皆さま、おはようございます!

今年の夏で戦後70週年を迎えますね。
長崎県内を延びる大村線には
大村海軍航空廠の疎開工場開設に合わえて開業した岩松駅や、
海軍・臨時魚雷艇訓練所の開設に合わせて開業した小串郷駅など、

戦需によって開業した駅がありますが、
今回は終戦によって名を知らしめた、こちらの駅をいっちゃいます。
f08011/
大村線・南風崎(はえのさき)です!
南風崎駅が開業したのは明治31年のこと。
駅近くには確かに海軍施設(海軍兵学校分校)がありましたが、
それら施設が完成するよりもずっと前に開業した駅ですのよ。

なぜに終戦によって、
南風崎駅の名が知られるようになったのかといいますと、
戦争で外地に駆り出された多くの方がこの軍施設から引き揚げられ、
南風崎駅から発車する専用列車によって
故郷に戻られたからなのです。
f08018/大村線・南風崎駅
f08019/大村線・南風崎駅

軍施設から南風崎駅までの距離は約2キロ。
ちなみに軍施設があった広大な敷地は現在、
ハウステンボスに変わっておりました。
f0710i/大村線・ハウステンボス駅
昭和23年に撮影された航空写真より。
矢印の際にあるのが南風崎駅で緑○印がハウステンボス駅、その下に写るのが軍施設跡です。


他にも周辺には戦争遺産が数多くある模様。
f0801a/大村線・南風崎駅

そんな南風崎駅だけを見るために、早朝の列車に乗車してやってきましたよ。
f08010/大村線・
キハ66・67にはオリジナルの国鉄急行色がよく似合いますな~

終戦直後に引き揚げ者を迎え入れたのは
開業当時に建てられた初代駅舎だったようですが、
その後に現在の2代目駅舎に建て替えされたようです。
造り的には昭和30年代後半に建てられたものかしら?
f08013/大村線・南風崎駅
f08012/
現在は無人駅の南風崎駅ですが、
有人駅時代は中央通路部分は吹き抜けにはなってなかったようで。
広い階段は明治時代に開業した大村線(当時は長崎本線)内の駅の
大きな特徴でもあります。

せっかくキレイなステンドグラスを備えた駅舎なのに、
待合室部分が閉鎖されているのは、なんとも惜しい限りですね。
f0801c/大村線・南風崎駅

南風崎駅は相対式ホーム2面2線構造で、
ハウステンボス駅側に廃止になった貨物ホームがありました。
f08015/大村線・南風崎駅
f08014/大村線・南風崎駅
ここから東京行きの引き揚げ者専用列車が発車していたとは…
長めのホームを見ていると、そんな様子が頭に浮かんできます。
最近、JR九州管内では
ホームの短縮工事が施された駅を多く見かけますけど、
ここはぜひ、この姿のままでいつまでも残していて欲しいです。

なお、駅の北側を眺めると、
やたらとハイカラな建物が建ち並んでおりました。
f08017/大村線・南風崎駅
こちら、ハウステンボスの社員さん向けの社宅だそうです。
社員さんって24時間、ハウステンボス漬けなんですね。
いや、これはかなり羨ましい話なのかも。
自分はディズニーランドの住人になりたいうちの一人でしたけど、
その夢が実現した…みたいな話なのかも。

難読駅名な駅としても知られている南風崎駅。
f08016/大村線・南風崎駅
特急列車の車内チャイムでも知られた鉄道唱歌の歌詞にも出てくる駅でした。
「汽笛一声新橋を~」のあの歌です。
歌詞をネットで調べて、南風崎駅が出てくるまで是非歌ってみてくださいね。
途中で嫌になること間違いなし!
鉄道唱歌、日本で2番目に歌詞が長い歌らしいですよ。


訪問駅リスト(JR線)
大村線

↑(早岐駅方面)
ハウステンボス駅(平成27年4月7日)
南風崎駅(平成27年4月9日)
小串郷駅(平成27年4月9日)
川棚駅(平成27年4月9日)
彼杵駅(平成27年4月7日)
千綿駅(平成27年4月7日)
松原駅(平成27年4月8日) 前編 ・後編
竹松駅(平成27年4月7日) 前編後編
諏訪駅(平成27年4月8日)
大村駅(平成27年4月7日)
岩松駅(平成27年4月8日)
↓(諫早駅方面)

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