皆さんこんにちは。 前回から36年が経過した 現在の武田尾駅を訪問してきました。  2月8日に最強寒波が襲来 西宮 宝塚市も久しぶりの雪となりました。翌9日は休みでしたので 地元の雪景色を求めて 撮り鉄に出かけました。

今津線などを回って 武田尾駅には、お昼前の11時30頃に行きました。

 

ホームを除雪整理されていました。 上りホームから大阪方を望んでいます。 武田尾駅ならお昼頃でも雪が残っているだろうと思っていましたが 想像よりも早く溶けていました。

 

駅を出て 下流側から撮影。 36年前とほとんど変化していませんでした。

 

その下流方向を撮影。緑色の橋は水道橋。 左側の道路は 旧線路跡で旧武田尾駅を通って 廃線跡ハイキングロードや宝塚市の西谷地区へ続いています。 流れている川が 武庫川です。

 

上流側から。

 

旧線路跡を上流方面に歩いていくと。

36年前とほぼ同じ光景、 トンネルと武田尾温泉に渡る赤い吊り橋。

 

36年前は 撮っていませんでしたが。トンネル内は こんな感じでした。

下半分は、ブロック しかし、天井は、赤煉瓦積みで 排煙の煤で汚れていました。

 

そのトンネルは 途中で行き止まりに。

その手前で左に折れます。

 

旧トンネルを補強して 横道を作っています。

 

トンネルを出ると。

赤い吊り橋の武田尾橋です。

 

横道のトンネル出口。

 

武田尾橋から下流方向を撮影。赤い橋が JR宝塚線です。

 

区間快速篠山口行。 36年前は 117系でしたが、現在は、225系6000番台になっています。

 

縦位置も。

区間快速大阪行です。 JR宝塚線の日中は、川西池田以北が各駅停車となる 区間快速が15分間隔で運転されています。 1時間に 大阪ー新三田間が3本 大阪ー篠山口間が1本となっています。 基本的に 新三田行が、223系225系の4両編成。 篠山口行が、223系225系8両編成・225系6両編成・207系321系の7両編成のどれかでの運転となっています。 宝塚以北で比較すると 運転本数 両数も36年前と同じ感じになってしまいました。

 

駅付近に戻ってきました。 区間快速新三田行です。 この日は、3連続225系でした。

 

駅の下流側から。

特急こうのとり12号 新大阪行です。 

 

武田尾駅前には、バスロータリーがあります。

阪急バスが乗り入れています。

 

宝塚市北部地域の西谷地区とを結んでいますが 観光利用というよりも通勤通学需要が多いはずです。

また 武田尾駅から公共交通機関はありませんが、新名神高速道路の宝塚北SA・SICまで車で5分ほどでいけます。

 

1日で10本ほどが発着しています。 しかし 利用者減と赤字のため 2027年3月末で廃止されるようです。

宝塚市では代替えの交通機関の確保を検討中みたいです。

 

区間快速新三田行。223系4両編成でした。

 

そろそろ 帰途に。 ICカード専用の簡易改札機が一台。

武田尾駅は無人駅です。 しかし ICカード対応簡易改札機一台。 ICカードチャージ兼券売機。 発車案内機 

運行情報表示ディスプレイなど JR西日本の標準駅設備は完備しています。

 

ホームに上がりました。 区間快速大阪行です。 36年前は 鳥居型だった駅名標も JR西日本スタイルになっていました。

 

ホームから下流方向をを見ました。 緑の水道管の向こうに見える橋が 旧武田尾駅前から対岸とを結ぶ橋です。

左手が旧武田尾駅となります。福知山線が複線電化される前は、この橋を渡って対岸に渡り 右岸の道路を通って武田尾温泉に向かっていました。  車の走る道路は旧線路跡です。

 

武田尾駅の三田方半分は  完全にトンネルの中です。

 

次の区間快速に乗って 一駅大阪よりの 西宮名塩駅でおりました。

乗車してきた 区間快速大阪行。

 

区間快速新三田行。 西宮名塩駅も名塩川という武庫川の支流が流れる谷間にあります。 ホームの手前側半分は段丘部分。 奥のトンネルの手前付近は、名塩川の橋梁上にあります。

 

ホームの三田方1両分がトンネルの中 そしてその奥に2両分延伸できる空間があります。10両編成が停車できる空間が確保されています。 このトンネルの向こう側出口が武田尾駅です。 

 

通過する特急こうのとり9号城崎温泉行です。

 

駅舎は橋上駅舎風になっていますが、バスロータリーなどへは もう一階上になります。 右手に見える茶色の建物が、西宮市塩瀬支所。 国道176号線はその向こうを通っていて そのもう一段上を中国自動車道が通っています。 西宮名塩SAは右手の方向にあって 車で5分ほどのところにあります。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 JR宝塚線で 大阪駅から普通電車で45分ほど トンネルを抜けると秘境感たっぷりの駅があります。 廃線跡ハイキングの起点としても有名な武田尾駅です。 1986年 武庫川沿いの単線非電化の旧線から複線電化の新線になり 武庫川を跨ぐ近代的な高架駅となりました。 置き換え4年後の1990年に訪れた時の写真です。

 

と その前に 川西池田駅で撮影した写真もどうぞ。

爆煙をあげて通過する 特急エーデル鳥取 倉吉行。

 

2分の続行で運転されていた 急行みやづ 天橋立行。

 

快速福知山行。 117系の6両編成。 当時は、1時間に1本 福知山直通の快速がありました。

 

特急北近畿4号大阪行。

 

普通新三田行。普通電車は 大阪ー新三田間 日中約15分間隔になっていましたが、4両編成が基本でした。

 

次の普通電車で 武田尾駅に移動しました。

発車する 普通大阪行。 鳥居型駅名標が、国鉄バージョンでした。

 

駅を出て 下流方面(東側)から撮影しました。

通過した 特急北近畿6号新大阪行。左手が大阪方面です。そのトンネルを出ると次の駅西宮名塩駅になります。 

 

快速篠山口行。 武田尾駅は、半分が川の上 半分がトンネルの中となっています。 

 

ちなみに あの山の向こうには、 ゴルフ場が広がっていたりします。

 

撮影している場所が 旧線路跡です。 旧武田尾駅は、下流側に2分ほど歩いた場所になります。

 

旧駅とは逆に上流(三田方)に向かいました。

旧線の廃トンネルが見えてきました。 左の赤い吊り橋は 武田尾温泉に向かう橋です。  旧線路跡は 鋪装されて 温泉に向かう道路となっていました。

 

トンネルの中から 撮影。 113系 普通新三田行です。

 

赤い橋の上から撮影しました。 特急北近畿3号 城崎行。

 

併結されていた 特急エーデル丹後 天橋立行。 左手の柵が、旧線路跡の道です。自動車も通れます。

旧線時代は、旧武田尾駅前に橋があり それを渡って対岸の道路を通って温泉に行っていました。 

 

駅に戻る途中。 普通大阪行。

 

快速大阪行。 小春日和の武田尾駅でした。

 

おまけ このあと雑誌で知って 大阪駅に移動。

「スーパーサルーン ゆめじ」 瀬戸大橋線の快速マリンライナー用のグリーン車との兼用で 岡山電車区に所属した ジョイフルトレイン。 クモロ211-1+モロ211-1+クロ212-1001。 ハイデッカー展望席のグリーン車編成で 団体列車で 大阪駅まで来ました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 22日の日曜日仕事終わりに阪急梅田駅に行ってきました。

 

その前に お正月1月4日の梅田駅9号線。

車止めには、立派なお正月飾りがありました。

停車していたのは 9002F特急新開地行。

 

その20日ほど後の 1月25日。

停車位置移動直後の9号線。車止めには、他のホームと同じく綺麗な花が飾ってありました。

 

アルミの柵の端が 旧停車位置。 白の幕の仮柵分だけ後退しました。

 

旧車止め。

 

そして 2月22日日曜日。

ついに 本格的な工事用の囲いが設置されてしまいました。

 

1月25日は 位置がズレていた 8号線と9号線の出発案内機も横並びに。

 

先頭車停止位置ギリギリまで柵が。

 

列車が発車後撮影。

 

仮の車止めの背後には 白幕が貼ってありました。

 

7号線に移動

7号線も9号線と同様に工事用の柵が設置されていました。

 

6号線は、平日のラッシュ時間帯以外は使用されなくなっています。2000年になる前ぐらいまでは、6号線が急行専用ホーム的になっていたのですが。

宝塚線の停車位置移動は、 2026年春頃となっています。 

 

ちなみに 8号線は どうなっているかというと。

なぜか まだ仮柵のままとなっています。

 

ところで 阪急梅田駅の3階改札口の両端には、飲食店があります。

9号線側には。

カレーショップが入っています。 このショップ 梅田駅リニューアルでどうなるのでしょうか?

 

ちなみに1号線側は。

タリーズ コーヒーになっています。 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  前回の続きです。 

 

まずは 前回の最後のにも載せた 阪急電車時刻表。

 

普通梅田行 6022F+6012F。 山陽直通の連解運用用の 神戸線6000系グループでしたが、そのうちの1編成は、8両固定編成運用にもついていました。

 

急行梅田行 7033F他。  約6分間隔で10両編成がやったきました。

 

特急新開地行 6021F他。特急の増結編成は、三宮で解放されていました。

 

普通梅田行 7006F。 今や阪急電車の看板列車になった 7006Fももちろんフルマルーン時代がありました。

上り本線に侵入していますが、これは現在も平日朝に1本だけ運転されている 武庫之荘始発の普通列車でした。西宮北口駅発車時点で 特急の発車直後に本線に侵入していた 準急と同じように 急行の発車後 西宮車庫横の待避線から本線に侵入 武庫之荘駅から旅客扱いしている普通です。

 

普通梅田行 3064F。7006Fの2分後を走ってきた列車です。 

梅田到着が8時20分台で最混雑時間帯で  上の時刻表でもわかりますが、8時20分からの10分間で5本の列車が到着していました。

 

特急梅田行7032F他。

 

準急梅田行 3050F。

 

普通梅田行5012F。 5012Fは 5000系のラストナンバー編成ですが、一足早く引退しています。

 

特急須磨浦公園行 7026F他  現在 この編成は、能勢電に譲渡されていますね。

 

急行梅田行 7030F他。

 

特急梅田行7024F他。  7020番台のうち 7024F〜7026Fまでの3本は4両編成で 山陽直通の6両編成の特急に増結されていました。

 

準急梅田行 5002F。

 

普通梅田行5010F。

 

急行梅田行7034F他。

 

特急梅田行7025F他。

 

準急梅田行 3058F。 朝1本目の準急で梅田に向かい 折り返し回送で 仁川駅まで戻って 最終の準急運用に入っていました。 

 

運行標識板も 仁川ー梅田。 平日朝上り1本だけの超レア準急でした。

 

普通梅田行8002F。正面飾り帯が誇らしい 当時の阪急電車の顔となっていました。

 

あと 実車の写真はないのですが 当時は、夕方も連解運用がありました。

平日夕方のラッシュ時間帯に入る 須磨浦公園行特急4本を8両に増結していました。  ただ その後の19時12分と36分に須磨浦公園行がありましたが、その列車は6両のままだったので かなり混雑したようです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 7000Fフルマルーン復刻記念?として お送りします。 

園田駅で撮影しました。 同じような写真が続きますが、記録としてみてください。

 

まずは この列車から。

準急梅田行 3058F。

 

逆光でしたが 後も。

運行標識板車の3058Fが 朝の今津線からの準急最初の1本目に入りました。 これは ラッキーなことでした。

 

急行梅田行 7035F他。 まだ 急行の字幕が 黒字に黄色字でした。 急行は、西宮北口駅で2両を増結していました。

 

普通梅田行3076F。 

 

特急梅田行 6021F他。 特急は 三宮駅で2両を増結していました。

 

準急梅田行3074F。 2本目の準急は3074Fの字幕改造車。

 

普通梅田行5008F。 5000系も まだ 全車がフルマルーンでした。

 

急行梅田行 7037F他。 当時の平日朝ダイヤは、約13分間隔で運転、 西宮北口発上り方面で 特急梅田行(特急の直後に 今津線からの準急梅田行)準急通過後に 普通梅田行、 急行梅田行 西宮北口始発普通梅田行となっていました。
 

 

普通梅田行 5004F。

 

特急梅田行7026F他4連。 7026Fは4両編成で 須磨浦公園からの列車に増結されていました。

 

急行三宮行 7035F他。 10両編成急行も折り返しは急行で下り 増結車は西宮北口駅で解放していました。

増結編成の行先の下に 「この車両は 西宮北口まで」となっていました。

 

準急梅田行 5006F。

 

1993年7月発行の阪急電車 時刻表より。

急行は 三宮を7時台に発車する5本。 特急は、7時〜8時台の 8時21分と29分発を除く7本が10両編成になっていました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前々回の番外編 特急白鳥以外の列車です。

 

新大阪駅から

EF81-115号機牽引 コンテナ列車。 確か 安治川口行だったかと。

 

新快速長浜行。

 

快速野洲行。 近畿圏では 少数派だった115系。

 

特急はくと4号 京都行。1994年の智頭急行線開業とともに 京都ー大阪ー上郡ー智頭急行線ー鳥取ー倉吉間で運転が始まった 特急列車。 JR西日本キハ181系使用列車が 「はくと」 智頭急行HOT7000系使用列車が 「スーパーはくと」なりました。 1997年末に HOT7000系の増備が完了して キハ181系を置き換えて 「はくと」は消滅しました。  わずか 3年ほどしか走っていなかったので 知らない方も多いのではないでしょうか。

 

大阪駅。

新快速3605M姫路行。 117系12両編成で運転されていました。

 

117系新快速姫路行と165系臨時快速谷川行の並び。 2番線の165系は、福知山線谷川駅行の臨時快速 毎月6日に1往復運転され 大阪ー尼崎ー宝塚ー三田ー篠山口ー谷川に停車していました。 

 

突然やってきた ジョイフルトレイン わくわく団らん。 国鉄時代の金沢鉄道管理局で改造された12系お座敷客車を 1993年に 大幅なリニューアル工事を施行して登場しました。

 

快速野洲行。 京都駅ビルグランドオープン記念ヘッドマーク。

 

隣に  福知山線からの快速が到着しました。

 

寝台特急日本海4号+モトとレール号。  1988年青函トンネル開業後 寝台特急日本海1号4号の1往復が 大阪ー函館間の運転になったと同時に マニ50改造の客車を1両連結して オートバイの航送をが始まりました。 カートレインのオートバイ版でした。 1998年に廃止になっています。

 

普通須磨行。 

 

特急エーデル北近畿7号浜坂・東舞鶴行。 前の3両が城崎から先の浜坂行。後の2両が福知山で切り離されて 

綾部経由で東舞鶴行となっていました。 ただ 東舞鶴行は、平日のみの運転で 土曜休日は、全車浜坂行でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 昨日 驚きの発表がありました。 今年の4月に 阪急神戸線 神戸市内高架延伸線開通90周年となるのを記念して  阪急7000系 トップナンバー編成 7000Fの フルマルーン復刻塗装が発表されました。  宝塚線6013Fに続いて  神戸線にもフルマルーンが復活することになりました。

 

 

 

記念ヘッドマークの掲出 Hマーク 旧社章の貼り付け と 6013Fと同様の姿になるようです。

運転開始は、3月2日。 それと同時に 3月4日から 90周年になる区間の駅 王子公園 春日野道 神戸三宮駅構内で 歴史写真パネルの展示も実施されるそうです。

 

神戸線系統で 最後までフルマルーン編成が走っていたの年は、2020年までで 伊丹線のこの編成。

2019年の撮影ですが、 伊丹線普通伊丹行 5118F。

 

神戸本線8両編成で最後となったの年は、2013年まで。 最後は この編成でした。

3054F普通梅田行。 この編成が 最後まで神戸本線を爆走していました。 

 

2011年の写真。

西宮北口駅 普通三宮行3054Fと 普通梅田行3052F。2011年の撮影です 神戸本線でのフルマルーン最後の並び? 3052Fの方は、2012年に4両編成になりました。

 

神戸本線をフルマルーンが走るのは、13年ぶりになりそうです。

 

さてさて 肝心の7000Fのフルマルーン時代の写真。

初めて7000Fを撮影したのは、1982年。 偶然にも今回の開業90周年にあたる 春日野道駅でした。

普通梅田行 7000F。 ホームの三宮方で撮影。 現在は、この場所にエレベーターが設置されています。

 

続いては 淀川鉄橋。

普通三宮行 7000F。Hマークが映えています。

 

続いて 仁川駅 すごい手ブレ写真ですいません。 馬急運用に入っていました。

臨時急行梅田行 7000F。

 

次は 園田駅。

準急梅田行 7000F。 小窓が設置されて Hマークが消えていました。

 

1995年の梅田駅。

特急西宮北口行 7000F。阪急神戸線は、阪神淡路大震災により西宮北口以西が部分的に運休していました。6月13日に復旧するまで 梅田ー西宮北口間に日中のみ特急が運転されていました。

 

通勤特急三宮行 7000F。 震災復旧後のダイヤ改正で 新設された 通勤特急運用に入っていました。

 

これが フルマルーン7000Fの最後の写真でした。 

 

2001年の梅田駅。

普通三宮行 7000F  と 急行西宮北口行 7009F。 新旧塗装の7000系が撮影していました。

梅田駅の行き先案内機も まだ パタパタだったんですね。

 

発車した普通三宮行7000F。

初期の7000系は、7004Fがそうだったように 新2000系と入れ替えに6両編成化で 今津北線転属かと思っていたのですが、復刻塗装は 次回検査入場まで続くそうなので 2年ぐらいは見られそうです。 

2001Fと入れ替えに 7002Fが宝塚線に転属してしまい、 7000系の初期編成で 5000系を置き換えるのではと思っていたのですが、どうなるのでしょう。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今回は、過去の撮影から 1997年の写真です。 この時代の特急白鳥 という列車は、大阪ー青森間を結ぶ長距離昼行特急列車でした。 

 

1997年3月大阪駅。

特急白鳥青森行。 白い車体に青の濃淡の帯。 JR東日本上沼垂区所奥の車両で運転されていました。

 

青森方は、 初期型ボンネット車。

 

別な日 新大阪駅にて。

側面。

 

後のクハ481は 貫通型200番台。

 

3月ダイヤ改正直前に撮影。

この日も 青森方は、ボンネット。

 

しかし、

大阪方は、運転室上のヘッドライトが、2灯の北海道帰りの1500番台でした。

 

ところで なぜ この時期に特急白鳥を撮影したかというと。 この直後のダイヤ改正で 車両の担当が、JR東日本からJR西日本になったからでした。

ダイヤ改正後の7月。

特急白鳥 青森行。 JR西日本 京都総合運転所 の国鉄特急色の485系9両編成に移管されました。

特急雷鳥号との共通運用となっていました。

 

スマートな非貫通型 クハ481−300番台。

 

貫通型200番台。 JR西日本車に戻ってからは 指定席車は、JR東日本時代のハイデッカー車から 通常タイプに戻ったので 少し居住性は落ちた感じでした。

 

皆さんは どちらの「白鳥」号がいいですか?

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

お詫び 前回の記事で 阪急塚口駅のホームドアが尼崎市内で初めてとかいたのですが ブロ友さんからコメントがあり 阪神尼崎駅に設置されていたとお知らせいただきました。 すいません よく確認して記事にするようにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 先日 おそらく2月7日頃 塚口駅にホーム柵の基部が設置されていました。

 

下りホームの神戸方。 この位置で固定柵が設置されそうです。

 

梅田方面ホーム。 梅田方面は この位置。 屋根は、まだ神戸方にありますがその手前に固定柵が設置されそうです。

 

尼崎市内の鉄道駅では、初のホームドア設置駅になるそうです。

 

ところで 1ヶ月前の同じ場所

こんな感じでした、

 

上りホーム 梅田方。

梅田方は、去年の年末には、仮作で仕切られていましたが、その位置で固定柵が設置されそうです。

 

梅田方から構内を見ました。

 

塚口駅のホームドア供用開始は 4月23日木曜日となりました。

 

おまけ 過去の撮影から 塚口駅での撮影を探しました。

あまり 塚口駅では撮影しておらず。

1980年代前半? 日曜ダイヤの午前中 梅田ー西宮北口駅間で運転されていた 上下の急行の並びです。

向かって右が 急行西宮北口行 3066F。 左が、急行梅田行3080Fです。

 

続いて1993年のお正月。 梅田方で撮影。

快速急行三宮行 8003F。

 

臨時急行梅田行 3050F。

 

続いて 三宮方で撮影。

臨時快速急行三宮行 3064F。

 

臨時快速急行梅田行 8006F。  そういえば この8006F この後宝塚線に転属していますが、 ついこの間2002Fと入れ替わりに 神戸線に戻ってきました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 最後は、RSE車20000系です。

 

RSE20000系は、1991年JR東海 御殿場線への直通特急あさぎり号用に製造されました。 

 

JR東海371系特急型電車と基本的に共通構造とするために ロマンスカー伝統の連節車体ではなく 20m級7両編成となり 最前面には運転台が設置されて 最前列展望席は無くなりました。 

 

そして 中間車2両は 2階建て車となっていました。

先頭車1両と中間2階建て車1両が保存されています。

 

普通車は、10000系同様のハイデッカー構造 乗降口からすぐに2段ほどの階段がありました。

 

JR381系や485系のパノラマグリーン車の雰囲気ですね。

 

車内は自由に出入りでき 運転室付近まで行くことができました。

 

1992年ブルーリボン賞受賞。

 

JR車と共通仕様としたことによって デッキ仕切りが設けられて 今までのロマンスカーとかなり雰囲気が変わりましたね。

 

中間車の2階建車両は、元4号車を保存 車端部には、車内販売カウンターが設置されていました。

飲食用のカウンターテーブルがあれば ビュッフェ車とも呼べるレベルですね。

 

車販基地の次が、乗降口。 他の車両と床面を揃えるためにハイデッカー構造ですぐに2段の階段。

 

中間2階建車両は、JR371系と合わせて 2階席がグリーン車となっていました。 

 

2階席への階段は3段。 

 

当時のJRグリーン車の標準となりつつあった 大型3列リクライニングシートが並んでいました。 

ちなみにここから先には入れません。

 

1階席への階段。 7段ほどの結構狭く急な階段となっていました。

 

階下席は、4人用コンパトーメントとなっていました。

 

3室12名定員。

 

天井は 頭が使えるということはありませんでしたが、側面窓は、座ってしまうと見上げる高さで 階下席での眺望は期待できないようでした。

 

ちなみに 3号車の方の階下席は、普通車と同じ リクライニングシートの座席車でしたが、片側1列になった3列シート車だったそうです。

 

外から車内を見ました。

階下席。

 

2階席。

 

それでは 実車写真を。

1992年 雨の御殿場駅にて。 特急あさぎり6号 小田急新宿行。

 

1992年 裾野駅付近にて。特急あさぎり1号沼津行。

 

1993年沼津駅にて。

特急あさぎり4号小田急新宿行。

 

手前が 4号車になります。

 

最後は1994年。

御殿場駅付近。3度目の正直。。。 富士山をバックに走る 特急あさぎり1号 沼津行。

 

おまけ。

JR東海371系。 特急あさぎり2号 小田急新宿行。

 

当時の特急あさぎり号は、小田急20000系2編成。 JR東海371系1編成の 3編成で 小田急新宿ー沼津間を1日4往復していました。

 

 

小田急RSE20000系とJR 東海371系は、各1編成が 3両編成に短縮されて 富士急に譲渡されています。

 

御覧頂きましてありがとうございました。