ユダヤ人を独自の民族とみなし,ユダヤ人差別・迫害の究極的克服をユダヤ人国民国家の建設によって達成しようとする運動をいう。シオンはエルサレムをさす古い呼称で,パレスティナを父祖以来の約束の地とし,同地へのユダヤ人の移住を〈離散からの帰還〉として考える観念は,ユダヤ教の最も重要な信仰内容に属する。その意味では,19世紀後半にシオニズム(ヘルツルの盟友ビルンバウムNathan Birnbaum(1864-1937)の命名によるとされる)の名のもとに起こったこの運動はユダヤ教の伝統の継承・発展とみることができる。しかし〈離散からの帰還〉はまた,キリスト教におけるキリストの再臨と同じように,本来は,人間の力では実現不可能なものであり,神意にのみすがろうとする敬虔な祈り以上のものではなかった。むしろその願いが深ければ深いほど,これを人間の努力によって実現しようとするのは神に対する冒瀆でさえあった。その限りでは,シオニズムはユダヤ教の伝統への反逆であり,革新の思想でもあった。
(平凡社「改訂新版 世界大百科事典」)
「シオニズム」という項目。執筆者の独自見解多く含まれている。問題はその内容の適否だが、実に優れた内容である。シオニズムを的確にとらえるうえで欠かすことのできない論点がほぼ網羅されている。また、個々の論点についての筆者の見識もまた確かなものである。箇条書き的に列挙する。
- ユダヤ教徒を独自の民族とみなす運動である
- 〈離散からの帰還〉を目指すこの運動はユダヤ教の伝統の継承・発展とみることができる
- しかし〈離散からの帰還〉は本来は,人間の力では実現不可能なものであり,神意にのみすがろうとする敬虔な祈り以上のものではない
- これを人間の努力によって実現しようとするのは神に対する冒瀆である。
論点1は、見落とされがちだが極めて重要である。単なる同信集団でしかないユダヤ教徒は、実際には多様な民俗文化持つ諸集団からなっている。それを〈単一民族〉として糾合しようとする傾向は、シオニズムのすべての潮流に共通する。それは実際には〈民族〉ではないものを恣意的にそうだと「見なす」運動なのである。
論点2~4。真の伝統に即する限り、〈離散からの帰還〉を人間の努力によって実現しようとしてはならない。神意にのみすがろうとする敬虔な祈り以上のものであってはならない。ネトゥレー・カルタやハシド派サトマールなどの超正統派がシオニズムに反対するのは、このような、ユダヤ教徒としての真の伝統に則ってのことである。
尤もシオニズムの全潮流が〈離散からの帰還〉を人間の努力によって実現しようと考えてきたわけではない。
例えば、イギリス委任統治領のパレスチナにユダヤ教徒およびユダヤ教徒を祖先に持つ世俗派市民が移住(アリーヤー)を開始し始めたころ、文化的シオニズムの立場に立つ人々(代表的人物として アハド・ハアム )は、人為的建国を目指す潮流――政治的シオニズムーーに対して批判的な立場をとっていた。
未完
