しようとしたと主張した。
  公式版は、パレスチナ人は自らの自由意志で家から逃げたと述べた。 新しい歴史家は、難民は追い出された、あるいは追放されたと述べた。
  公式版は、力のバランスはアラブ人に有利であると述べた。 新しい歴史家は、イスラエルは人的資源と武器の両方で優位に立っていたと述べた
  公式版は、アラブ人はイスラエルを破壊するための組織的な計画を持っていたと述べた。 新しい歴史家はアラブ人は分裂していると述べた。
   公式版は、アラブの非妥協が平和を妨げたと述べた。 新歴史家らは、「行き止まり」の主な責任はイスラエルにあると述べた[6]。
 
  パペ氏は、シオニスト指導者らが大部分のパレスチナアラブ人を追放するつもりだったと示唆している。 モリス氏は、強制退去は戦争の最中に起こったと信じている。 新しい歴史家によれば、イスラエルとアラブ諸国はそれぞれ、アラブ・イスラエル紛争とパレスチナの窮状に対して責任を負っている[6]。》(英語版WIKI)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

備忘

 

循環的なパースペクティブ❌局面化されたパースペクティブ

サーキュラー・エコノミー❌大量生産・大量消費

 

メインストリームに対する転換圧力

   │

   ├中から:自主監査、企業内労働運動

   │

   ├境界域から:市場への認証の組込、業界自主規制、

   │企業横断的な労働運動

   │

   └外から:行政による規制、消費者行動、オルタナティヴ実践

 

 

 
これも、アメリカの経済学者、リチャード・ウォルフによる取り組みです。その概要が以下のサイトで次のよう以紹介されています。
https://www.democracyatwork.info/about

 
《Democracy at Work is a non-profit that advocates for worker cooperatives and democratic workplaces as a key path to a stronger, democratic economic system. Based on the book Democracy at Work: A Cure for Capitalism by Richard D. Wolff, we envision a future where workers at every level of their offices, stores, and factories have equal voices in the direction of their enterprise and its impact within their community and society at large.

[デモクラシー・アット・ワークは、より力強く、民主的な経済システムへの主要な経路として労働者協同組合と民主的な職場を唱道する非営利団体である。リチャード・ウォルフの著書『デモクラシー・アット・ワーク:資本主義という病の根治]』に基づき、我々は、オフィス、商店、工場のすべてのレベルにおいて労働者たちが、彼らの企業の方向性と地域社会及び社会全体に対するその影響について、対等の発言権を持つことのできる未来を見通している。》

3.サパティスタによるチアパス地方の統治、グローバルガバナンス、e-ガヴァナンスなど

かなり長く書きすぎましたので、これについては、以下の記事をご笑覧ください。
 

実は、サパティスタのことはちょっとしか書いてありません。