A.S.K.の幻の創刊用となってしまった作品です。
季節はずれのテーマですが、そこはお気になさらず。
ようやくお披露目する機会に恵まれましたので、ここに掲載します。
以下から本文が始まります。
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雪を待っていたわけではないけれど
聡美(さとみ)は肌寒さに目が覚めた。
ぶるりと体を震わせて布団から出て、急いで手近にあった上着を羽織る。
ああ、寒い、と呟きながら、冷たくなった階段を下りる。
何か温かい飲み物はないだろうか、と台所に向かう。
ふと、家の中だというのに風の流れを感じた。
どこかの窓でも開いているのだろうかと、居間のあるふすまを開けた。
開けてすぐに、縁側に通じる障子が開けられていて、なおかつ縁側の窓が開いているのを発見した。
その開いた窓の縁側に、彼女の四つ年上の兄・浩一がしゃがんで座っていた。
浩一は外を向いていたが、頭が下がっているため、地面を見ているのだろうと、聡美は推測した。
外をよくよく見てみると、雪がパラパラと降っていた。
降り始めたばかりなのだろうか。
その量は決して多くなかった。
聡美は外から視線をずらして、もう一度しゃがんでいる兄の背中を見る。
浩一の短い黒髪が、寒風に煽られ、はらはらと揺れている。
聡美は地面を見つめてしゃがんでいる浩一に、声をかけた。
「ねぇ、何をしているの」
相模成(なる)は突然背後からかけられた声に慌てて振り返る。
短髪で黒髪の上級生男子が彼女を見下ろしていた。
成はしゃがんでいたため、必然的に彼を見上げる形となっていた。
「何…、と言われましても…」
「何をしているの」
たたみかけるように彼は聞く。
成は困ったような表情を浮かべて、足下の地面に首を戻す。
「ええっと…、片づけ、です。鉢植えが、この有様なので」
砕け散った鉢を拾い、中身の植物は土ごとビニール袋に入れる。
その作業の途中だった。
「それ、プラスチックの鉢植えだよね」
「ええ、まあ…」
「どうしたらそんなに粉々になるの」
抱えていて落としたり、蹴躓くぐらいじゃ、そんなに砕けないよね? と彼が不思議そうに重ねて聞く。
成は言っていいものかどうなのか、少しばかり迷った。
「嘘はつかないでよ」
そう釘を刺されたからには、成は本当のことを言わなければならない。
「……この鉢植え、担任の先生に頼まれてうちの家から持ってきたんです。
うちの家、花屋をやってまして。
何か売れないものがあったら教室に飾ってくれって言われて。
なにか、先生達の間で教室に緑を増やそうとかいう話が持ち上がったそうで、それで、私に頼んできたんです。
で、先生に言われたから仕方ないか、と思って、母に売れない鉢植えをお小遣いと引き替えにもらったんです。
売れない鉢植えですからね、あまり形とか色がいいとは言えないんですよ。
それを教室に飾ったら、クラスの子が、こんな気持ち悪い植物置くな、って言って、窓から投げ落としたんです」
で、この有様になりました、と成は締めくくった。
ふぅん、と上級生男子は答えた。
もう少し反応があっても良さそうではないだろうか、と成は思ったが、これでこの先輩は立ち去るだろうと思い、作業に戻った。
冷たい風が吹く中、冷たい鉢と冷たい土を素手で触るのは、なるべく早く終わらせたかった。
作業を終えて立ち上がり振り返ると、上級生男子はまだそこにいた。
その事実に成は驚き、目を丸くして彼をまじまじと見つめてしまった。
「作業は終わった?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、こっちにおいで」
「は?」
「さっさとついてきてよ」
「え、あ、はい」
成は訳がわからないまま、足早に歩く彼の後ろを小走りについて行った。
彼は校舎に入り、三階の図書室へ行く。
もう下校の時間になっているため、図書室は開いていない。
なぜここへつれてきたのだろうか、と成は内心で首をかしげる。
上級生男子は鞄から鍵を取りだし、図書室を開け、中へ入っていく。
え、なんで、と思いながら、成は一連の動作を見ていた。
「入って」
彼に促され、こわごわと中に入る。
先生の許可なく勝手に入っていいのだろうか、と成は背後をちらちらと気にしていた。
上級生男子はカウンターの横の扉へ行き、また鍵を開けて中に入る。
「こっち」
彼に呼ばれて、失礼しまーす、と言って成も中に入る。
おそらくここは準備室だろう。
段ボールに入ったままの本と、簡易キッチンがある。
図書準備室なのになぜキッチンがあるのだろうかと成は不思議に思った。
「この学校の創設者が大の本好きでね、何か口に入れながら本を読みたいと思ったらしくて、キッチンが備え付けられているんだよ」
成の不思議そうな顔の理由がわかったのか、上級生男子がそう説明した。
彼は簡易キッチンでやかんの水を沸かしている。
緑茶の缶を取り出しているから緑茶を入れるのだろう、と成は推測する。
「その辺のいすに座って」
「え、あ、はい」
「ああ、あと、そっちの植物、貸して」
「え、なんで」
「貸して」
有無を言わせない物言いだった。
成は訳がわからなかったが、おそるおそる植物が入ったビニール袋を渡した。
彼はビニール袋を受け取ると、キッチンから出て備え付けの棚の引き戸を開け、中からプラスチックの鉢を取りだした。
「なんで、図書準備室なのに鉢があるんですか?」
「図書室にも植物を飾っているからね、花瓶や鉢の予備はここに入れるんだよ」
なるほど、と彼女はうなずいた。
上級生男子は手際よく植物を鉢に移した。
小さなじょうろも同じ棚の中にあり、キッチンから水を入れ植物に水を与える。
「これは準備室に飾るよ。もったいないし」
「え、あ、あの、ありがとう、ございます…」
淡々と言う上級生男子に、成はしどろもどろになりながら礼を言う。
やはり花屋の娘、植物を飾ってくれるというのはうれしい。
成はうっすらと笑みを浮かべていた。
やかんから音がして、上級生男子は湯飲みに緑茶を入れる。
熱いから、と言いながら長机に置く。
「えっと、ありがとうございます」
「どうも」
成はフーフーと息を吹きかけて緑茶を飲む。
冷えた指と体に暖かさが染み渡る。
ほうっとため息をついていた。
「美味しくて温かいです」
「そう。よかったね」
それまで終始無表情だった上級生男子がうっすらと笑った。
きれいに笑う人だな、と成は思った。
「日野浩一」
「え」
「僕の名前。言ってなかったから」
「あ、はい。えっと、相模成です」
「一年生?」
「はい。えっと、先輩、ですよね?」
「見ればわかるでしょ」
「…まあ、はい。二年生ですか?」
「そう」
現在男子の制服は、二、三年生は紺色のブレザーで、一年生からブレザーが替わり、ベージュ色になっていた。
ちなみに女子の制服はブレザーがベージュ色、スカートが紺色で変わっていない。
「あの、日野先輩」
「何」
「植物、どうして飾ってくれるんですか」
「もったいないって言った」
「その理由だけなんですか?」
「不満?」
「……よく、わからなくて」
本当に、その理由だけなのだろうか、と成は疑っていた。
浩一は成をじっと見た後、棚に置いた植物の葉に触れる。
「中学生の行動ってえげつないよね」
そう思わない? と浩一が聞く。
成はどう返事をすればいいかわからず、困った顔で浩一を見つめる。
「植物に罪はないし、君にも罪はない」
浩一は少しばかり首をかしげ、成をじっと見る。
「植物自体も、君の行動も、えげつない行動に消されるのは、もったいないからね」
だから、ここに飾る、と浩一は続けた。
成は浩一の言葉に呆然とし、彼をじっと見つめたままだった。
「もう暗くなったから送るよ」
そう言いながら浩一は立ち上がり、湯飲みを持ってキッチンで軽く洗った。
その一連の流れを見ていた成ははっとして、ガタッと音を立てていすから立ち上がる。
その音に浩一が振り返る。
教室の中に成がいた。
ガタッと音がしたのが気になり、浩一は通り過ぎた教室を振り返っていた。
教室を確認すると二年三組と書いてあり、成が在籍するクラスだとわかった。
成はガタガタといすの音を立てて立ち上がり、鞄を急いで手に持って、浩一のところへ駆ける。
「日野先輩、まだ学校にいたんですか」
「図書準備室で勉強していたからね。君こそ、こんな時間まで何をしていたの」
もうすぐ下校時間だし、君、部活も委員会も入ってないよね? と浩一が聞くと、成は、うっ、と言葉に詰まってあちらこちらに視線を泳がせていた。
浩一は少しばかり首をかしげて彼女をじっと見下ろす。
「嘘はつかないでよ」
浩一がそう言うと、成は眉尻を下げ、口をへの字に曲げた。
日野先輩のその言葉、逆らえないんですよねぇ、と呟いてから、成は渋々話し出す。
「えーっと、今日は、その、先頃のテストが芳しくなかったため、補習をしていまして。
先生がプリントを用意してくださったんですが、私、なかなか解くことができなくて。
途中まで先生が一緒にいてくれたんですが、先生も忙しいようだったので、プリントが埋まったら提出するように、って言って出て行ってしまって。
で、つい先ほどプリントを埋まらせて提出してきて、教室に帰ってきたんです。
そのまま帰ってもよかったんですけど、頭が疲れたので、一眠りしてから帰ろうかなぁ、と思って、さっきまで机に突っ伏してうつらうつらしていました」
成の話を聞いて、ふぅん、と浩一は答えた。
「よく、僕がここを通ったってわかったね」
「え」
「いすの音が聞こえたから僕は立ち止まったし、教室に人がいたのは気づかなかった」
君は寝ていたのによく気づいたね、と続けると、成は困ったような顔をして、うーん、とうなった。
「完全に眠っていた訳じゃないし、廊下側を向いて寝ていましたから。それに、先輩の気配は間違えないです」
絶対、と成は強調する。
ふぅん、とまた浩一は呟いて、首をかしげる。
「これから帰るんだよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、送るよ」
「いいんですか?」
「もう暗くなるよ。女の子の一人歩きは危険でしょ」
僕はそんなことをさせるような人でなしじゃないよ、と言うと、そうですね、と成から同意があり、浩一は少し肩すかしを食らった。
続く