ブログラジオ ♯110 Feur Und Flamme | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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ではいそいそとドイツへ入る。

――ああ、ようやく書ける。

ネーナというバンドである。

Feuer & Flamme/Nena

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『北緯四十三度の神話』なる
些か変わったタイトルの拙著に、

万が一目を通して
下さっている方には


ほとんどお察しであろうかとも
思われるのだが、


このバンド、
個人的には相当思い入れが
深かったりする。

それこそ、
曲をモチーフにして
小説が一冊
十分に書けてしまうくらいに。


なお、ネーナというのは
シンガーの名前でもあり、
同時にバンド名でもあるので、


この点今回は、一部区別なく
表記するので念のため。


さて、なんともう30年以上も
昔の話になってしまった訳だが、


83年の冬から翌年の初頭にかけて、
彼女たちの99 Luftballons
(邦題『ロックバルーンは99』)なる
上質なポップ・チューンが、


全米を含む、世界的な
大ヒットとなっていた。

実際僕が洋楽に
本格的にのめり込み始めたのが、


ちょうどまさに
このくらいの時期のことで、


とにかく流行っている作品を、
手当たり次第
レンタル・ショップで借りてきて
聴いてみることを始めていたのだが、

最初に手にとって、
打ちのめされた
アルバムというのが実は三枚ある。


こういうのは今でも忘れない。

それこそ刷り込みみたいに、
今の自分の好みを
決めてしまっているなあとも思う。

一枚は、これもここに
遊びに来て下さっている方には
大方お察しであろう通り、


デュランデュランの三作目、
SEVEN AND THE
RAGGED TIGER(♭2,♭16)で、


それからカルチャー・クラブの
COLOUR BY NUMBERS(♯11,♭61)、

そして最後のもう一作が、
このネーナの
アメリカ・デビュー用の編集盤だった


FIRST AMERICAなる
アルバムだったのである。


確かA面がすべて英語で、
B面はドイツ語だった気がする。

だから同作には、
上で触れたLuftballonsが


アルバムの最初と最後に
異なるミックスで、


それぞれ英語、ドイツ語で
収録されていて、

なんだかすごくお得に
感じたようにも記憶している。



ヴォーカルもパワフルだったし、
なんだかんだいって、
収録されたどの曲もどの曲も


ある種のノスタルジーを
感じさせてきつつ、
同時に適度にポップだった。

とりわけB面の各トラックは
英語の曲と違って、
聞き取れる単語すらまったくないから、


耳からだけでは意味なんて
全然わからなかったのだが、


それでも何故だか、
このアルバムをかければそのたびに、

なんとなく、何にでも
立ち向かえるような
気持ちにさせられたものである。



とりわけ99 Luftballonsの、
あの捻りのほとんどない音色の、
能天気といっていいくらいの、


歌のAメロと、きっちり
ユニゾンしてくる
鍵盤の強烈なフレーズは、

今でも僕に対しては、
同じ力を持ち続けて
くれているようでもある。



だからまあ、普通に考えれば、
このネーナを取り上げるのなら


曲のチョイスは当然
99 Luftballonsであるべきだし、

アルバムはこの
FIRST AMERICAにするのが
たぶん順当なのである。



しかしながら、今回はあえて
彼女たちの3rdアルバムを
ピック・アップしている。


これにはもちろん理由がある。

結局のところは単に個人的な
感想でしかないことも
重々承知ではあるのだけれど、


彼女たちのバンドとしての、
そしてアルバムとしての最高傑作は


たぶんこの、
FEUR UND FLLAMMEなる
一枚なのである。

異論は認める。
その準備もある。


でも、意見を変えるつもりは
はっきりいってまったくない。


確かに99 Luftballonsを収録した
本国でのファーストも、

『?』なる、ある種奇を衒った
タイトルで挑んだセカンドも、


全部楽しんで聴きはした。

KinoとかRette Mich,
Nur Geträumtなどなど、

Luftballonsのほかにも、
印象に残っている曲は幾つもある。



けれど、アルバム全体の完成度とでも
いったような観点で見てみると、
この一枚がずば抜けているのである。


いや、それは彼らのカタログ内に
限った話ではまったくない。

本当にこれ、よくできている。

もう少し英米での数字が
ついてきてさえいれば


80年代の生み出した、
名盤の一つに数えられていただろう。

バンドって本当に
3rdで化けるんだ。


そんなことを
感じたように記憶している。



たぶん前作前々作と比べ
サウンド的に大きく変わったのは、

リズム隊における、
コンガ/パーカッションの
大胆な導入だったのではないかと思う。


そもそもが
割りとシンプルな音色の
シンセサイザーが、


パワフルなネーナの声と、
ほどよく呼応するというのが、

このバンドの
基本的なスタイルというか、
一番の魅力だった。


そしてまあ、だからなんといおうか、
メロディーラインやコードワークが、


斬新というか、
目新しかった訳では
実は全然なかったのである。

でも、だからこそ、
自然に耳に馴染んでくれる部分は、
間違いなくあったと思う。



ある意味で長所であると同時に
弱点ともいえそうだった
そういった要素を、


彼女たちなりのやり方で、
一つハードルを越えて見せたのが、
本作だったのではなかったか。

今でもこのアルバムに関しては
そんなふうに捉えている。


それまでも結構、
打楽器の音が前に出てくる
レコーディングの仕方を
していたことは確かなのだが、


本作はまずそこにさらにはっきり、
メリハリがついていた。

普通こういうコンガみたいな、
音色を導入すると、


野暮ったいという訳でもないガ、
アフロというかラテンというか、
あるいはカリビアンでもいいのだけれど、


まあそういった方向に、
どうしてもサウンドの全体が
流れてきてしまうものである。

ところがこの作品の場合、
ネーナのヴォーカルはもちろん、


ある意味では大仰過ぎるほどの、
シンプルながら倍音を駆使した、
シンセサイザーの音色が、


このリズムを、
普通とはまったく違う方向に、

引っ張っていって
しまっているのである。


それこそ見事というか
まさに斬新といっていいほどに。


とにかく全体が
ひどく深遠というか、
いわば宇宙的。
つまりはコズミックなのである。

とはいえ、たとえばボウイのZIGGYや、
あるいはアメリカに入ったら
すぐに扱う予定のB-52’sなどとは、


またまるで違った方向に
ベクトルが触り切れている。


この手触りがなんとも不思議で、
のみならず、

ほかに似た手応えをくれる作品が
どのアーティストの
どんなアルバムにも、


今に至るまで一枚たりとて
見つかってはいないものだから、


そういう意味では本作、
僕の中では

不動の位置を獲得して
ずいぶんと久しいとまで
たぶんいっていいくらいである。


もしこの先自分が、
たとえばハインラインの
『宇宙の騎士』みたいな感じの


テキストに挑む機会が
いつか訪れたとしたら、

その時のメインのBGMは
間違いなく本作になるだろう。


上手く説明できているかどうかは、
こと今回に限っては
まったく自信がないのだけれど、


いうなればそういう音なのである。


とりわけアナログ時代の
いわゆるA面は、
全編このタッチで貫かれている。


アルバムは、
『2010年のユートピア』という
邦題を冠せられた、
Utopiaなるトラックで幕を開ける。


このイントロを聴いた瞬間からもう、
あ、一つ垢抜けたな、くらいに思った。

そして続いて登場してきた
Haus Der Drei Sonnen
『銀河の秘密』なるトラックで、


もうすっかり
納得していたといってもいい。


けれどもここで終わらなかった。

三曲目のJung Wie Duにも
十分シングル・カットに
耐えられる強さを感じたのだが、


一曲挟んでいよいよ登場してきた、
本作のタイトル・トラック


Feur Und Flamme
『ウーマン・オン・ファイア』の冒頭で

なんというか、
膝を打ったとでもいうべきだろうか。


とにかく僕は、
喝采を挙げたのである。


――このドラミング。

それこそ迫力満点だった。

しかもこれがこの曲の
シンプルでかつ独特な、


ギター・ストロークのパターンと、
見事に呼応しているのである。

さらには鍵盤の入り方も
随所に工夫がなされているし、


曲のテーマのせいもあってか、
ネーナの声も、いつもより
活き活きとして聴こえてきた。


もうこの前半だけで、
間違いなく傑作だと思った。

そしてアルバムは、
このFeur Und Flammeを
ある種のターニング・ポイントとして、


そこから先は少しだけ
フォーカスを、
日常のレベルへと持ってくる。


スケール感こそ多少なりとも
影を潜めてしまうのだけれど、

ここからのラインナップも、
一筋縄では把握できない、
強力な佳曲ぞろいだったし、


曲同士の連結もスムーズだった。

強弱はあっても、捨て曲は
見当たらなかったといっていい。

そしてこの傑作アルバムの
ラストを飾っていたのが、
なんと7分を越す大作、


Irgendwie・Irgendwo・Irgendwannなる
トラックだったのである。


訳詞からの判断だけれど、たぶん、
Sometime, Somewhere, Somewhat
くらいの意味なのだろうと思われる。

いつか・どこかで・どうにかして。

そしてこの曲で再び、
ネーナのサウンドの描き出す世界は


一気に宇宙的規模にまで回帰する。

曲自体はもちろん、
構成としても
非の打ち所がないほど素晴らしかった。


もう、ただ唸ったものである。

同曲につけられた、
『未来へのスパークル』というのは、
実に考えられて邦題だとも思ったし、

しかもこれ、イントロが実に、
2分30秒あまりもあるのだけれど、


その箇所も、実は聴き所だったりもする。

まあ今回ももう
ずいぶんと長くなったので、

同曲については、
ここから先はエキストラに
譲ることにするつもりだけれど、


とにかく今でも
僕の愛聴盤の位置を譲らない、


これ、そういう稀有な一枚なのである。


ちなみにこのアルバム、
当時のCBSが
IT’S ALL IN THE GAMEという
タイトルで、


全編英語によるヴァージョンを制作し、
リリースしたにもかかわらず、


全英でも全米でも
まったくチャート・アクションは
なかった模様ではあるのだが、

本国ではちゃんと
2位にまで上昇しているし、


ゴールド・ディスクの
認定もしっかり受けている。



さらにつけくわえると、
上で僕がベタ誉めした、
Irgendwie~は、

リリース時の84年には、
もちろんネーナ自身のヴァージョンで、
本国では3位に、


15年後の99年には
新人男性ミュージシャンによる
カヴァーによって、
今度は2位にまで、


さらには03年に、ネーナ本人と
キム・ワイルド(♯77)との
デュエットという
実に贅沢なヴァージョンで、

こちらは改めて、
Anyplace, Anywhere, Anytimeの
タイトルでリメイクされ、


今度はオーストリアと
それからオランダとで一位を獲得し、


のみならず、ドイツ本国でも
再び3位にまで昇り詰める
大ヒットとなっている模様である。

従って、都合三度も、
チャートを賑わせるという
結果を残しているということになる。


だから絶対、こちらもまた
99 Luftballonsと十分肩を並べ得る、


すごい曲であることは、
たぶん間違いはないのである。


ではそろそろ締めのトリビア。

もっとも今回もまた、実体は
本編の続きみたいなものだし、


ほとんど使い道のある場面も
すぐには浮かんでこないのだが、

むしろ僕自身、
ここで扱っておかないと、
ほかに紹介する機会など、


九分九厘どころではなくなさそうなので、
今回言及する次第。



さて、このFEUR UND FLAMME、
実は4曲目と9曲目が、

ブックレットやらスリーブやら
いわゆる外回りの部分で、
まったく入れ替わってしまっている。


僕の手持ちは
85年に発売された
最初のCDなのだけれど、


だから歌詞の出てくる順番も、
ここだけ違っていたりする。

リイシューされても
何故だかこのミス、


どうやら修正されないままに
なってしまっている模様で、


アルバムの全体が、
極めて流麗な流れを
きちんと作り出しているだけに、

相当惜しいな、と思ってしまう。

まあ、たぶんバンドの方が、
ぎりぎりになって曲順を
入れ替えた方がいいと気づいたとか、


そういう事情が
あったのだろうなとは思うのだけれど。