ラジオエクストラ ♭49 Apollo XI | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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という訳で、
テクノ・ポップ界のビートルズこと、
OMDである。91年の作品。

Sugar Tax/Orchestral Manoeuvres In The Dark

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しかしこのジャケット、もう少し
なんとかならなかったのだろうか。


音のイメージと、まったくもって
合っていないのである。


本作はいわば、極めてわかりやすい
ポップ・アルバムに仕上がっている。

確かにこの文字の黄色と、
青味がかったグリーンのバランスには、


作品全体の世界に通じるものも
見つからないでもないけれど、


それにしてもこの人たちのサウンドに
やっぱり黒はないだろう。

デザインですごく損をしてしまった感がある。

もちろん、これがバンドやあるいは
アンディ・マクラスキーの希望だった
可能性は決して否定はできないのだけれど。


あるいは心象風景なのかな。
まあ思い当たる節がないでもないか。


さて、このアルバムの前作に当たる
86年のTHE PACIFIC AGE(♯16♭20)が
あまりに傑作であり過ぎたことと、


バンドの内外で起きた幾つかの
トラブルのために、


発表までに実に五年もの時間が
かかってしまったがために、

市場からやや埋もれてしまったというか、
正当な評価を受け損ねて
しまったんじゃないか、というのが、
本作への個人的な所感である。



THE PACIFIC AGEの発表に
前後したシングル・トラック、


86年のIf You Leaveと、それに続いた
(For Ever )Live and Dieとの大ヒットで、

完璧に地歩を築いたかに見えた
このOMDだったのだけれど、


周囲(あるいは僕の個人的な)の期待とは
裏腹に、新曲はなかなか届いてはこなかった。


ようやく発表されたのは、
88年のベスト盤に収録された
Dreamingという一曲きりだった。

このトラックも、ほどよくテクノで、
そこに彼ら独特の
繊細といっていいメロディーラインが
きちんと同居しているという、


基本期待に違わない完成度を誇っていた。

だから否応なく、新譜への期待も、
随時高まっていったのだけれど、

しかしながら、それが届くまでには
さらに三年の時間を待たねばならなかった。



後に判明したところ、先に少しだけ触れた通り、
どうやらこの期間、バンドは訴訟を抱えたり


あるいはアンディ・マクラスキーと並び
サウンドのキー・パーソンの一人だった
ポール・ハンフリーズが脱退してしまったりと、
相当キツイ事態と向き合わされていたらしい。

実際89年頃には、バンドそのものが
存続しているとは到底いいがたいような
状態でもあった模様である。


あるいは上の訴訟の関連から、
マクラスキーの側にどうしても、
バンド名を維持しなければならないような、


そんな種類の事情があったのかもしれないな、
なんて邪推もなんとなくできそうではある。


いずれにせよ、そういった経緯で
前作から数えて
実に五年ぶりとなってしまった
8thアルバムが、本作なのである。


背景が背景だったし、ある意味では
ピークの波に乗り損ねてしまった
タイミングになってしまったこともあり、


加えてこの時期から、所属レーベルの
ヴァージン・レコードにも
一頃の勢いに陰りがでてきたせいもあって

プロモーションもあまり強力には
為されてはいなかったのではないかと思う。



ところがどうして、
これがなかなかの力作なのである。


どうやらこのアルバムの制作には
THE PACIFIC AGEの時のメンバーは
マクラスキーしか関与しては
いない模様なのだけれど、

その弱点を、すぐには感じさせはしない。

それどころか、開幕から四曲は、
どれがシングルになっていても
おかしくないくらいに粒揃いである。


前作所収のStayやWe Love Youに見られた
軽快でバンド独特の華やかなノリが
一気呵成に押し寄せてくる。

さらにはミッド・テンポのバラードもあるし、
マイナー・スケールの
Walking on Airなんかも
いいアクセントになっている。


ラス前収録のNeon Lightsは
クラフトワークのカヴァーであり、
現在でも、彼らのライヴの
重要なレパートリーとなっているそう。


そしてクロージング・トラックである
All that Glittersは
あの名曲Shameを彷彿とさせもする。

作品として、やはり極めてまとまっている。
一枚かけて、途中で飽きるということが
ほとんどないといっていい。



だが、それでも本作の白眉は、
以前にも少しだけ触れた通り、
Apollo XIというトラックなのである。


まあこんなことをしようと思いつくのは
たぶんこの人しかいないだろう。

微妙にエキゾチックな音階を
行ったりきたりするベースのパターンを基本に、
ハイハットと、単音の鍵盤が、
変則的なリズムをキープし続ける。


そこにJFKの有名なスピーチや
管制塔のカウントダウンから始まる、


一連のアポロ11号の月面着陸時の、
中継の(たぶん)テレビ音声を
サンプリングして載せているのである。

壊れたラジオみたいな旋律や、
白玉のコードワークは、
インスト・ナンバーとしてもたぶん
十分に成立するレベルだろう。


そこに交信記録が、それこそ
ポール・ハードキャッスルの19みたいに
メロディーに上手く載るよう
適度にダブを施されて進んでいく。


中盤、いよいよ着陸船が切り離され、
段々と高度が下がっていく。

なお視界は良好だ。そして、ついに。


――Eagle has landed.


このラインが、当然ながら
月面着陸中継のクライマックスな訳だけれど、
曲もちゃんと、ここをピークに盛り上がるよう
入念に設計されているのである。


ニール・アームストロング船長に、
バズ・オルドリンとマイケル・コリンズ。


初めて月面の地に足音を残すための旅路を
宇宙空間で共有したこの三人の名前は、


このトラックのおかげで
決して忘れられなくなった。

ちなみにイーグルとは、
本船から切り離された
あの月面着陸船の呼称。


ネーミングは、アメリカの国鳥である
ハクトウワシに由来しているそうである。


いや本当、このトラックは実に面白い。

もちろんあの、あまりにも有名な、
アームストロング船長による、


「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、
人類にとっては偉大な飛躍である」の一節も、


ちゃんと同じリズムに載って出てくる。

シングルにはなっていないけれど、
僕はしばしば、リピートをかけて
これだけ延々と聴いていたりする。



しかし本当、この一枚も
改めて聴いてみると
捨て曲がほぼ見つからない。


メロディ・メイカーとしての
OMD/マクラスキーのすごさを実感しもする。


惜しむらくは、メンバーが減ってしまった以上
どうしても仕方のないことなのだけれど、


全体的に、シンセサイザー以外の
楽器の音色が手薄なのである。


THE PACIFIC AGEで、随所で
華やかさを補強していたブラスやギター、

とりわけギターの基本的な不在が、
物足りないといえば
少しだけ物足りなく感じる。


各種の背景から、マクラスキーが、
ある意味で自分の音楽への原点回帰を
目指した結果なのかな、
などと思わないでもないけれど、


前作で時折聴こえていた
ポップスを逸脱しようとする
先鋭性のようなものが、

やや影を潜めてしまっている点も、
ちょっともったいないかもしれない。



このOMDは06年に、
上のポール・ハンフリーズを含む
初期のメンバー四人で再結成を果たし、


10年と13年に、それぞれ一枚ずつ、
アルバムを発表している。

遺憾ながらこちらは未聴のままなので、
聴いて気に入ったら、その時にまた。