ブログラジオ ♯15 Everything Counts | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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デペッシュ・モードという。
あの当時のニュー・ロマンティックとか
普通にニュー・ウェイヴとか、でなければ
第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンとか
とにかくそういう具合に呼ばれていた
一大ムーヴメントの、その終焉間際にシーンに登場し、
以後一線から消え去ることなく、
つねに自分たちのポジションを維持することに成功した
おそらくほぼ唯一のバンドである。
もちろん異論は認める。生憎僕にはすぐにほかの名前が
浮かんでこないというだけのことである。
時期的にはU2が当てはまるかとも思うけれど、
あれはサウンド的に別枠だろう。

実際欧米における、彼らのツアーの観客動員力は
今なおものすごいものであるらしい。
十分にスタジアムを埋められる。
なのに一度しか来日公演を果たしていない。
まあ確かに、日本のマーケットにはなかなか
受け入れられ難いであろう種類の音楽性が、
彼らの大きな特徴の一つであることは
どうしたって否めない。

陰鬱、あるいは攻撃的。
ありていいえば暗いのである。
だがそれも、ここまで徹底してくれれば
むしろすがすがしくなってくる。

バンドは四人編成でスタートする。
当初の中心人物の名をヴィンス・クラークという。
今でもイギリスの音楽業界では
まだなかなかの有名人であるはずだ。
のちにヤズーを組んでONLY WAY IS UPなるヒットを飛ばし、
その後はイレイジャーなるバンドを結成する。
エレクトロポップともいうべき分野では、
それなりのビッグ・ネームであることは
たぶん間違いがないはずだ。

で、このデペッシュ・モード、
そもそもは彼がソングライティングをするという
前提で始まっていた。だからおそらくは、
アイドルとバンドの中間みたいなものを
目指して誰かが仕組んだのではないかと思う。
詳細はさすがにわからないけれど。

実際デビューから三枚目のシングルである
Just Can’t Get Enoughについては
なんかもう、ほとんどコメントのしようがない。
いってみればトシちゃんみたいな雰囲気なのである。
田原俊彦さんのことです。彼の歌なんて聴いたことも
ない人の方がたぶんもう多いんだろうけどさ。
まあとにかく、そういう種類のノリなのである。
ヴォーカルのデイヴ・ガーンの声が基本的に野太いだけに、
後年の彼ら固有の重厚なテイストと比べてしまうと
最早どこか痛々しくさえある。
それでもこの曲は英国でスマッシュヒットとなり、
まずはバンドの名をシーンに浸透させることには
とりあえず十分な成功を収めてくれることになる。

ところが、そのヴィンス・クラークが結成から
一年余りで突然バンドを脱退してしまう。
詳細はやはりわからない。音楽性の違い、
そういえばおそらくそうだったのだろう。
目指しているものが到底相容れなかったに違いない。

唯一のソングライターを失ったバンドは、
新しい仲間を一人外部から迎え入れこそするけれど
曲を書くことについては、既存のメンバーだった、
おそらくはサウンドプロデュースに一番貢献していたであろう
マーティン・ゴアに一任するという選択をする。
一応補足しておくと、このデペッシュ・モードの場合、
ヴォーカル以外は担当のパートを楽器で表現することが難しい。
というか、できない。
ガーン以外の三人がプレイするのは、
基本シンセサイザーか、あるいはシーケンサーである。
ドラムセットを組まずにライヴをすることさえしてしまう。
もっとも後年アランが抜け三人になってからは、
ドラムスにサポート・ミュージシャンを
起用せざるを得なくなっている様子だけれど。

とにかくである。この事態が、なんというか
まさしくひょうたんからコマとでも呼ぶべき
ある意味幸運な結果を招くことになるのである。
ヴィンスの脱退劇を境に、バンドは
それまでとはまったく違った存在へと
変貌することを徐々に開始する。

コマーシャルでは決してない。ポップでもない。
だからこそ独特の雰囲気がある。
Personal Jesus、Never Let Me Down、
あるいはShake the Disease辺りが名曲。
ほかの作品も、基本的にほとんどぶれていない。
しかしこのマーティン・ゴアという人、
本当にマイナー・スケールの曲しか書かない。
いや、たぶん書けない。書いても自分で
満足できないのではないかとさえ思う。
まあ、僕は全部のアルバムをそれこそ隈なく
聴いている訳ではないので、
決して断言はできないのだが。

今回紹介したEverything Countsは、
30年を超える彼らの全キャリアを通じても、
不動の地位を誇る代表曲である。
しかもこれが例のソングライターの交代劇からまもなくの作品。
チャートでは一番の成功を収めたに違いない、
People Are Peopleよりも以前の発表であるはずだ。
実際ライヴではやはり必ず一番の山場に登場してくる。

サビの印象的なメロディーは、
メイン・ヴォーカルのデイヴの声にではなく、
ほかの三人のコーラスに任されている。
だからライヴでは、この箇所で会場にマイクが向けられ、
オーディエンスが一斉にステージに向けて歌うことになる。

その部分の歌詞の、まあ僕による勝手な意訳。

つかみかかってくる手は
つかめるだけを握り締めていく
結局のところは、そいつ自身だけのために。
競争社会ってやつだな。
合算ではなにもかもが計上されるのさ。

デイヴが歌うのは最後の二行だけ。念のためだが。

実際この曲がテーマにしているのは
おそらく経済そのものであると思われる。
それこそアダム・スミスいうところの
神の見えざる手、みたいなものを否応なく想起させる。
こんなものを、二万人だか三万人が、
声を合わせて歌っているのである。
言葉はあれだが、まあ
なんだか悪い冗談みたいな光景だ。
そしてそれを具現化してしまえるのは、
おそらく彼らだけなのである。


トリビアにもならないけれど。
ゴアのソングライティングは、
やはりポップミュージックの語法に
極めてきちんとのっとっている。
決して長過ぎず、むしろ時にシンプルに過ぎるほどの
サビのリフレイン。
歌の世界を導入する、いわゆるAメロ。
変奏として時に登場するBメロ、
そしてブリッジ、あるいはレノン/マッカートニー
称するところのミドルエイト。
こういった構造に分解して把握することが可能である。
そのいわゆる枠組みのようなものの中で、
これだけのヴァリエーションを追求し、
しかも芯の部分がほとんど動かない。それを継続している。
そのすごさに僕は素直に敬意を表したいなと思う。

アルバムのご紹介は、今回はベスト盤。
どのトラックがデビュー直後のもので、
どれが交代劇の後か、
収録の順番はランダムですが、
結構はっきりわかると思います。
ヒント。ヴィンスの手による作品は
18曲中2曲だけです。



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