浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba


テーマ:
さていきなりですが、
これが今月三十日に登場する
浅倉初の訳書になります。


実際ほぼ九年ぶりの書籍刊行が
どうして翻訳になったかというと
これがまたいろいろあって、

しかも本当は第一弾になる
予定だったものは
実はこれとは違っていたりもして

そんなこんなだけできっと
ここ三回分くらい
優に埋まってしまう
話にもなるのですけれど、

まあ、今回はまずは本の中身から。


端的にいうとこれ、
息子さんが書いた
父親の伝記ということになります。

余談ですが、以前一度
テレビで観たのですけれど、

確かアイスランドだかでは
書店に一般の人の書いた
自分自身の自伝が並んでいて

しかもこれがまた
よく売れるのだそうで。

不思議な文化だなあと
首を捻っていたのですが、

でも確かに昔から
事実は小説より奇なりとも
よく申すようですし、

実際この本、特に前半は
本当に洋物の小説みたいで

確かにそういう面白さがありました。

大戦期の幼少時代
音楽との出会い
最初の恋とその破局

成功を目前にしての挫折
突然の父親の死と新たな出発

そしていよいよ訪れる
運命の相手との出会い――。

いや、この通りに進むのですけれど、
しかしこうやって改めて
ちゃんと書き起こしてみると

なんだかハーレクインロマンスみたいですね。

でも主人公は男性です。
上に掲げた表紙が
そうなっている通りです。


さて、この
テディ・マックなる人物ですが、

2016年にデビューした
イギリスのいわば歌手(シンガー)です。

当時御年80歳。

ではどうしてそんなことに
なったかというのが
この一冊の眼目な訳ですけれど、

つまり彼は、七十代半ばを過ぎて
アルツハイマーと
診断されてしまうのですね。

ですから後半の展開は
紛う事なき看護の記録です。

少しずつ父親が、もう本人では
なくなっていってしまうような手触り。

母親と息子は、そんな感覚との
先の見えない戦いを強いられます。

これがまた、
ノンフィクションであるだけに
相当きつく迫ってきます。

そしてその間、多少なりとも
事態を和らげてくれたのが

音楽だったという訳です。

いつか必ずその日は訪れる。

やがて著者サイモンは
父の昔年の夢を叶えるべく
自ら動き出すのです。


確かに僕向きの本でした。

春先に別の案件のお話を
同社に持ち込んだところ、

逆に御紹介をいただいたのが
この一冊だったといった次第です。


そもそも執筆の動機からして
もう父親には明らかに

自分の記録を残すことなど
到底無理な話だから、

ならば自分がやるしかないという
そんな決意が
このサイモンを支え
突き動かしている訳です。

けれども思いついたからといって
それをこうやって

一冊にまとめ上げるというのは
並大抵のエネルギーではありません。

それは僕もよく知っています。


そういう訳で
もしご興味を持っていただけた皆様には

今月の三十日を
お待ちいただければと存じます。

書店様などで予約でもしていただけると
さらに嬉しく存じます。

多少でも動けばほかの案件も
少し動き出すかもしれませんので。

まあお恥ずかしい話ではありますが。


なお、浅倉の目下の最新の
オリジナルテキストの掲載は
こちらとなっております。


この号に掲載されている作品
タイトルを『黒夜叉姫』といいまして、

神様のようでいて
神様のお仲間だとも
一概には断じられない

でもたぶんこの世のものでは
決してない姫様と、
そのお世話をする小姓とが

満月の夜に二人きりで遊ぶ
不思議な遊戯の物語です。

少し堅苦しいことを言えば
言葉の力みたいなものに

自分が常々
思い描いている中身が
ふとこうした形で

表に出てきてしまったのかなあと、
思わないでもありません。

同作ではここまであまり使わなかった
いわゆる「ですます調」の文体を
全編で貫いております。

テーマ性からしても、この前の
「ひょいの話」なんかと一緒に

そのうち本にできればな、とは
思っておるのですけれど、まあなかなか。

こちらも何か決まりましたら
ここで御案内差し上げるつもりです。


それでもようやくいろいろと
地味ながら動き出しております。

来年の刊行予定も、
やはり訳書ではありますが

すでに二冊は
固まりつつあります。

塞翁が馬の例の言い回しを
日々噛み締めている毎日です。

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース