ブログラジオ ♯2 In My Life | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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まあビートルズ繋がりなのだけれど、たぶん中には、
ああ出てきたか、と首を強く縦に振って下さる方も
ひょっとしていらっしゃるのではないかと思う。
『君の名残を』という僕のこれまでのところの代表作である長編の作中、
しかも重要な場面で何度か言及しているのが何を隠そうこの曲である。

実際書いている間何度も聴いた。それこそあれは
とてつもなく長い原稿だったから、たぶんそれなりに
相当すごい回数になっているのではないかと思う。
もちろん数えてなどいないので今となってはもう
正確な数字など決してわからないのだが、
たぶん百や二百ではきかないはずだと思う。

当時ビートルズによるオリジナルのレコーディングと
同じほど頻繁に聴いたのが、ロッド・ステュアートによる
同曲カヴァー・ヴァージョンである。
むしろ作中で描いているイメージはどちらかというと
こちらのものだったりする。

これがすごくいいんだ。本当に。

ロッド・ステュアートという人はそのキャリアの極初期からすでに、
カヴァーを取り上げるセンスや
その楽曲を自分のものにするテクニックに関しては非常に卓越した人で、
ソロ・デビュー・アルバムですでに、
しれっとあのAmazing Graceをやっていたりする。しかもアカペラで。
それからストーンズのRuby Tuesdayだった歌っているし、
盟友ロバート・パーマーの
Some Guys Have All the Luckを取り上げて
改めてチャートに送り込んだりもしている。
そういえばDowntown Trainもある。
実際こんなのは本当にほんの一例に過ぎない。
彼の声が新しい命を吹き込んだ曲なら、
それこそ枚挙に暇がないのである。

だから、後年になって一時期出口のない袋小路に
入り込んでしまったように思われていた彼が、
あのグレート・アメリカン・ソングブックなる企画で
あれほどの成功を収めたのも、
むしろ僕には極めて自然なことのように見えていた。

その彼が、86年のアルバムで敢えて挑んだのがこの曲だった。
ビートルズのカヴァーをやって原曲のインパクトを超えられるなんてことは
それこそ本当に滅多にない訳で、
あのエルトン・ジョンのLucyだってさすがにそこまでは達していない。
もっともこれは僕の偏見でしかないし、
実際同曲はトップワンも獲得しているから、
もちろん違う評価も当然あるところにはあるだろう。
だから好き勝手書いてるんだってばさ。
あんまり目くじら立てないように。

とにかく。
ロッドのこのレコーディングは、控え目にいって
原曲と堂々と渡り合っている。
アカペラで始まり、サビの部分から細いストリングス、
それから間奏にハープが少しだけ。
2コーラス目に入ってようやくシンセサイザーと重たげなピアノが
徐々にその音像を鮮明にしながらかぶさってくる。
彼の声以外に見つかる音はそのくらいだ。
リズムセクションは入ってこない。
だからこそ、あの美しいメロディーラインが
これ以上なく際立って迫ってくる。
そして断ち切られるようなクロージング。
この演出。もうただただ圧巻である。

機会があったら是非一度聴いてみていただきたい。
本当、ため息しか出てこないから。

最後にトリビアを一つだけ。
ビートルズのオリジナルの方の間奏には、
鍵盤の不思議な音色が登場している。
ピアノのようだけれど妙に甲高い。
かといってチェンバロのものとは明らかに違う。
実はこれ、まずテンポを倍にして
1オクターブ下げてピアノで演奏したものを、
倍速で再生してこの箇所にダビングしたものなのだそうである。
いやはや本当にすごい人たちというのは
いろんなことを考えつくものである。