次の日も、昼食を食べ終わった後、お母さんはおばさんたちの集いに行った。
お母さんが出て行った後すぐ、美子(よしこ)姉ちゃんは二階を駆け上って、手に何かを持って下りてきた。
「美子姉ちゃん、それなぁに?」
良太(りょうた)が目をきらきらさせて聞いた。
美子姉ちゃんは、ふふふ、と笑って、
「千代紙よ」
と言った。
「私が使わせてもらってる部屋にあったの。ね、これで風車作らない?」
良太がすぐに、作るっ、と言った。
それで、風車を作ることになった。
材料は、千代紙のほかに、割り箸と針金とセロハンテープを用意した。
そして、割り箸に穴を開けるために、きりも用意した。
私と良太がきりを使うのは危ないから、美子姉ちゃんが使うことになった。
私たちは夢中で風車を作った。
割り箸がそんなになかったから、全部で十二本作った。
私たちは出来上がった風車を手に持って、ふーっと息を吹いた。
風車はよく回った。
やっぱり、美子姉ちゃんが作った風車が一番きれいだった。
縁側から風が入ってきて、手に持っていた風車が自然に回った。
くるくるくるくる、一定の速さで回った。
美子姉ちゃんは、どこか遠くを見るような目で、風車に視線を向けていた。
くるくるくるくると、くるくるくるくると、風車は回った。
美子姉ちゃんはそれからも、お母さんが出かけている間、私と良太と遊んでくれた。
工作したり、即興で遊びを思いついたり、いろいろだった。
時にはお母さんが私と良太に頼んだ洗濯物を干すことも、代わりにしてくれた。
その時、私と良太は二階のベランダから庭にいる美子姉ちゃんを眺めた。
美子姉ちゃんはとても楽しそうに洗濯物を干して、その最中に歌を歌っている。
外国の歌で、どんな歌詞なのかはわからないけど、曲はとてもきれいだ。
私も良太も、そんな美子姉ちゃんを飽きずに見つめた。
美子姉ちゃんはとてもきれいだ。
私は、美子姉ちゃんのことが、改めて大好きだと感じていた。
夏休みも終わりに近づいていた。
もうすぐで美子姉ちゃんは自分の家に帰ってしまう。
「さっき、美子ちゃんのお母さんから電話があったんだけど、マンションの工事、予定通りに終わったそうよ。よかったわね、美子ちゃん。家に帰っても、静かに勉強できるね」
「はい。安心しました」
お母さんの言葉に美子姉ちゃんはにっこり笑って答えた。
夕食の時の話題としては、別に悪くない話だけれど、美子姉ちゃんが帰ってしまうのかと思うと、沈んだ気持ちになる。
「美子ちゃんは本当にしっかりしているね。うちの娘にしたいくらいだよ」
「そんなことないですよ、叔父さん。それに、この家にはもう娘がいるじゃないですか」
「ははは。それもそうだな。だが、うちの良子(りょうこ)は美子ちゃんほどしっかりしていないからね。見習ってもらいたいよ」
お父さんの言葉にみんなが笑っている。
でも、私は、顔をうつむけて、笑えなかった。
夕食が終わって、みんなが居間でくつろいでいるとき、私は誰にも気づかれないように外へ出た。
「良子ちゃん」
それなのに、美子姉ちゃんが私の後ろについてきていた。
「良子ちゃん。こっち向いて?」
美子姉ちゃんが優しい声で私に言う。
私はなんだか意地になっていて、振り向かなかった。
私の意地が伝わったのか、美子姉ちゃんが私の前に移動してきた。
「良子ちゃん」
美子姉ちゃんが私の肩に手を置く。
そのぬくもりが心地よくて、私は堪えきれずに泣いてしまった。
「美子姉ちゃん…。私、駄目な子なのかな? この家の娘に、相応しくないのかな? 私なんて、全然かわいげがないし、いつもぶーたれてるし、お母さん達の言うこと聞かないし。私、美子姉ちゃんみたいになりたかった。『良子』に似合う子になりたかった…」
涙がぼろぼろと流れてくる。
美子姉ちゃんはそっとハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「良子ちゃん。私はね、良子ちゃんが思うような良い子じゃないんだよ」
「嘘だ」
「本当よ」
美子姉ちゃんは真剣な顔をして私を見ていた。
私は思わず涙が止まった。
「私はね、とても悪い子なの。これから私のお父さんとお母さんを悲しませるようなことをしようとしているの。だから、私なんかよりも、良子ちゃんの方がずっとずっと良い子よ。だって、私は良子ちゃんが羨ましかったんだから。良子ちゃんのように、自分に素直でありたかったんだから」
美子姉ちゃんの告白に、私は何も言えずにじっと聞いていることしかできなかった。
美子姉ちゃんは、私に何を伝えようとしているのだろう?
私も美子姉ちゃんも、何も言葉を言わない時がしばらく流れた。
けれど、美子姉ちゃんがにっこり笑って、ぽんと私の肩を叩くと、
「戻ろうか」
呪縛が解けたみたいに私たちは動くことができた。
夏休みが終了する二日前、美子姉ちゃんは家に帰っていった。
帰る間際、私に手の平サイズの風車を渡してくれた。
「これ、良子ちゃんにあげる。うまく回るかどうかはわからないんだけどね」
美子姉ちゃんは、私の大好きな笑顔を浮かべて、私の家を出て行った。
それから美子姉ちゃんは受験勉強に精を出して、見事、第一志望高校に合格した。
その高校は全寮制で、美子姉ちゃんは実家を離れることになった。
美子姉ちゃんが高校に入学して一週間経った日、その日から、美子姉ちゃんの行方がわからなくなった。
高校にも行っていなくて、家にももちろん何の連絡もない。
誘拐されたのかと思ったけれど、誰もそんなところを目撃していない。
ただ、美子姉ちゃんが行方不明になる前日、寮で美子姉ちゃんと同室の人に、美子姉ちゃんがこんなことを言っていたらしい。
「ここに来ることができてね、私、やっと私らしく振る舞えるようになったんだ。だから、この状態を誰にも邪魔させないの」
その時の美子姉ちゃんは、とてもうれしそうに笑っていて、怖いくらいだった、と言っていた。
あの日、美子姉ちゃんが言っていたのはこのことだったのだろう。
美子姉ちゃんはやっと、自分というものを見つけることができたんだ。
美子姉ちゃんからもらった小さな風車を、私は今でも持っている。
でも、その風車はどんなに風を送っても、回ることはなかった。
完