ろくじょうのおとしあな -26ページ目

タクシー、ことばのうそ





うらおもてさかさ

せん を
いしきしてしまう じてんで まけ
あなたのまけ
わたしのまけ


とおくのだれか
に むけて わらいかけてなければいいけど

頬紅の困難






今日くらいは自分の部屋で寝ようと思ったのに不在者の布団をしいてしまった 毛布


階下から水を使う音
世界の目覚めに私は目をつぶる
おやすみなさい
手を振る女 手を振らぬ女
今日読んだ小説に大きなヒント
再びのおやすみなさいにて、世界との断絶 断絶、こんにちは

レポート地獄



チャールズ&レイ・イームズと言えば椅子のデザイナーとして現在でも有名だけれども、彼らは映像作品も作っていた。


そのうちのひとつである「Power Of Ten」という作品が面白い。












自分の現在の世界が徐々に拡大されていき、宇宙の果てというマクロな世界まで広がったと思ったら、今度は自身の体内の中へ入り込んでいき、ミクロな世界へと突入する。
そして、そのふたつの世界は連続している。



1968年に作られた(youtubeのカラー版は1977年。第一作目のモノクロ版は1968年に作られている)という背景に、米ソの宇宙開発競争とヒッピームーブメントを見ることができる。
この頃、世界は「なんとなく宇宙の高み」を目指していた。(ように私には感じる)
(ヒッピーが「なんとなく宇宙」なのは、仏教思想にシンパシーを感じながらも不勉強である故であるきがする。)


しかしマクロ世界は自分自身、更には自分の内部世界と連続しており、その世界はスケールの違いはあれど極めてよく似た形を持っている。
これはbrahman(超越神・宇宙の真理)とatman(内在的自我)は一致する、とするウパニシャッドの思想に通ずる気がする。







というようなことをレポートに書いた。昨晩。
その記録、とこの映像が面白いので紹介。


この映像は教育ビデオだったらしく、日本でも使われていたらしい。かなり有名なものみたいだけども、私は見た記憶がない。学校行ってなかったからか。
思えば宇宙に対する教育ってどういう風になされるかわからないかも。理科の星座盤ろかは覚えているけども。
小学生の頃宇宙について考えていると、必ず死の問題へと行き当たってしまうのでこわくなって考えないようにしていたことだけは覚えている。










これからまたレポート1個。今度は笙野頼子論。はー、頑張ろう。




遠くで、祝福の音楽が鳴り響いていますように。








(自家製白菜キムチは当初失敗と思われたが漬かれば漬かるほどになんだかやみつきの味になっていくのでありました。つづく)