放浪の日々は、時間があり余っていた。
最初はショッピングモールとか行ったけど、そんなのすぐ飽きる。
ブラブラしながら、ロス郊外の公園に息子を連れて行った。
整備された砂場があり、3歳ぐらいの男の子がシャベルで遊んでいた。
2人が仲良く遊んでいると、男の子の祖母、40代後半の女性が話しかけてきた。
まずビックリしたのは、日本の公園に行っても日本人は同種類の人にしか交流を持たない。
同年代、服装などで見分けては話しかけて来ないし、私みたいな子供上がりの人間には関わらない、暗黙の法則があったから。
なのに彼女は躊躇せず、子供みたいな外国人の私に『ハ~イ!!』と云ってきた。
彼女は私にまず何処から来たの?と、尋ねた。
私が日本からと答えると、矢継ぎ早に質問してきた。
年はいくつか、あの子はあなたの子か、観光で来ているのか。
私は18歳で、あれは息子で、こっちには移住の予定だったけれど無理みたい、と答えた。
そしたら彼女は驚いて、
『若いのに偉い!!ちゃんと子供を育てるなんて、とても立派だわ!!』
と云ってくれた。
私は子供を産むことを責められても、誉められたことはなかった。
だから本当に嬉しかった。

このタイトルってば、なんて恐いもの知らずなんだろう!!


まぁ云わずと知れた私の経験ですが。


あの頃は、私には何でも出来るような気持ちが常にあって、身も心も浮いていた。


実体があるような、ないような。私が私じゃない生き物がいたような。


息子が出来たとき、私はただの17歳で馬鹿な女子高校生。


そして、息子が1歳の時に義父から渡米するよう云われるがまま行った、アホな私だった。


義母が在住していたし、なにせ方針がバイリンガルという家だったから、アメリカで住む事がいつの間にか決定されていた。


しかし行ってみたって、住むところが無ければ、仕事もない。


息子のパパは父親に言いなりだったので、帰りたくても帰れず。


仕方なく、西海岸一帯を放浪していたわけです。


車中で寝て、食事は99セントのハンバーガー、暇なときは海を見る。


ウロウロするにしたって、何処行くにも遠いわけで、山中を走っては一日中移動ばかりな日々。


日本人が金持ち??思いっきりご飯食べたーいッ!って、世界の端っこで叫んでたっつ~の。


だけど、観れるところは観てきました。


チャイニーズシアター、ロデオドライブ、ラスベガス、グランドキャニオン。



まぁ何だかんだ云って、私はその経験で沢山の価値観が変わりました。


私が選んできた路は、心配や迷惑ばかりだったけど。


次回、また続きをupします☆

あだ名の達人は、妄想と思い込みで成り立っている。
例えば。
勝手に大分出身っぽいなぁ~と思い、大分=木が多いとの独断であだ名を『キコリ』と命名。
体が小さいわりには顔がキリリとしているので、『秋田犬』
常夏っぽい濃い顔をしてるので、『ナッツ』
と、彼らが今まで与えられたあだ名など、完全に無視する。

何故か、私のつけるあだ名は本人が嫌がる。
まぁそんなの関係ないけどッ!!云ったもん勝ちだよね!!

ところが、最近は珍種が続々増えて、あだ名をつけるのも一苦労。

だけど、後ろの席に居る新人さんは激ヤバッ!!

平安時代の麻呂顔をしてる・・・いや、顔が小さめでなんだか小豆みたい・・・

そうすると、やっぱりあだ名は『小豆』なわけで。

小豆は電話も出ないという、一人テロが出来るほどアホなわけで。

時々見ると、一人で楽しそうにニヤニヤしているわけで。

余りにも変な人なので、直視して接することは断じて拒否するわけで。

なのに小豆は人のイメージを裏切り、体はオッサン体型、年齢は二十歳そこそこだって!!

青春って、平等じゃないのかもなぁ・・・・