ポタポタと汗がしたたる。
夕方になっても暑さは一向に衰えない。
どこか暑さをしのげるところはないかと辺りを見回す。
そのとき、夕日に照らされる古びた喫茶店を見つけた。
冷房はあるかと心配になったけれど、この際気にしてはいられない。
学生鞄を抱え直し、俺はその店へと足を進めた。
「いらっしゃい」
カランカラン、と音を立てて鈴が鳴る。
見回すと、至って典型的な喫茶店。
観葉植物があって、カウンターがあって、テーブル席がある。
店長はけっこう若い男。
年寄りが運営しているのかと思ったけれど違った。
その男の後ろに俺と同じくらいの若い女が、食器をかちゃかちゃと鳴らして棚に戻している。
「見ない顔だね」
カウンター席に座ると店長に声をかけられた。
「別の町に住んでいて、高校がここで」
「ああ、そういうこと」
ことん、と軽い音を立ててお冷やが置かれる。
「何もないところでしょ、ここ」
「そうですね」
「娯楽施設も少ないし。どうしてここに?」
「偏差値が、ちょうど良かったんです」
「ふぅん。そんなものだよね」
店長はけっこうしゃべる。
俺もすんなり言葉が出ていた。
「ご注文は?」
「コーラ」
「軽食とかはいらない?」
「じゃあ、トースト」
「ん。承りました」
店長は作業に戻っていく。
俺は水を飲みながらカウンターの中を観察する。
店長がトーストを用意して、女がコーラを用意している。
飲み物は彼女が担当なのかもしれない。
それとも、担当は気まぐれなのかもしれない。
「はい、おまちどおさま」
「どうも」
店長がコーラとトーストを俺の前に置く。
女は食器洗いに戻っていた。
「この町のことはどれくらい知ってる?」
トーストにかじりついていると店長が聞いてきた。
「あんまり、知らないです。高校も入ったばかりだし。町になじむよりも、高校になじむことに手一杯で」
「あはは。そうか。そうだよね」
じゃあ、と言って、店長はカウンターに頬杖をついて俺に心持ち顔を近づける。
「この辺りが『出る』ってことも、知らないか」
その言葉に、俺は思わず動きが止まった。
「『出る』、って…、何が…」
店長は人が悪いような笑みを浮かべる。
「おばけだよ」
「おばけ…」
俺は一気にしらけたような気分になった。
「あ、その顔は信じていないね」
「信じるも何も、いないでしょ、そんなもの」
「それが困ったことにいるんだよ。そうすぐには信じられないだろうけど」
店長はそう言って本当に困ったような顔をする。
俺はうさんくさそうに店長を見る。
「嘘だと思うなら、明日もこの時間においで。いるから」
さっきは『出る』と言ったのに、『いる』と言った。
俺はやっぱりうさんくさい気がしたけれど、確認するくらいなら別にいいかと思って、わかった、とうなずいた。
「じゃあ、決まりだね。えーっと、お名前は?」
「本内圭司」
「本内くんだね。僕は高間健人」
よろしく、と店長が言ったので、よろしく、と返した。
それで店長は終わりそうだったので、俺は若干慌てて話しかけた。
「あの人は?」
俺が目で女を示すと、ああ、と店長はうなずいた。
「彼女は頭柳(あたまやなぎ)」
変わった名前だ。
でも、彼女の名前を覚えるように、頭の中で何度も頭柳と繰り返していた。
「店長。勝手なことを言わないでください」
本内がいなくなったあと、頭柳が高間に胡乱な眼差しを向ける。
「ま、いいじゃない」
「よくないです」
楽観的な高間に、頭柳がジロリと睨む。
「この町の新入りを、歓迎しているだけじゃないか」
「どこが」
ケッと頭柳は吐き捨てる。
「あの少年で遊ぶつもりなんじゃないですか?」
「んー。そんなつもりはないんだけどなぁ」
「だいたい、明日来るのは玉緑(たまりょく)ですよ。あからさまじゃないですか」
「あからさまだからおもしろいんじゃないか」
高間の言葉に、またケッと頭柳は吐き捨てる。
「性根が腐ってる」
「ひどいなぁ」
高間はそう言いながらも、口元は笑っていた。
頭柳はますます顔をしかめていた。
続く