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「方針はトップダウン、やり方はボトムアップがよい。」
マネジメント論では、よく語られる考え方である。
確かに、方針まで現場任せでは組織はまとまらない。一方で、やり方まで細かく指示してしまえば、部下は「言われたからやる」という状態になってしまう。
そのため、多くの記事では、「方針は上司が決め、方法は部下に任せることが重要である」と説明されている。
しかし、この説明だけでは十分ではない。
なぜなら、「トップダウン」と「ボトムアップ」は、組織運営の原理ではなく、その結果として現れる運営パターンだからである。
組織が設計しているのは、意思決定ではなく制約処理である
組織の目的は、誰が決めるかを決めることではない。
組織とは、実現したい状態を成立させるために、それを妨げている制約を認識し、処理する主体を分担する仕組みである。
ここでいう制約とは、実現したい状態の成立条件を未成立にしている要因のことである。
例えば、新製品を予定どおり発売したいという状態を考えてみよう。
発売日に間に合わせるためには、
仕様が確定していること。
必要な部品が調達できていること。
品質試験が完了していること。
といった成立条件が必要である。
もし部品調達が遅れているなら、それは発売という状態の成立条件を未成立にしている要因、つまり制約である。
営業担当者は、「お客様から、この機能がないと導入できないという声が増えている」という制約を最初に認識するかもしれない。
一方、その制約を処理できるのは、開発部門や事業責任者である。
逆に、経営層が市場環境の変化を認識し、その対応を現場へ依頼することもある。
つまり組織では、
制約を認識する主体
と
制約を処理する主体
は一致するとは限らない。
組織設計とは、この二つをどのように組み合わせるかを設計することである。
「仕事を任せること」が目的ではない
多くの記事では、
仕事を委譲する。
リーダーへ任せる。
ということが推奨される。
もちろん、それ自体は間違いではない。
しかし、委譲そのものに価値があるわけではない。
重要なのは、
「その制約を、誰が処理するのが最も合理的なのか」
である。
例えば、権限が必要な問題を担当者へ任せても解決できない。
逆に、現場でしか分からない問題を部長が抱え続けても改善は進まない。
つまり、本質は仕事を渡すことではなく、制約を処理する主体を適切に再配置することなのである。
「主体性」は性格ではなく、行動が生成される状態である
記事では、「部下に主体性を持ってほしい」という言葉が繰り返し使われる。
しかし、主体性とは何か。
主体性という言葉だけでは、何が変化すれば主体的な行動が生まれるのか説明できない。
我々は、社員の行動を次のように整理している。
行動 = 機会 × f(想起 × 理解 × 納得 × 実行可能 × 評価期待)
想起 = その場面で行動を思い出せるか。
理解 = 何をすればよいか分かるか。
納得 = 行動する意味や必要性を受け入れているか。
実行可能 = 時間・権限・能力など、実際に行動できる状態か。
評価期待 = 行動した結果として、上司・同僚・顧客・自分などから望ましい結果が返ると思えるか。
例えば、自ら改善提案を行うという主体的な行動を考えてみよう。
改善点を思い出せなければ、提案という行動は生まれない。
提案方法が分からなければ行動できない。
提案する意味に納得していなければ、自分から動こうとは思わない。
提案する時間や権限がなければ実行できない。
提案しても評価されない、あるいは損をすると考えていれば、やはり提案しない。
このように、主体性とは性格や気持ちの問題ではない。
行動生成式の各変数が成立した結果として、自ら提案する、改善する、相談する、協力するといった主体的な行動が生成される状態なのである。
したがって、「主体性を高めよう」というだけでは説明にならない。
どの変数を改善しようとしているのかまで説明して初めて、再現可能な理論になるのである。
「やらされ仕事」は原因ではなく現象である
記事では、「方針も方法もトップダウンでは、やらされ仕事になる」と述べている。
しかし、「やらされ仕事」は原因ではない。
観察された現象である。
本当に説明すべきなのは、
なぜそのような行動が生まれたのか。
という点である。
例えば、
納得していないのか。
評価されないと思っているのか。
改善提案をしても採用されないと思っているのか。
何を改善すればよいのか理解できていないのか。
同じ「やらされ仕事」に見えても、その背景はまったく異なる。
現象に名前を付けるだけでは、改善にはつながらない。
「衆議独裁」の目的は民主化ではない
記事では、「衆議独裁」という考え方を紹介している。
多くの人の意見を聞き、最後は上司が決める。
これは優れた実践である。
しかし、その価値は「みんなの意見を聞いたから納得する」ということではない。
本質は、上司が制約を認識するための情報を収集していることにある。
部下は、どのような制約を認識しているのか。
どのような前提で判断しているのか。
何を懸念しているのか。
これらを把握することで、上司はより適切な意思決定ができる。
そのうえで判断理由を説明できるからこそ、部下は判断を受け入れやすくなるのである。
つまり、意見を聞くこと自体が目的ではない。
制約を正しく認識し、適切な判断につなげるための情報収集なのである。
組織を説明する原理は、トップダウンでもボトムアップでもない
「方針はトップダウン、やり方はボトムアップ」。
これは、多くの組織で有効な運営パターンの一つである。
しかし、それを原理として説明してしまうと、なぜそのような役割分担が成立するのかを説明できない。
組織とは、実現したい状態を成立させるために、制約を認識する主体と、制約を処理する主体を設計する仕組みである。
トップダウンやボトムアップは、その設計から自然に導かれる運営パターンにすぎない。
組織を本当に理解するためには、「誰が決めるのか」という視点ではなく、「誰が制約を認識し、誰が制約を処理するのか」という構造から考える必要があるのである。
