『カポーティ』 | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

タイトルの通り、アメリカの作家、
トルーマン・カポーティの伝記映画である。
05年の作品。ただし日本公開は翌年。

カポーティ

¥1,533
Amazon.co.jp

ロスト・ジェネレーション以降の
アメリカの作家としては、このカポーティは
たぶん最も重要な一人であろう。


なお、ロスト・ジェネレーションとは
時にジャズ・エイジと呼ばれる、
あのブラック・マンディ以前の
華やかなりし1920年代に頭角を
現してきた作家たちのことを主に指す。


まあ、厳密に生年で定義する場合も
あるようではあるけれど。

ちなみに僕ら辺りの年齢の世代は
ジェネレーションXと称されるらしい。
もちろんあちらでの話ではあるが。


さて、カポーティは24年生まれなので、
世代的にはむしろケルアックらと同じ
ビート・ジェネレーションに属している。


しかし、その作風は彼らのものとは
明らかに一線を画している。
少なくとも彼がビートニクと形容されることは、
僕の知る限りでは皆無である。

代表作はおそらく『ティファニーで朝食を』と
『冷血(COLD BLOOD)』とになるだろう。


往時の人気の証左なのか、どちらの作品も
発表のほとんど直後といっていい時期に
もうすでに映像化されている。


ちなみに『ティファニーで朝食を』は
いわば看板に偽り有りとでもいおうか、
実は原作ではあのヒロインは、
宝石店で朝食を摂ったりは一切していない。

それでもこのタイトルが鮮烈に過ぎたものだから、
制作陣が苦悩の末、短いカットでもいいから、
作中でこのイメージを扱うことに決めたらしい。


かくしてオードリー・ヘップバーンが
ショウ・ウィンドウの前でサンドイッチを
頬張るという、あの些か奇天烈とも
珍妙ともいえるシーンが撮影され、
冒頭を飾る次第となったのだということである。


これはいわずもがなだけれど、
劇中でヘップバーンが歌った
『ムーン・リヴァー』は、
今なお映画音楽史に
燦然と輝く名曲の一つである。

さて、この『ティファニー~』の発表後、
カポーティは一時期軽いスランプに陥る。


おそらくは、いったい自分は小説家として
次にどんな作品を残すべきなのか。
あるいは、小説というものには何ができるのか。
むしろそれは世界に対し何を為すべきなのか。


ひょっとしてそんなことを真剣に
悩んでしまったのかなあ、などとも思う。

その彼を、再び創作へと向かわせたのが、
同時期にカンザス州で起きた
一件の強盗殺人事件だったのである。


もちろんこの時手がけられたのが『冷血』である。

コールド・ブラッド。
つまりは、殺人という行為に及ぶことのできる種類の
人間の体にその時流れたもの、くらいの比喩だろうか。

なるほどセンセーショナルな題材である。

しかもカポーティは、この作品をものすに当たり、
極めて大胆なチャレンジを試みるのである。


事実だけを積み上げて、小説を構成することは
はたして可能なのだろうか。

カポーティがこの時挑んだのは、おそらく
そういう命題だった。


作者の主観、あるいは登場人物たちの心理描写。
そういうものがこの『冷血』では、
周到に、徹底的に排除されている。


事実と証言。文章が綴っていくのはそれだけだ。

しかしそれでも、物語は動くのである。

『冷血』が切り拓いた手法については、その難しさ故、
なかなか似た例が見つからないのだけれど、
本邦で、宮部みゆきさんの一部の作品群に、
同作と極めて近いアプローチが採用されている。


なお、この『冷血』完成後、
ついにカポーティは新作を
発表することができずにその生涯を閉じている。
同書との因果関係は、たぶん本人にしかわからない。


さて、ではそろそろ、むしろこの記事の
本題であるべき、映画の方の話に行こう。


本作ではだから、この『冷血』の起稿直前から、
二人の囚人がついに死刑になるまでの時期の
作家本人の姿に焦点を置いている。


だから『冷血』がそこに入り込むことを
決して許さなかった、作家の主観と経験とを、
映像的に描写しようというのが、
本作の試みなのである。

面白いというか、個人的に極めて興味深く観た。
まあ題材的に、あまり一般受けは
しないかもしれないとも思うけれど。


さて、圧倒的な演技でこの作家を劇中に甦らせ、
作品のリアリティを完璧なまでに補強したのが、
フィリップ・シーモア・ホフマンなる俳優だった。


本作で同年のアカデミー主演男優賞の
オスカーを手にしさえしたホフマンは、
翌年には、トム・クルーズのMIⅢで
印象的なラスボス役を演じていた。

ほかにも『パイレーツ・オブ・ロック』や
『マネー・ボール』などで、
比較的お姿をお見かけすることも多く、
そのどのキャラにも独特の存在感があった。


彼が鬼籍に入ってしまったのは本年の二月である。
死因は薬物の過剰摂取であったと報じられている。


率直にいって、もったいないなあ、と思う。
年齢を増すほどに個性の出てくるタイプの
役者だったのではないかと感じるからである。

今さらながら、慎んでご冥福をお祈りする。