炭酸の不在、鳴らない、退屈と予告と太宰
- パンドラの匣 [DVD]/染谷将太,川上未映子,仲里依紗
- ¥4,935
- Amazon.co.jp
わたしはたぶん、日本近代文学があまりすきではなくて
告白(この原作は手紙形式らしいけれど)から焙り出される自我なんてもうやりつくされているし
自我とか他社との衝突を青春と読む、なんてそれが正当だと思ってきたからきっと小説が面白くなかったのだろう、この何十年か。
それでもこの映画は、そういうことを置いてきぼりにした、映画らしい余剰に満ちていてとても面白い
菊池成孔とシアタープロダクツの力は大きいと思うけれど
なんでしょう、
「やっとるか」「やっとるぞ」「がんばれよ」「よぅしきた」
という一連の挨拶が繰り返され意味を変化させ、
笑ったりいじけたり知らん振りしたり
そういう変化がすべてただの記号のようだ
無表情に、意味のないことばだけが意味を持っているような
そして物語はオープニングとおなじ風景へ帰結する
一周まわってまた、「やっとるか」「やっとるぞ」「がんばれよ」「よしきた」へもどってゆく
生活ということ
21世紀の映像ということ。
青春、ということばよりもただの記号のほうが立体感があるような
わたしたちの感性
たかだか100年しかちがわないのに。
伸びてゆく方は、かならず日向。
サブカル女
映画館の暗闇で
泣いているふりをした
指の先の白さとはうらはらに
スプーンの
曲がり角へ45度
ひしゃげたことばよ、
赤、青、黄のストライプ
わたしあなたかれわたし
順序の良い配列
わたしあなたかれわたし
お風呂場のタイルのように
配列
右腕を平行に
左腕を垂直に
わたしはLという記号
彼女の微笑むのを見ていたら
わたしはどうしておんななのかと心底
ああこんなに軽薄な厄介事などと
いっしょにしてほしくなんてないのだわ
わたしあなたかのじょわたし
頭の上で
右手と左手をまあるく重ねる
わたしはわたしへ帰結するのだわ
雨、石、 土 中華
川上未映子の、「ま」がすごくよい
瞬くま、と見て、
あとなんだろう、ってなるけど、なんかでも「ま」がとても良かった気がして、気がしている
どことなく甘い、青い、きっとそれは永遠にそう
dp
それはなんだろう
とても暗く濁った日曜日だったんだ、そうだあれは、
わたしたちが見ていた、見ていた、
そうだあれは、あれは。
腕が筋肉痛にて自分のものではないようなほど。
肉体と精神と言語が乖離していて、それはなんておかしなことだろう。