『並河靖之七宝 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性』 ~東京都庭園美術館~ | 美術ACADEMY&SCHOOLブログ出動!!!

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明治に花咲いた、名人の精緻に酔う

 

 

 古代エジプトを起源とし、中近東で技法が確立して、その後世界に広がった七宝。

 

 日本にも、シルクロードから中国を経て渡ってきました。
 最古のものは奈良時代にさかのぼり、戦国の桃山時代に日本でも造られるようになったといいます。

 

 その後、尾張で中国製品を参考に独自に開発された七宝の技は、幕末から明治にかけて飛躍的に発展しました。

 

 折しも、万博を通じてヨーロッパではジャポニスムブームが興り、日本の工芸や浮世絵が高い人気を得ていた時代。

 

 職人たち自身の研鑽はもちろん、近代化を世界にアピールし、外貨を獲得したい明治政府の輸出政策と相まって、日本の七宝は短期間で世界最高峰の技術を獲得し、黄金期を迎えます。

 

 そんな時代に、武家の家に生まれ久邇宮朝彦親王に仕えながら、その職を辞し、知識や材料のない中、七宝制作の開発と発展に注力し、国内外の博覧会で成功をおさめ、有線七宝で世界にその名を馳せたのが、京都の七宝家・並河靖之でした。

 

 有線七宝とは、リボン状の薄い金属線で模様の区切りをつけ(植線)、その中に釉薬を入れて焼きつける技法。この金属線が、繊細な図柄を引き立たせます。

 

 手間も時間もかかるこの手法を、素人から始めた並河が、どのように習得し、高めていったのかは、いまだ不明な点が多いそうです。

 

 それとともに、並河が開発したのが、「黒色透明釉薬」でした。
 鮮やかな色彩と美しいグラデーションを持つ彼の作品は、釉薬の研究にも並々ならぬ情熱を持っていたことをうかがわせます。

 そうした中、それまでの七宝には存在していなかった透明感のある艶やかな黒色を生み出したことで、作品はよりその文様や色彩を浮かび上がらせせていきます。

 

 一方、金属線を使用しない技法で同時期に名を上げたのが東京の濤川惣助でした。

 「有線の並河、無線の濤川」は、ともにその才能で人気を二分し、「西の並河、東の濤川」として称されました。

 

 

展示風景
アール・デコの邸宅の展示空間との
競演もステキ。

 この有線七宝の並河靖之の没後90年を記念して、初期から晩年までの作品を一堂に観られる、国内初めての展覧会が、東京都庭園美術館で開催中です。

 

 主に輸出用として制作された明治期の精緻な七宝作品は、国内に残っているものはそれほど多くありません。

 

 ヴィクトリア&アルバート博物館からの里帰り作品も含み、下図の数々とともに国内の主要な作品が集うこの展覧会、今後またいつ出逢えるか分からない貴重な機会です。

 

 学生時代に彼の作品に魅せられて、この道に進み、念願の個展を開催できたという、学芸員さんの思入れの強い展示会場は、作品を置く台座の色から照明まで、こだわりの空間となっています。

 

 その植線の技、色彩の妙は驚嘆の数々、単眼鏡をお持ちの方はぜひご持参ください。
 美術館でも希望者には単眼鏡を貸し出してくれます(数に限りがあります)。

 

 

本館会場


 ここではまず、並河の作品の中でも特に勝れたものを堪能、ハイライトです。

 

展示風景
並河靖之 《鳳凰文食籠》 並河靖之七宝記念館蔵


 迎えてくれるのは、現存では最も初期の作品といわれる《鳳凰文食籠》

 

 志那製七宝を模した、光沢がなく、やや濁った色彩の釉薬が使われ、モチーフも古典的な図柄です。

 

 しかし、蓋の円形の中におさめられた鳳凰の造形、その色合わせなどは、すでに彼のセンスを物語ります。

 

 ここから、透明釉薬を使用するようになり、色彩、艶ともに輝く作品へと技術が向上していきました。

 

 《舞楽図花活》などでその過渡期を確認できます。

 

 図案も並河のトレードマークともいえる蝶や花々も自在に表れてきます。

 

展示風景
並河靖之 《桜蝶図平皿》 京都国立近代美術館
展示風景
並河工場 下図「桜蝶文皿」
並河靖之七宝記念館蔵

 《桜蝶図平皿》(↑)

 壺や花瓶が多い中で、珍しい平皿の一作。こちらは、図案とともに。

 ぜひ裏側の意匠も確認してください!みごとな植線による文様が施されています。

 

 

並河靖之 《桜牡丹菊蝶文小花瓶》 並河靖之七宝記念館蔵

 明るい緑地にあでやかに咲き誇る牡丹。
 写真だと大きく見えますが、手の中におさまるかわいい小さなサイズです。

 

 

並河靖之 《菊唐草文細首小花瓶》 並河靖之七宝記念館蔵

 こちらは「商品」として複数制作されたと思われる小花瓶。
 ターコイズブルーの地に上下のオレンジの配色が効いています。

 

 

展示風景
並河靖之 《鳳凰草花図飾壺》 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵

 《鳳凰草花図飾壺》

 

 ヴィクトリア&アルバート博物館からの一対。

 

 植線に金銀を使い分け、側面の黒色の唐草文様部分にはこれも並河が創始した茶金石が用いられ、鉱石のキラキラとした耀きも持ち、輸出用工芸品らしい、意匠に富んだ豪華な作品です。

 

 

 

 

 


 そして、彼の特徴のひとつ、黒色透明釉薬の精華の品々を。

 

展示風景
並河靖之 《龍文瓢形花瓶》 ギャルリー・グリシーヌ蔵

 

 《龍文瓢形花瓶》(→)

 

 艶やかな黒に浮かび上がる龍の顔面の微妙なグラデーションと、さまざまな釉薬で斑に仕上げられた鱗の細やかなこだわりに注目です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展示風景
並河靖之 《菊唐草文花瓶》 東京国立博物館蔵

 

 (←)《菊唐草文花瓶》

 

 シカゴ・コロンブス博覧会に出品されたものだそうです。

 さまざまな菊の描法、左右対称の配置が、伝統的なモチーフながら、どこかモダンさを持ち、並ぶと眼に心地よい品格のある一対です。

 

 

 

 

 

 

展示風景
並河靖之 《蝶に花丸唐草文飾壺》
京都国立近代美術館蔵

 

 《蝶に花丸唐草文飾壺》(→)

 

 つまみの部分に蓮の花をあしらった、愛らしい小壺。
 金彩の縁取りと、上部と下部に配される茶色地のモチーフの繰り返しが、胴部分で華やかに舞う蝶と唐草を引き締めて、バランスのよい作品です。

 

 

 

 

 2Fの踊り場で、いまひとりのナミカワ、濤川惣助や同時代の他の七宝家の作品で、違いを確認した後、新館会場へ。

 

 

 

 


新館会場

 

 こちらでは、並河の工場で作成、使用されていた下図とともに、ゆるやかな時系列で、彼の創作の変遷を目で確認していきます。


 学芸員さんを虜にしたという作品はこちら(↓)。

 

並河靖之 《藤草花文花瓶》 並河靖之七宝記念館蔵
並河靖之 《藤草花文花瓶》(部分)並河靖之七宝記念館蔵

 白と紫の藤の花が、リズミカルに配置され、下部にはたんぽぽの黄色がアクセントになっています。

 黒地に見えますが、実は深い瑠璃色です。
 いろいろな方向から試してください!ふと青い光を放つことを確認できます。

 

 

並河靖之 《菊紋付蝶松唐草模様花瓶》 一対 泉涌寺蔵
並河靖之 《菊紋付蝶松唐草模様花瓶》一対
(部分)泉涌寺

 下図の存在から、注文によって制作されたと分かる一対の壺は、象嵌された菊花文から天皇家由来。
 昭和天皇の御遺物として、平成に入ってから下賜されたものだそうです。

 

 蝶や唐草には、茶金石が用いられ、植線は金銀という豪華で賑やかな作品です。

 蝶はその6本の脚まで再現!じっくり観てください。

 

 

京都並河図案部 七宝下図「桜花蝶文皿」 並河靖之七宝記念館蔵

 先の《桜蝶文皿》と色違いの下図。
 こちらも完成品を観てみたかったところ。

 

 

 数々の万博や国内の内国勧業博覧会などで受賞し、名実ともに評価を得た並河ですが、一方で繰り返される意匠への工夫を指摘され、彼自身も「文様を超える意匠」の模索を続けます。

 

 やがて彼の作品は、その文様が、「デザイン」から「絵画的なるもの」へと変化を見せていきます。

 

 文様を全体に散らせるのではなく、器全体をひとつの“画面”とし、一幅の絵画のように余白を持たせた作品たちは、有線を意識させず、そのものがひとつの「世界」になっているような、幽妙なたたずまいを獲得しています。

 

並河靖之 《菊御紋章藤文大花瓶》 並河靖之七宝記念館蔵
並河靖之 《菊御紋章藤文大花瓶》(部分)
並河靖之七宝記念館

 鮮やかな青に、薄紫の藤が咲き誇ります。
 花弁のグラデーションや葉の細やかな釉薬の工夫が、より写実性を高めています。

 

 はめ込まれた菊花文が、まるで月のようにも見えて…。
 植線もさらに細くなり、その技術にも驚きです。

 

 

展示風景
並河靖之 《蝶に竹花図四方花瓶》
清水三年坂美術館蔵

 

 (←)めずらしい四方の形の《蝶に竹花図四方花瓶》も、一枚の掛け軸を思わせる構図になっています。

 

 漆黒に浮かび上がる風景は、幻想的ですらあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

並河工房 七宝下図「舞楽図花瓶」 並河靖之七宝記念館

 「舞楽図」は周りの装飾を排し、シンプルながら、印象的な人物像が、その動きとともに軽やかに描かれています。

 

 

 このほか、おそらくは人気と注文にもよったのだと思われる、小物たちも。

 

展示風景
煙草入れ、香水瓶も海外好みの精緻な花鳥画が。
いまこそ、ちょっと持ってみたいかも・・・。
展示風景
並河靖之 《紅葉桔梗鳥文小屏風》 並河康之七宝記念館蔵
両手に納まるミニサイズの屏風はほしい!

 

 煙草入れや香水瓶、名刺入れなどの実用の作品から、手のひらサイズの小屏風といった、ちょっとした観賞用のものまで、当時の人気ぶりをうかがわせます。

 

 小屏風のデザインは、現在ならスマホケースとしてもステキかも…と(笑)。

 こちらの上下にあしらわれた円形の紋様はぜひ近寄ってみて。3匹の蝶が形作っています。

 

 

 やがて、海外でのブームが去り、ほぼ90%をその輸出に頼っていた七宝工芸は、それゆえの華美な装飾に対する拒否感が生まれた時代の空気とも重なって、衰退していきます。

 

 並河の工場も縮小を余儀なくされ、大正12(1923)年、一代で閉鎖されることになります。

 

 

展示風景
ますます空間を活かした風景画が
そのまま器になったような作品に・・・。

 晩年には、植線にはこだわり続けながらも、墨のボカシを入れたり、筆さばきを思わせる強弱を加えたりと、京都の風景などをモチーフにして、ますます絵画的な作品に傾倒していきました。

 

 金閣寺や五重塔、春日大社などが淡いグラデーションの中に浮かび上がる作品たちは、七宝であることも、その植線の技術も超えて、「並河靖之」という“ひとつのジャンル”になっている、そんな印象すら与える、強固な世界を創っていました。

 


 ゼロから始めて、独自の技法を生み出し、時代を創りながら、一代で静かに消えて行った、このたぐいまれな才は、いままた改めて、その技と美でわたしたちを魅了します。

 

 それは、伝統的な意匠を用いながらも、そのデザインと配色で、新しい七宝の世界を切り拓いたその革新性をいまも感じるからかもしれません。

 

 まもなく終了。

 100年も前のものとは思えない、鮮やかさと精緻さを会場で感じてください!

 

 

(penguin)



『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑 ―透明な黒の感性』
 
開催期間 :~4月9日(日)
会場 東京都庭園美術館(目黒)
    〒108-0071 東京都港区白金台 5-21-9
アクセス :JR山手線「目黒駅」東口、東急目黒線「目黒駅」正面口より徒歩7分
      都営三田線・東京メトロ南北線「白金台駅」1番出口より徒歩6分
開館時間 :10:00~18:00
     ※3/24、3/25、3/26、4/1、4/2、4/7、4/8、4/9は夜間開館20:00
      ※入館は閉館の30分前まで
休館日 :3/22
入館料 :一般 1,100円(800円)/大学生(専修・各種専門学校含む) 880円(700円)/
     中・高校生・65歳以上 550円(440円)
     *( )内は20名以上の団体料金
      *小学生以下および都内在住在学の中学生は無料
      *身体障害者手帳・愛の手帳・養育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳を
      お持ちの方とその介護者1名は無料
     ※ドレスコード割引:蝶のモチーフを身に着けて来館の方は100円引き

 

お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)
 

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