ブログラジオ ♯14 Ghost Dancing | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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トラックは、いわゆるスリーコードの
シンプルなギターストロークプレイで幕を開ける。
極々ありふれた展開であるはずなのに、
ワクワクしてしまうほどかっこいい。
音色のチョイスとリズムの刻み方が一味違うのである。
ミュートや微妙なコーラスの加減も見事。
ちなみにこのコーラスは、歌ではなくて
ギターのエフェクターのことね、一応。
そのクールなストロークにジム・カーの
あの強烈な歌声がまずのっかってきて
二小節待ったところで、ドラムとベースと、
それからブラスに寄せた音色のシンセサイザーとが
一気に音を、あるいは世界を広げてくる。
直前の歌詞の、SATTELITEという単語も効いている。
人工衛星、という意味である。
その、ある意味いびつとも形容すべき偽物の天体が
地表に衝突すると同時に破裂するこの曲は、
その終焉まで微塵の躊躇も一切見せずに駆け抜けていく。
一気呵成という言葉こそがまさしく相応しいだろう。

シンプル・マインズである。ボウイの時に少し触れた。
普通なら彼らの代表曲はAlive and KickingかDon’t Youになる。
とりわけ後者は『ブレックファスト・クラブ』なる
青春映画の主題歌として米英ともにチャートのトップを獲得し、
バンドの地位を不動のものとしたトラックである。
続いてリリースされたAlive and Kickingも相当売れた。
来日しテレビ出演した際に披露したのは、
同じアルバムからその次にカットされた
Sanctify Yourselfだった。
どれも素晴らしくクールな曲である。
だからこそ、というかそれゆえに、
このGhost Dancingが否応なく埋もれてしまった感があるのが
個人的にちょっと、いや、ひどく悔しいのだ。
そういう訳で今回はこういうチョイスとなった次第である。

デビュー当初のシンプル・マインズは
それこそパンク/ニュー・ウェイヴのムーヴメントに
まとめられたある意味あまり個性的とはちょっといえない
バンド群の中の一つに過ぎなかった。
弱小レーベルからのリリースだったこともあるのだろうが、
実際初期の彼らの作品は正直かなり退屈である。

それが82年のアルバム、New Gold Dreamで大化けする。
おそらくはヴァージン・レコードとの契約を獲得したことが、
バンドにとっていいきっかけとなったのに違いない。
時を同じくしてジム・カーのヴォーカルも格段に上手くなる。
太くて同時に透明感のある個性的な声質に自覚的になり、
ソングライティング自体も、シャウトを多用するよりはむしろ
彼の長音の伸び、あるいは深みを活かすような
方向へと変わってくる。注目を集め始めた彼らは
さらに当時U2を手がけていた敏腕プロデューサー、
スティーヴ・リリーホワイトとの出会いを得て、
さらなる進化を遂げていく。
実際彼との共同作業によって制作された次のアルバム
Sparkle in the Rainは英国において、彼らにとっての
初のチャート・トップ獲得作品ともなっている。
世界的ブレイクへの準備は十分に整っていたといってよい。
そこへリリースされたのが、それこそ掛け値なしの名盤、
このOnce Upon A Timeだったのである。

これほど聴き応えのあるアルバムには
そう簡単に出会えるものではない。
トップを飾るタイトルトラックも、
印象的でかつ重厚なサビのリフレインが
たぶん一発で耳に残るはずである。
二曲目のAll the Things She Saidは三番目のシングル。
十分にカットに耐えうるだけの楽曲である。
もちろんAlive and KickingとSanctify Yourselfも
それぞれいい位置に収録されているし、
クロージング・トラックであるCome A Long Wayも、
荘厳なほど寂寥感を演出してくれるいい曲だ。
つけ加えておくと、シンプル・マインズの音楽には、
ポップとかキャッチーという言葉があまりそぐわない。
どう形容するのがいいのだろうかと正直悩む。
おそらくはドラマチックというのが一番正しいのかもしれない。
個々の曲も、あるいはアルバム全体の展開も、
そしてもしかしたら、バンドそのものの経てきたストーリーも
すべてが劇的なのである。
アルバム制作時周囲の期待は相当沸騰していたに違いない。
そしてバンドは、おそらくはそれ以上の答えを出した。
そう容易く実現できてしまうことではないはずだ。

Ghost Dancingは同アルバムの冒頭から三番目に収められ、
四枚目のシングルとなった一曲。
カットの順番で割りを食った感はあるが、それでも
この強力なラインナップのどの曲にも決してひけを取らない、
むしろ一際異彩を放っているとさえいっていいトラックである。

ジム・カーの声と言葉とがここで描き出そうとしているのは、
ある種近未来的ともいうべき荒廃しきった世界の姿だ。
ところどころにフィーチャーされたキーボードの電子音が、
宇宙的ともいうべき曲の雰囲気を効果的に演出している。
BPMはかなり早い。たぶん収録曲中では一番だろう。
そのせいか、ドラムもベースも相当ノリノリである。
全編を貫くこの揺るぎない疾走感は、
曲中こんな言葉で表現されている。

何もかもが吹き飛ばされ、消え去ってしまう。
ちょうど幽霊たちのダンスみたいだ。


その後バンドはワールド・ツアーを成功させ、
またあのボブ・ゲルドフの提唱によるライヴエイドへも出演、
瞬く間に押しも押されぬ大御所への仲間入りを果たす。
それからは、あのマンデラを歌った楽曲を発表したり、
もしくはP.ゲイブリエルのBICOをカヴァーしたり
あるいはAAAのSUN CITYに参加するなど
どちらかというと政治色に寄った部分で
ニュースになることが増えてきてしまった印象もある。
彼らがスコットランドの出身であるということとも、
その辺りとは決して無関係ではないのだろうとも思う。

いずれにせよ、何よりも嬉しいことには
彼らは今もまだ現役で活動してくれている。


ではトリビア。
シンプル・マインズはそのヴォーカリスト、
ジム・カーの声の強烈な個性に引っ張られて
成立しているバンドであることはどうしたって否めない。
ところでこの人、実は一時期
あのプリテンダーズのヴォーカリスト、
(このバンドにもいずれ紹介するつもりではあるけれど)
クリッシー・ハインドと結婚したりしているのである。
しかしながら二人の関係は六年で破綻してしまう。
才能あふれた歌い手の組み合わせが
いったいどんな夫婦となっていたのか。
残念ながら当時も情報はほとんど入ってこなかったし、
今も信頼できるような資料はさすがにすぐには見当たらない。
ただもし、二人のデュエットによる楽曲が
たとえ一つでも残されていたとしたら、
なんてことを考えると、これはもう想像するだけで
すっかりぞくぞくしてしまう。
まあ残念ながら、そんな日がくることは
たぶんもう絶対にないんだろうな。
さらに驚くべきことには、このジム・カー、
その後エイス・ワンダーなるバンドの
パッツィー・ケンジットというまた別の
フィメール・ヴォーカリストと再婚し、
こちらも四年余りで離婚しているのである。
クリッシーがロッカーならパッツィーはむしろアイドルだ。
いわば両極端な存在である。当時も今も正直目が点である。

しかも今、パッツィーについて調べてみてさらにびっくり。
この人その後、あのオアシスのリアム・ギャラガーとも
結婚して別れたりしてるんですね。
え、何、それ。どっちがどうなの? みたいな気分。
まあわかる人だけわかってください。ブログですから。


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