お葬式とかの様子を細かく書いてます。悲しい話が苦手な人は読まないでね。
いま、きなこの火葬から帰ってきました。
あっという間のことで、すべて終わるのに一時間くらい。
まず線香あげて、手を合わせて…簡単なお葬式。
外で掃除機かけてんのか、こんな時にと思ったら…
火葬車(移動式の小さな焼き場)の動力音だった。
きなこを焼き台にのせ、まるで窓辺でまどろんでいるような可愛い顔で横たわる冷たい身体をみて、パニックをおこしかけた。
それでも流れ作業のように、すべきことを伝えてくれる葬儀社のおかげでなんとか意識は保っていられた。
こういう時は、事務的な対応がかえって助かるものだと思った。
食べなくなっていた大好きなパインと、牧草の穂を傍に起き、摘み取った花を敷き詰めてあげた。
すぐには離れることができず、頭を撫でながら、がんばったね、ありがとう、元気でね、いってらっしゃいと声をかけた。
まわりの人はそれを黙って見守ってくれていた。
離れ難いけれど、ちゃんと断ち切った。きなこを自由にしてあげたいから。
扉が閉まる瞬間は見れなかった。
止めてしまいそうで。
またパニックをおこしかけて、呻くように泣き、
ただいま火をいれさせて頂きました、と言われた。
控室に呆然と入りソファに沈んだ。
外で聞こえる炎の轟音になんどか涙の波が襲った。
次第に思考が冷静になり、お世話になった病院に電話をいれ、もう治療の必要がないことを伝えた。
出されたお茶を飲んだ。
待つ30分の間、最後の手触りを思い出していた。
右手に鮮明に残る冷たさとかたさと、それに相反する毛並みの美しさと柔らかさ。
そこには死と生が共存していた。
しばらくすると、控え室にある棚におかれた本が気になり始めた。
はだしのゲンや、こち亀があった。
ここでこんなん読むテンションになれるのかと突っ込んでしまった。
そうかと思えば、犬の飼い方の本があった。
なんだそりゃ、と冷静さを取り戻したころ、扉があき、終わったと告げられた。
骨、みる?怖い?
と聞かれた。
ちなみに、立会い火葬ではなく一任火葬というもので、お別れの式のあとは一度帰り、順番に焼いてお骨を渡されるはずのものだったのだが、午前中は幸い私しかいなく、一連の作業に立ち会わせていただけたのだ。
お骨を拾うのは立会いのためできないのだが(値段が違う)、それ以外はご厚意だったのだろう。
怖いとか以前に、自分の精神がどうなるかわからなかったので、見ずに骨壷に入れてもらった。
小さな小さな壺にいれて戻ってきたきなこ。
おもむろに蓋をあけるおじさん。
あ、見せるんだ。と心の中で突っ込んだ。
薬飲んでた?
ときかれた。
おなかのところが薬の色だったからとのこと。
きなこの骨を、自分でも驚くくらいに穏やかな気持ちで見つめてる自分がいた。
焼けた匂いがして、香ばしいなと感じた。
思わず、よく焼けました、と泣き笑いで言っていた。
おじさんも微笑んでいた。
癌は苦しくないんだよ、と言われた。
答えられなかった。
気休めだと思ったから。
けど違った。
おじさんは癌になったけど治ったらしい。
癌そのものは苦しくないけど、治療すると苦しいんだと言われた。
肺だと呼吸で苦しむだろうからそこまで悪化したり全身転移するまえで良かったと思ったことを伝えた。
まるでまだ生きているみたいに可愛いポーズで、可愛い顔で、苦悶の表情でなかったのが唯一の救いだった。
おじさんもそんな感想だったみたいで。何度も可愛いと言ってくれた。
きなこを抱き控え室を出ると、おじさんが花の話を始めた。
敷地内に、たくさんの花を育てているおじさん(おじさんおじさん言うけどおそらく社長だよな)は、しばらく花の話をしていた。
花、持っていく?と聞かれ、
ふた株の花を分けてもらった。
うさぎちゃんいなくなってさみしいだろうけど、花を育てることで癒されるよ、と。
なんて名前の花か聞き忘れた。
帰るとき、晴れてよかったね、と言われた。
そういえば、遺骨をもって外にでた時とても晴れていた。
肌で感じる日差しの暖かさが少し癒してくれたのを思い出した。
静かな気持ちで、その場をあとにした。
帰ってきた瞬間、雨が降り、雷が鳴った。
なんだか不思議なものだなと思った。
いろいろな後悔は、やはり襲ってきた。
こうしてあげればよかった、こうしてあげたかった、こうしたかった、次から次へと浮かんだ。
私もきなこも、これで楽になれたんだと思う。
いってらっしゃい、きなこ。
元気でね。
いたかまた、どこかで。
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