美術ACADEMY&SCHOOLブログ出動!!!

美術Academy&Schoolスタッフがお届けする、ARTを巡る冒険の日々♪

美術ACADEMY&SCHOOL のブログ出動!!! ⇔2011年3月よりアメブロに引っ越しました♪



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視点を変えて、仏画に近づく楽しみ

 

 

 仏教が日本にもたらされて以来、その教義を伝え、聖なる姿を拝むべく、多くの仏画が描かれてきました。

 経典に従い、あるいは人々により解りやすくするため、多種多様な「ほとけ」の姿が生まれます。

 根津美術館では、この仏画の図様を「支えるもの」から観ていく、興味深い展覧会が開催中です。

 ほとけが何に座し、あるいは立ち、何に乗り、何を踏みつけているのか。
 衣装やポーズ、持物と並んで、それらを知ることで、その像の名や意味を知るヒントをくれます。

 「支えるもの」を4つのカテゴリーに分け、当館コレクションから7件の重要文化財、4件の重要美術品を含む選りすぐりの仏画約40件で、仏画の魅力を魅せてくれます。


蓮華
 

釈迦の涅槃図から始まります。
(展示風景から)

 泥の中から伸び、白や淡紅色の美しい花を咲かせる蓮の花は、仏教を象徴する花です。

 多くのほとけがこの花の上に座ったり、立ったりしています。

 花の中心で平らになっている部分を花拓(または花床(かしょう))といい、この蓮台が動物や雲の上に乗ると、霊獣座や雲座と呼ばれます。

 ここでは、生きたまま悟りを得た釈迦が宝床に横たわる姿を始まりとして、蓮華座に坐す釈迦如来を観ていきます。

 

《釈迦三尊像》 絹本着色 日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵

 彩色も美しい釈迦三尊像は南北朝時代のもの。
 脇侍が乗る白象と獅子にも注目です。


霊獣

ほとけを乗せる動物に注目~♪
(展示風景から)


 ほとけを乗せる動物としては、白象と獅子がよく知られます。
 六本の牙を持つ白象は普賢菩薩を、獅子は文殊菩薩を乗せます。

 普賢菩薩は慈悲と理知をつかさどり、文殊菩薩は智慧をつかさどると言われます。
 彼らは三尊として、釈迦如来の脇侍に、時には単独で描かれ、信仰の対象となりました。

 

 

《文殊菩薩像》 絹本着色 日本・鎌倉時代 14世紀 根津美術館蔵

 やや幼い面影を残す文殊菩薩。
 後光から蓮台、獅子の眼などに配された金が、荘厳さを出しています。

 

女性の信仰が厚かった普賢菩薩いろいろ。
(展示風景から)

 

 また、普賢菩薩の眷属に、十羅刹女がおり、彼女たちの母である鬼子母神も眷属とされます。

 

 こうした女神がそばにいることもあり、普賢菩薩は多く女性の信仰を集めたといいます。

 重要文化財の《普賢菩薩十羅刹女像》もぜひ会場で!

 

 

 


天部

十二天像から4象が並ぶ。
(展示風景から)


 天部とは、天界に住むほとけの総称です。
 輪廻転生の思想では、六道のうち、天道に住んでいます。

 仏教以外の古い神々が仏教に採りいれられて(帰依して)、ほとけを守る護法神となった、梵天、帝釈天、四天王や吉祥天、弁才天から毘沙門天、金剛力士、十二神将など、優美なものから勇猛な武将姿のものまで、個性豊かな像が描かれました。


 鎌倉時代の《愛染明王像》(重文)をはじめ、毘沙門天や十二天像のうち、梵天、帝釈天、火天、水天の4像など、さまざまな天部のほとけの姿を楽しめます。


邪鬼

 

《不動明王像》 木造彩色
日本・平安時代 12世紀
根津美術館蔵(展示風景から)

 天部の中でも、四天王などの武神たちが踏んでいるのが邪鬼です。
 仏法を犯す邪心として踏みつけられ、苦悶の表情を浮かべているのですが、どこかユーモラスな愛嬌があります。

 鎌倉時代の《不動明王像》でも、その姿を立体でも確認できます。

 弁財天などの女神は蓮台に乗り、阿弥陀如来や地蔵菩薩の出現は、雲に乗る形で表されました。


 末法思想が興った平安時代以降、極楽浄土への転生を祈って如来の来迎や、衆生を救う地蔵菩薩は多く描かれるようになります。
 

 

 

 


密教のほとけを支える ―霊獣・岩・宝瓶・天・荷葉・氍毹

曼荼羅と観音菩薩が並ぶコーナー。
(展示風景から)


 空海や最澄が日本にもたらした密教は、ヒンドゥー教の神々を取り込むことで、ほとけとそれを支える台座の種類を飛躍的に増やします。

 この複雑な相関図を一枚に表わしたのが、「曼荼羅」です。

 ほとけの姿や持物、彼らを守り、支えるモノに注目して、《金剛界八十一尊曼荼羅》(重文)を解説するコーナー。

 どうしてもその細やかさに漫然と観てしまいがちな曼荼羅を、その要素で分類、分かりやすいカラー・パネルとともに展示されていて、楽しくたどれる趣向になっています。

 

尊像と台座からの分類解説パネル。
(展示風景から)
重要文化財 《金剛界八十一尊曼荼羅》
絹本着色 日本・鎌倉時代 13世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)
台座別、尊像の表現の分類解説パネル
(展示風景から)

 岩の上には不動明王、蓮華座の下に宝瓶(ほうびょう)を置く愛染明王、十二天や弁財天などの守護神の台座には、丸く広がった蓮の葉である荷葉(かしょう)や毛織の敷物である氍毹(くゆ)など、なんだかとても身近に感じられてきます。

 

重要美術品 《降三世明王》《大威徳明王》
絹本着色 日本・鎌倉時代 13世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 

 また、密教が生み出した五大明王のうち、俗世の主を降伏する憤怒尊である《降三世明王像》(重美)も。

 炎を背負い、三面六臂の明王が、左足に大自在天の顔を踏み、持ち上げた右足を彼の妻である烏摩妃の手が支える、という、ちょっと不思議ながら、迫力の一作。

 いずれも、本展覧会の見どころです!

 

 



観音菩薩が住む・現れるところ ―補陀落山・さまざまな場面

さまざまな観音像が並ぶ。
(展示風景から)


 衆生救済のほとけである観音菩薩は、特に広く信仰されました。

 その図像も、観音浄土である補陀落山にくつろぐ姿、救済のために現世に現れる姿、月輪の中に表される密教絵画の中でも岩が補陀落山を象徴するなど、さまざまなバリエーションが生まれます。

 ここでは、観音菩薩像に注目、その場面の多様さを観ていきます。

 二十八部衆とともに描かれた千手観音、月の中に浮かぶ聖観音、そして北斗七星の中に聖人が描かれた如意輪観音の珍しい図像など、いずれも美しく、うっとりです。


特異な台座 ―現実的なかたち

 

ちょっと変わった「支えるもの」の表現。
(展示風景から)

 通常の尊像は、経典や先例にしたがって描かれます。

 しかし、中にはそうしたルールに則っていない特異な形の台座や光背を持っているものや、実際の彫像を忠実に写しとったものありました。

 お約束からは離れた、ある意味現実に基づいた台座や光背を持つ作品が紹介されます。

 ここでの見どころは、法勝寺にある彫像を写した画像として貴重とされる《愛染明王像》(重文)です。 
 その描写とともに、美しい彩色も堪能して。

 このほか、やはり重文指定の《善光寺縁起絵》に描かれた秘仏の金銅阿三尊像や《大日如来》など、これまた見ごたえたっぷり。


ほとけの飛行 ―雲

きらびやかなご来迎のほとけたち。
(展示風景から)

 

 最後に、ほとけの移動を表すのに使用された雲の表現を確認します。

 

 

 

《阿弥陀二十五菩薩来迎図》 絹本着色
日本・鎌倉時代 14世紀 根津美術館蔵

 

 

 

 


 (←)鎌倉期の阿弥陀如来の来迎図。

 

 25体の菩薩を引き連れて、死者を迎えにくる様子が、きらびやかな金で描かれ、いま観ても神々しい一枚です。
 雲のたなびく様子が、いかにも今降りてきたスピード感を表します。

 

 どっしりとしながら、その重さを感じさせない聖なる姿には、雲というのりものは、ぴったり。
 軽やかで荘厳な顕現に、思わずこちらの心も浮遊しそうです。

 いつもとはちょっと異なる仏画へのアプローチは、これまでとは異なる新しい魅力や楽しみを与えてくれるはず。
 

 

 

 

 

 


【同時開催】

展示室5 水瓶(すいびょう)

さまざまな時代のさまざまな形の水瓶が並ぶ。
(展示風景から)


 仏画でのほとけの持物にちなみ、水瓶が特集されています。

 水や酒を入れて、使用する水瓶は、聖なるものにとどまらず、人々の生活の中で、先史から使用されてきました。

 中国は漢時代の青銅器から唐時代の白磁、宋時代の青磁から江戸時代の陶磁器、煎茶に使用された急須まで、祭事から日用使いまで、その展開と多様な素材、表情の水瓶を楽しみます。

 

《五彩孔雀文仙盞瓶》 金襴手
景徳鎮民窯 中国・明時代 16世紀
根津美術館蔵
《藍絵急須》 施釉陶器 オランダ 18世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 左:
 景徳鎮窯で焼かれた、豪華な金襴手の水瓶です。
 金属器の形を写した瓶は、主に日本へ輸出されていたのだそうです。

 

 右:

 オランダから贈られた急須は、教皇年号の入った箱に入っていたそうです。


展示室6 菊月の茶会

 

秋の風情を演出した茶室のしつらえ。
(展示風景から)

 九月を表す菊月(すみません、すでに長月ですが…汗)。

 風もひんやりとして、澄んだ空の月は青く美しい季節。

 

 茶道具約20件で、秋の景色を感じます。

 

 

 

《芋子茶入 銘 有明》 瀬戸 施釉陶器
日本・室町~桃山時代 16世紀 根津美術館蔵

 

 

 

 「又たくひあらしの山の麓寺杉の庵に有明の月」という夜明けの月を詠んだ和歌に因んだ銘を持つ茶入。
 釉薬の気配が、肌寒さを増してくる秋の夜明けを感じさせます。

 ころりとした丸みを帯びた肩が「芋子」の由来です。

 

千宗旦作 《一重切花入 銘三井寺》
日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 

 

 


 千利休作の花入を孫の宗旦が写したものだそうです。
 利休の作品(東京億立博物館蔵)の銘「園城寺」の通称である「三井寺」と銘されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

(penguin)

 

 

 

企画展 「ほとけを支える ―蓮華・霊獣・天部・邪鬼―」

 

開催期間:~10月22日(日)
会場 :根津美術館 (青山)
    〒107-0062 東京都港区南青山 6-5-1
アクセス :東京メトロ 銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅下車
       A5出口(階段)より徒歩8分/B3出口(エレベーター・エスカレータ)より徒歩10分
       B4出口(階段・エスカレータ)より徒歩10分
開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,100円(900円)/学生 800円(600円)
     *( )内は20名以上の団体、障害者手帳提示者および同伴者1名の料金
     *中学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-3400-2536

公式ホームページはこちら
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北斎のもうひとつの魅力と才能を楽しむ空間

 

 


 昨年のオープン以来、早くも30万人を超える入場者でにぎわうすみだ北斎美術館
 妹島和世による大胆な建設と、ピーター・モースおよび楢﨑宗重の優れたコレクションを擁して、研究成果を発信しています。

 江戸時代に、数え90歳を超える長寿を、画を描くことに費やした稀代の天才、葛飾北斎

 彼が名古屋の西本願寺で描いた大ダルマから200年になる記念として、当時の彼の行動をたどる展覧会が開催されています。

 なぜ名古屋だったのか?どうしてそんなイベントが開催されたのか?
 貴重な作品や資料約150点からうかがえる北斎の意外な計略を、空間として楽しく魅せる造りになっています。


1章 江戸と名古屋のにぎわい

 

まずは江戸のにぎわいからスタート。
(展示風景から)

 将軍のお膝元・江戸は人口100万人を超える、世界でも有数の一大都市となっていました。

 同じく徳川御三家の筆頭、尾張徳川家の城下町であった名古屋も、7代目藩主宗春の時代に文化新興が進められ、江戸・大坂・京都に並び四都に数えられるまでに成長していたそうです。

 いずれの都市も、庶民の生活は安定し、芝居見物や大道芸、寺院の開帳や祭礼から、郊外への行楽、夜の歓楽など、余暇を楽しむ文化も発達します。

 そうした町のにぎわいを表し、時には宣伝を目的とした摺りものも多く制作されました。

 まずは両都市の活況の様子を遺された資料から感じます。
 そこには、北斎をはじめとする絵師たちが活躍する機会が浮かび上がります。

 江戸―芝居町 吉原 見世物天国 浅草・両国!

 

葛飾北斎 「新板浮絵三芝居顔見世大入之図」 文化(1804-18)中期頃
すみだ北斎美術館蔵 ※前期展示

 芝居小屋の並ぶ通りは、ひしめく人々の期待と熱意が画面いっぱいに描かれ、当時の人々にとってどれほどに人気で楽しみにされていたのかが伝わってきます。
 「浮絵」という、遠近法を導入した構図も、新しいものを試みる北斎の先見性を伺わせて・・・。
 ※後期は、歌舞伎とともに「二大悪所」と言われた吉原の風景が見られます。

 

 

葛飾北斎 「絵本隅田川両岸一覧」上冊と中冊 刊年未詳
すみだ北斎美術館蔵 ※前期展示

 隅田川沿岸の散歩も、江戸っ子には楽しく、粋な行楽でした。
 沿道に並ぶ店を冷やかし、橋を渡るいっぱいの人々が描かれます。
 こうした絵本は、江戸の観光ガイドとして重宝されました。
 彩色もきれいに残っていて、見ごたえ十分な冊子です。 
 ※後期には「東都勝景一覧」から、名所の姿を楽しめます。

 

 

葛飾北斎『北斎漫画』 十四編「駱駝」 刊年未詳 すみだ北斎美術館蔵 ※前期展示

 当時は、海外から輸入されたものも、見世物として人気を博しました。
 両国で行われたヒトコブラクダのお披露目が大評判だったようで、好奇心旺盛な北斎のこと、きっと出掛けての描写ではなかったか、と。

 

 珍しいもの、怖いものを観たい心理は、いつの時代でも人間の共通の欲望です。
 化政文化爛熟期には、こやや皮肉や歪んだ嗜好のものがブレイクします。

 もちろん我らが北斎もその空気をいち早くキャッチ。
 のちに代表作のひとつとなる「百物語」のシリーズもこの頃生み出されます。

 

葛飾北斎「百物語 さらやしき」 天保2-3(1831-32)頃
すみだ北斎美術館蔵 ※後期展示

 鶴屋南北の「番町皿屋敷」に基づいた幽霊図。
 皿をつないだ先についたお菊の頭が蛇のようにも見える、独創的な姿は、恐怖とともにどこかユーモアを持っていて、彼の造形力とともに、江戸人の洒落っ気をいかに把握していたかを感じます。


 名古屋―大坂城下に花開く見世物文化

 

森玉僊「名古屋東照宮祭礼図巻」第四巻 文政5(1822)年 名古屋市博物館蔵 (展示部分は前期)

 北斎の名声は全国に響き渡っていた時代。名古屋にも多くの弟子を抱えていたようです。

 こちらは北斎の孫弟子と言われる森玉僊の作品。名古屋のメインストリートの様子が描かれています。
 みごとな藍染の暖簾は伊藤呉服店(のちの松坂屋)のもの。

復刻された団扇絵は鮮やか。
(展示風景から)

 


 彼の作品はほかに、名古屋の名所を団扇絵にしたものがあります。
 全22図のうち原本は5図しか残っていないそうですが、昭和になってから復刻した、鮮やかな色彩のものが、一部紹介されています。(→)

 遠近法を使用した俯瞰で表わされたシリーズは、江戸期の名古屋を知る、貴重な資料でもあります。
   

 このほか、復古大和絵の画家として知られる大石真虎による「開帳夕涼夜景図」(前期展示)や、尾張藩士でもあった高力猿猴庵種信「御鍬祭図略」などでも、そのにぎわいを確認できます。

 

籠細工の獅子が楽しい展示空間♪
(展示風景から)

 

 また、名古屋では、籠細工で奇抜なオブジェ(?)を制作することがブームだったようで、当時の資料から、見世物として展示されていた獅子の籠細工が復元されています。

 高さ212cmもある、巨大な獅子は、今見ても迫力と楽しさ満載です!

 

 

 

 

2章 北斎漫画の誕生

『北斎漫画』誕生秘話を作品で!
(展示風景から)


 北斎が関西旅行の道すがら、名古屋で出会った牧墨僊との交流が『北斎漫画』誕生のきっかけとなります。

 半年間墨僊宅に滞在した北斎がスケッチした人物や動植物を、名古屋の版元永楽屋東四郎が絵手本として出版しました。

 いまもさまざまな版で出版され続けているこの書は、名古屋で生まれたのです。

 『北斎漫画』誕生に関わる人びとやその事績を追っていきます。

 

全15巻一堂展示の『北斎漫画』は壮観です! (展示風景から)

 何よりも見どころは、当時の『北斎漫画』全15冊の一堂展示!
 しかも、通常は捨てられてしまうため、なかなか遺されない、「袋」と呼ばれる販売時に版本を包んでいた包紙まで揃っての紹介です。
 まず再会は難しいだろう、大判ふるまいの展示は必見です。

 

 

葛飾北斎『一筆画譜』 袋 文政6(1823)年 名古屋市博物館蔵

 北斎の一筆書きの教本が入っていた袋。
 内容も、思わず真似してみたくなる面白さです。(会場で!)

 

 

葛飾北斎『北斎漫画』 十二編 天保5(1834)年 すみだ北斎美術館蔵 ※後期展示替あり

 後期はページ替えがありますが、『北斎漫画』の一ページ。
 画力は言うまでもないことですが、何よりもこの本が魅力的なのは、描いている北斎自身が楽しんでいる様子が伝わってくること。
 自分でページをめくれないのは残念ですが(笑)、じっくりご観覧あれ!

 大ヒットを飛ばした『北斎漫画』。
 これを手本に、あるいは触発されて、さまざまな後継が模写や新たな「絵本」を制作します。

 それは工芸にもおよび、『北斎漫画』からモティーフを採った茶碗なども生まれます。
 その影響力を感じさせる作品も見られます。

 


3章 大パフォーマー北斎、大ダルマを描く

 

入り口看板の工夫も楽しい♪
(展示風景から)

 さて、いよいよ一大イベントして歴史に残る、大ダルマを描く北斎を追います。

 これまで活字でしか知られていない活動を、できる限り視覚的に魅せる空間。

 

 そこには、世界で1点しかないものや、近年あまり公開されていなかった希少な肉筆画なども展示される、本展の目玉コーナーです。

 北斎が自らを宣伝媒体に、パフォーマーとしてふるまったのは、まずは江戸でのこと。

 音羽護国寺開帳時に大ダルマを描き、両国回向院では布袋の大画と米粒に雀を描き、あらゆる技を持つこともアピールしています。
 また、史実かは定かでありませんが、将軍家斉の御前で鶏を使って絵を描いたという逸話も残っています。

 会場では、それらを図付きで伝える文献とともに、現代アーティストによる実演の結果も展示されます。

 

米粒工芸職人・あき乃が描く「雀図」の展示。
(展示風景から)
拡大鏡から覗いてみると・・・。
(展示風景から)

 拡大鏡で観られる米粒に雀の画と、将軍の御前で披露したという「竜田川に紅葉の図」の再現映像と、完成品。

 

向井大祐がチャボのピーくんと制作した
「竜田川に紅葉の図」の制作映像と完成品。
(展示風景から)

 チャボの足跡で、川に散る紅葉を表すまでの過程は、(その苦労も含めて)面白く、(完成度はともかくとして)こんなエピソードまで残り、いままたアーティストを刺激する、北斎のキャラクターに改めて感服です。

 

 

 

 


 そして、名古屋でのパフォーマーぶりを。

 

葛飾北斎「北斎大画即書引札」 文化14(1817)年
名古屋市博物館蔵 ※前期展示

 『北斎漫画』販促のために準備されたこちらはなんと!北斎自らが描いた宣伝ポスター!!

 (前期展示でした・・・すみません)

 イベント告知ですから、当然終了後には廃棄されてしまい、現在ほとんど遺っていない貴重な作品。

 一枚20銭で販売された引き札になっています。
 

 

高力猿猴庵著・画『北斎大画即書細図』 文化14(1817)年成立、江戸時代後期写
名古屋市博物館蔵 ※後期展示

 後期には、高力猿猴庵によるパフォーマンスの実況記録が!
 前日の期待高まる城下の様子から、当日開始前の状況、実演の終始に、その後の作品の展示まで、まさに独占密着レポートは、現在の週刊誌などを先取りしているといえましょう。

 

 

いかに巨大なダルマだったかをその目で!
(展示風景から)

 さらに。

 会場には、その大きさを実感してもらうため、実寸大の復元図も置かれています。

 

 あまりの大きさに、一部展示であるのはご愛嬌(笑)。

 

 

 

 

葛飾北斎「面壁達磨図」 文化(1804-18)中頃~文政(1818-30)初
個人蔵 (展示風景から)

 

 また、同時期に描かれた肉筆の達磨図からは、時と場合によって、多様に使い分ける北斎の画力を改めて感じられます。

 

 賛は太田蜀山人のこちらも、貴重な公開です。

 

 

 


 4章 名古屋に残した北斎の足跡

 

北斎を継いだ画師たちが並びます。
(展示風景から)

 こうした画と行動ともに、反響を呼んだ北斎は、名古屋をどのように捉えていたのか。

 そして彼に影響を受けた絵師たちがどのようにそれを継いでいったのか。

 最終章では、北斎の視線と、名古屋で活躍した門下生たちの作品を観ていきます。

 

 

 

 

森玉僊「立美人図」
文化(1804-18)中期
名古屋市博物館蔵
※前期展示 (展示風景から)
森高雅(玉僊)「相撲人形達磨之図」
天保5(1834)年~文久年間(1861-63)
すみだ北斎美術館蔵 ※前期展示
(展示風景から)
「相撲人形達磨之図」部分拡大
(展示風景から)

 『北斎漫画』誕生のきっかけとなった牧墨僊の弟子であった森玉僊の肉筆。
 美人画には、北斎の影響がみてとれます。(※後期は別の作品が展示されます)

 キュートな相撲人形のひと品も玉僊のもの。ただし、署名は森高雅となっています。

 墨僊没後、幕末の変遷の中で名古屋の絵師たちは、次第に浮世絵から離れ、大和絵へと移っていったそうです。


 絵に生きた北斎が、自身と自分の制作物『北斎漫画』の売り込みをかけて仕組んだ、一大パフォーマンス。
 そこに見える、お茶目でしたたかな彼の宣伝マンとしての才能を見られるチャンスです。

 

 すでに後期展示に入って、終了間近。見逃さないで!

 


(penguin) 

 
 
大ダルマ制作200年記念 『パフォーマー北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~』

 

開催期間:~10月22日(日)
会場 :すみだ北斎美術館 (両国)
    〒130-0014 東京都墨田区亀沢 2-7-2
アクセス :都営地下鉄大江戸駅「両国駅」A3番出口より徒歩5分
      JR総武線「両国駅」東口より徒歩9分
      JR総武線「錦糸町駅」北口より墨田区内循環バズで5分
開館時間 :9:30~17:30 入館は17:00まで
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,200円(960円)/高校・大学生と65歳以上 900円(720円)/中学生 400円(320円)/
     障がい者(及び付添者1名) 400円(320円)
     *( )内は20名以上の団体料金
     *小学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-5777-5600(ハローダイヤル)

公式ホームページはこちら

 

 

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江戸から現代へ。美人画の変遷を良作で堪能

 

 

 明治から昭和にかけて、清廉でかつ凛とした中にも、女性としての情念や揺らぎまでを表した美人画を描き、いまなお人気の上村松園

 女流画家の先駆けとして、時代とも戦いながら彼女が遺した数々の美女たちは、鑑賞されるものとしての「美人」から、一個の「女性像」の理想として、美人画の系譜に大きな改革をもたらしたといえます。

 それらはいずれもたおやかな色香と内面からにじみ出る品格を併せ持って、わたしたちを魅了します。

 この松園の美人画を多く所蔵する山種美術館では、コレクション18点全点を一挙公開するとともに、江戸から現代へ、美人画を辿る、華やかな展覧会が開催中です。

 浮世絵から現代の油彩画まで、さまざまな画家による多彩な女性像を4つのテーマで魅せています。

 


第1章 上村松園―香り高き珠玉の美

 

手前から:
上村松園《夕照》、《桜可里》、《新蛍》、
《夕べ》、《春のよそをひ》。
はじまりは松園コレクション。(展示風景から)

 まずは、当館が誇る上村松園コレクションを堪能します。

 山﨑種二の妻がことに好んだこともあり、松園とのつながりは生前から深かったそうです。

 このため、彼女の代表作である《蛍》《砧》《牡丹雪》を含んだ充実の所蔵作品17点が一堂に並びます。

 武家や上流階級の女性から、市井の母・娘、芸妓、物語や歴史上の人物までさまざまな層や年齢の女性たちは、いずれが菖蒲か杜若か。光が画から放たれているような華やかさ。
 
 ふとした時に見せる女たちのしぐさや表情が、細やかに写しとられ、指先や足先にほんのりと添えられた朱が、やわらかい色気を加え、うっとりの空間です。
 
 自身も日本髪を研究し、着物で過ごしたという松園。

 それぞれの階層や時代を反映した髪形や着物の模様や袷せの妙、調度品への心配りも見どころ。

 また、画にとどまらず、表装も大切にしており、取り合わせを楽しんだそうです。
 それぞれの表装の裂地の美しさもお見逃しなく!

 

上村松園 《蛍》 1913(大正2)年 絹本・彩色 山種美術館

 蚊帳を吊る女性が迷い込んできた蛍にふと目を留めた瞬間。
 季節感とともに、風流な日常をストップモーションで捉えます。
 絞りの着物は藍のグラデーションで百合が浮かび、女性の清冽な色香を示します。
 ほのかな蛍の光には金泥が施されています。近くで確認してみて!

 

 

上村松園 《夕照》
 1912-26年頃(大正時代)
絹本・彩色 山種美術館
上村松園 《夕べ》
1935(昭和10)年 絹本・彩色
山種美術館

 左:

 元禄時代の島田髷の女性は、女歌舞伎をイメージしたのでしょうか。紫の頭巾が町屋の女性の紅葉狩りの姿と知らせます。
 菱川師宣の「見返り美人図」を思わせる美しい風俗画です。

 

 右:
 簾をちょっともたげて覗く夏の庭。
 やや砕けた着こなしから覗く襦袢の赤が効いています。
 ちらりと見える足先が見せる色気が納涼にふさわしい一枚。

 

 

上村松園 《つれづれ》 1941(昭和16)年 絹本・彩色 山種美術館

 鹿の子絞りの髪飾りが若い女性を表します。
 くつろいで読書する姿には、少女から女への、爽やかな女らしさが捉えられています。
 浅黄の着物と朱の帯、抑えめの桜と豪華な金地の蝶文の合わせがモダンです。


第2章 文学と歴史を彩った女性たち

 

手前から:
川崎小虎《伝説中将姫》、月岡栄貴《鉢かつぎ姫》
物語とともに楽しむ美人画たち (展示風景から)

 日本では古くから神話や伝説、文学を「物語絵」として描いてきました。

 絵巻がその代表例ですが、その中の登場人物や、情景を描き出すことも画家の想像力を刺激し、画にも遺されます。

 画家たちの創造力を刺激し、その姿をとどめてきた物語や歴史上のヒロインたちの姿を、さまざまな作品で楽しみます。

 

 

 

 

 

上村松園 《砧》 1938(昭和13)年 絹本・彩色 山種美術館

 上村松園の18作品めがここに。彼女の代表作の一枚です。

 九州で、京に上った夫の帰りを待つ妻が、中国の故事に倣い、砧を打ってその音を遠地の夫に届けようとする、謡曲に取材したテーマ。
 「いざいざ砧を打たんとて…」、いままさに砧打ちを始めようとする妻の夫を想う遠いまなざしと、決意を感じさせる凛とした立姿。

 そこには、恋しさとともに、音信のない夫への恨みの念も込められているようで、ハッとさせられる秀作です。


 このほか、
 恋しい若僧を追って大蛇になってしまう、清姫を描いた小林古径《清姫》、
 平清盛の娘徳子の晩年の姿を描いた今村紫紅《大原の奥》
 気品と美貌に和歌や琴の才も恵まれたスーパーレディ、三十六歌仙のひとり《斎宮の女御》を描いた松岡映丘
 歌舞伎の創始者、出雲の阿国を屏風に描いた森田曠平、北斎の娘おゑいを描いた片岡球子など、盛りだくさん。

 

左から:小林古径《清姫》、《寝所》、
上村松園《砧》 (展示風景から)
左から:森村宜永《夕顔》、
小林古径《小督》(左幅)、今村紫紅《大原の奥》
(展示風景から)
手前から:森田曠平《出雲阿国》、小山硬《想》
(展示風景から)

 それぞれの時代の物語を、それぞれの時代の表現で描き出した、多様なヒロインたちを、エピソードとともに楽しめば、時間を忘れます。


第3章 舞妓と芸妓

 

左から:片岡球子《むすめ》、橋本明治《月の庭》、
《舞》、《秋意》、北沢映月《想(樋口一葉)》。
(展示風景から)

 江戸時代から、花魁や芸者など、夜の世界に生きる女性たちは、その美しさとともに多く描かれてきました。

 近代に入り吉原が閉鎖されると、美人画には、舞妓や芸妓が姿を表してきます。

 華やかな衣装、艶っぽさや婀娜っぽさに、秀でた芸を持つ存在は、描く側だけではなく、観る側にとっても楽しく、魅力的な存在です。

 近代から現代にかけて描かれた美人画のうち、このふたつの職業に就く女性たちの表現を観ていきます。

 

 
橋本明治 《秋意》 1976(昭和51)年 紙本・彩色 山種美術館
手前から:橋本明治《月庭》、《舞》(展示風景から)

 くっきりとした輪郭線と平面的で鮮やかな彩色がひときわ目を引く橋本明治の作品は、ひとつのコーナーになっています。

 こちらはポーズを家のお手伝いをモデルにし、次いで浅草の舞妓さん、最後に実在する京都の有名な舞妓さんをモデルに仕上げたものだそうです。
 タイトルの庭は見えず、青白い舞妓さんの姿と、薄の屏風で秋の月を暗示しているのがにくい演出。

 

奥村土牛 《舞妓》 1954(昭和29)年 絹本・彩色 山種美術館

 同じく平面的ながら、やわらかい線で捉えられた舞妓さんは、まだあどけなさやちょっと生意気な様子もあって、愛らしいです。
 黒地に金の鶴の袂の着物と、金糸を織り込んだ白地の帯が、シンプルながら豪華な衣装であることを教えてくれます。
 
 このほか、清冽な上品さと色っぽさを併せ持つことでは松園に並ぶ伊藤深水の美しい《雪中美人》や、小倉亀遊の豪華絢爛な舞妓、芸者の対作品《舞う》など、こちらもあでやかな競演です。

 お気に入りの舞妓さん、芸妓さんを見つけてください。


第4章 古今の美人―和装の粋、洋装の華

 最後に江戸から現代まで、「美人」の系譜を風俗画の視点から概観します。
 

左から:鈴木春信《柿の実とり》、鳥居清長《社頭の見合》、
喜多川歌麿《青楼七小町 鶴屋内 篠原》
江戸期の美人は浮世絵で。(展示風景から)

 それらは単に容姿の美しさだけではなく、その時最先端のファッションや憧れの対象という、アイコンとしても描かれました。

 

 時代を反映しつつ、各々が工夫と創意を凝らした「美人画」の変遷を作品で追います。

 

 

 江戸時代は人気を博した浮世絵から。

 

 

 

鈴木春信 《梅の枝折り》 1767-68(明和4-5)年頃 中判錦絵
山種美術館 ※後期展示9/26-10/22

 江戸中期に活躍した鈴木春信は錦絵の創始者のひとりです。カラフルな多色木版に、若い男女の姿を、淡い色香で描き出し、一世を風靡しました。

 ふたりの少女が塀の外から庭の梅の花をこっそり手折る姿。
 まだまだおきゃんな娘たちは、開花する梅により、これから美しくなっていくことが暗示されます。
 塀の横組みのラインに、肩車(?)する少女の躯体が縦に浮かび上がる、絶妙な構図。

 

 

喜多川歌麿 《青楼七小町 鶴屋内 篠原》 1794-95(寛政6-7)年頃
大判錦絵 山種美術館 ※前期展示-9/24

 春信を継ぐ美人画の絵師と自らも宣言した喜多川歌麿は、さらに女性たちの色っぽさを引き出し、一大スターとなりました。
 小野小町の伝説にちなんで吉原の人気花魁の姿を描いたシリーズのうちのひとつ。
 現在、後期は展示替えの《美人五面相 犬を抱く女》になっています。

 

 

月岡芳年 《風俗三十二相 うるささう 寛政年間処女之風俗》
1888(明治21)年 大判錦絵 ※後期展示9/26-10/22

 幕末に活躍し、最後の浮世絵師と言われた月岡芳年は、市井の女性をクローズアップで描きます。

 「~そう」という様子を表す言葉に寄せて、さまざまな表情を浮かべる明治の女たち。
 活き活きとしてそれでいて妖艶な美女たち、32面相のシリーズから前後期計16点がセレクトされています。

 こちらは猫の心から描いています。猫がかわいくてつい頬ずりする娘、どちらの心理にも共感できて、思わずクスリ、となってしまうウィットに富んだ作品です。

 


 明治・大正期は近代日本画壇を創った人々から。

 

菱田春草 《桜下美人図》 1894(明治27)年 絹本・彩色 山種美術館

 元禄時代の風体の美人たちが花見を楽しむ、典雅な一幅。
 3人の女性の肢体の曲線と着物の色彩が柔らかく、美しい構図です。
 右端から顔を出しているのは犬でしょうか?イタチでしょうか?なんともユーモラスな表情で、楽しいです。

 

 

小林古径 《河風》(部分) 1915(大正4)年 絹本・彩色
山種美術館

 髪を解いた女性が足を水に浸けて涼む、清涼感あふれる一枚。
 淡く滲むような川の流れの描写が、その姿を浮かび上がらせる効果を生んでいます。
 奥村土牛の旧蔵品として知られる作品だそうです。

 

 

池田輝方 《夕立》 1916(大正5)年 絹本・彩色 山種美術館

 二曲六双に描かれた江戸の夕立の風景。
 舞台のひとシーンを描いたような人物のポーズが印象的です。

 このほか鏑木清方による雑誌の口絵や彩色画も、明治の空気を伝えます。

 


 昭和に入ってからは、油彩画も含めて個性的な美人像が並びます。

 

和田栄作 《黄衣の少女》 1931(昭和6)年 カンヴァス・油彩 山種美術館

 弟子の娘を描いたという一作は、赤い背景に、黄色いワンピースが眩しい油彩画。
 陽に焼けた肌のつやが健康的で、焦点の合わない瞑想的な表情が、少女と女のあわいを浮かび上がらせています。

 このほか、伊藤深水のステキな3点もおススメ。(ぜひ、会場で!)

 

左から:京都絵美《ゆめうつつ》、北田克己《ふゆまどひ》
現代の日本画家による女性像も。(展示風景から)


 第2室では、現代アーティストの作品も紹介されます。

 

 北田克己《ゆふまどひ》京都絵美《ゆめうつつ》は、山種美術館の幅広い日本画収集の現在をも感じさせて、興味深いです。


 

 

 ただ観ていても、その美しさが悦びをもたらす美人画。
 テーマと時代の中で画家が何を追い、何を表してきたのか、見比べるのもまた一興です。 

 

 

【おまけ】

お菓子もたおやかで彩り豊か♪

 

 恒例のお菓子も、松園をはじめ、古径や明治の作品をイメージ。

 

 美人の要素、味覚でも味わって(笑)!

 

 

 

(penguin)

 
 
 
『[企画展] 上村松園 ―美人画の精華―』

 

開催期間:~10月22日(日)
会場 :山種美術館 (恵比寿)
    〒150-0012 東京都渋谷区広尾 3-12-36
アクセス :JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分
      恵比寿駅西口より日赤医療センター前行都バス(学06番)、「広尾高校前」下車、徒歩1分
      渋谷駅東口ターミナル54番乗り場より日赤医療センター前行都バス(学03番)、
       「東4丁目」下車、徒歩2分
開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,000円(800円)/大高生 800円(700円)
     *( )内は20名以上の団体料金
     *障がい者手帳、被爆者健康手帳の提示者および同伴者1名の料金は無料
     *中学生以下無料
     *きもの割引 会期中きものでご来館の方は団体料金になります
     *リピーター割引 本展使用済入場券(有料)のご提示で会期中の入館料が団体料金になります
お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)
公式ホームページはこちら


 

『[企画展] 上村松園 ―美人画の精華―』
招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)


応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。

《申込締め切り 10月14日(土)》
お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙
!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに!!

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〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F
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近代を代表する洋画家が遺した可能性

 

 


 日本近代の洋画壇で、東の黒田とならび、西の先覚者として活躍した浅井忠

 フォンタネージから洋画を学び、内国勧業博覧会などに出品、その活躍により、東京美術学校(現・東京藝術大学)の教授になります。

 1900年にパリに留学、世紀末パリに流行していたアール・ヌーヴォーに触れ、デザインに対する造詣を深めた彼は、2年後に帰国してからは、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)で初代図案化教授となります。

 

 以後、亡くなる1907年まで、京都で教鞭を執り、関西洋画壇の発展に尽力しました。

 教育者としても優れており、教え子からは、安井曾太郎や梅原龍三郎、石井柏亭など、次代をリードする画家たちが輩出されています。
 

 同時に、陶芸家や漆芸家と図案家を結ぶ団体も設立、自らもアール・ヌーヴォーや琳派、大津絵などから斬新なデザインを考案し、京都工芸界に新しい風をもたらしたのです。


 この浅井の京都における活躍をたどる展覧会が、泉屋博古館の本館での開催の後、東京の分館に巡回中です。

 注目は、共催者の京都工芸繊維大学の美術工芸資料館が保管する、浅井をはじめ鹿子木孟郎や都鳥英喜ら、教授たちの多彩な足跡を伝える美術工芸品や、彼らが「教材」として使用した、当時の欧米や日本の工芸品。

 これまであまり紹介されることのなかった、美しく貴重な作品が並ぶ空間は、創作と教育、支援と鑑賞、美術品が持つ多様な役割を浮かび上がらせるとともに、明治という時代に彼らが獲得し、生み出していこうとしていた「美」と「文化」への熱気を感じさせます。


第一章 はじまりはパリ 万国博覧会と浅井忠

 

はじまりはアール・ヌーヴォーのポスターで。
(展示風景から)

 世紀末を迎えた1900年のパリ万博は、産業や交通網の発達により、過去最大規模の活況を誇りました。

 それは、アール・ヌーヴォー華やかなりしとき。

 芸術部門では、装飾芸術が注目され、「アール・ヌーヴォーの勝利」とまで称された内容でした。

 この場に立ち会った浅井は、日本洋画の浅薄を痛感するとともに、西洋の美術工芸品が日本の意匠を自国に合うように昇華させていることに衝撃を受けます。

 この地で、京都に工芸学校を設立を準備していた中澤岩太に出逢い、彼から図案科成就の就任を依頼されたことが、浅井の京都移住の道を拓きました。

 まずは、帰国する浅井が、教育者として教材とするために収集し持ち帰った品々を確認します。
 

アルフォンス・ミュシャ 《椿姫》 1896年
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵

 

 当時パリの街を飾ったであろうポスターは、状態もよく、世紀末パリの華やぎを伝えます。

 

 万博で人気だった陶磁器の数々も持ち帰りました。

 ショワジー・ル・ロワ(フランス)、ジョルナイ(ハンガリー)、エミール・ミュラー(フランス)など、形も意匠も釉薬の妙もすばらしく、浅井の鑑識眼を感じます。
 これらは宮川香山をはじめ、日本の陶芸家たちにも大きな影響を与えたといいます。

 

ショワジー・ル・ロワ 《魚藻文花瓶》
1902以前
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
ジョルナイ工房の作品たち
(展示風景から)

 

 そしてここでの見どころは、ティファニー(アメリカ)のガラス器コレクションです。
 アクセサリーがよく知られていますが、ガラス工芸で名を成したこのブランドの最も特徴的と言われる玉虫色の光彩を持つ小器が一堂に並ぶケースは必見です。

 

ルイス・C・ティファニー 《花形ガラス花瓶》
19-20世紀
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
七色に光る形もさまざまなティファニーガラス器作品たち
(展示風景から)

 繊細で美しい花瓶とともに、京都工芸繊維大学のこれらのコレクションは国内でも有数のものだとか。
 妖しい輝きと精妙な造形にうっとりしてください!


1900年パリ万博の貴重な映像が観られます
(展示風景から)

 

 

 また、会場にはパリ万博の様子を録画した映像も流されています。

 

 これも彼らが当時持ち帰った貴重な記録。
 一見の価値ありです!

 



 

第二章 画家浅井忠と京都画壇の流れ

 

浅井の風景画が並ぶ。(展示風景から)

 朝井の渡仏は45歳の時。

 

 遅まきの欧米デビューは、すでに国内では一定の評価を得て、信頼も厚く、その制作スタンスも落ち着いていた時期といえます。

 このためか、フランスで当時隆盛していた絵画にはあまり関心を持たず、各国の芸術家が集まっていたパリ郊外の村、グレーの自然の風景と明るい光に惹かれたといいます。

 透明感のある明るい空気をとらえた作品が多く描かれました。特に水彩画に傑作を多く遺しています。

 ここでは、グレーや帰国後の日本の風景画とともに、開校当時の京都高等工芸学校で共に教鞭を執った画家たちの作品を観ていきます。
 

浅井忠 《グレーの森》 明治34(1901)年 泉屋博古館 分館蔵

 この時期の風景画は、しっかりとした構図と、柔らかく澄んだ彩色で本当に素晴らしいです・・・。
 殊に水彩の作品は、いまもみずみずしく、魅せられます。

 

大作を下絵の数々とともに。(展示風景から)


 宮内庁からの要請で描かれた、東宮御所壁画綴織のための下絵も公開されています。

 

 彼の京都時代の、そして晩年の最大級の作品は、緻密な下絵の数々と紹介され、その時間と労力を感じさせます。

 

 

 

浅井忠 《武士山狩図》 明治38(1905)年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
鹿子木孟郎 《加茂競馬》 大正2(1913)年 個人蔵(泉屋博古館寄託)

 


 特別出品(ホール)

 

ホール展示風景

 ホールには、浅井が審査員を努め、出品・受賞もしていた内国勧業博覧会から、中澤岩太が審査部長を務めていた第5回内勧博を偲ばせる作品が並んでいます。

 

 欧米の万博を参考にしたこの催しは、国内産業の振興と民衆の教化、そして近代国家としての姿をアピールするために、国家主導で絵画、工芸の精華が集められました。

 そこには、後援者としての事業家の存在も重要であり、住友春翆もパトロンの代表として、多くの作品を購入しています。



第三章 図案家浅井忠と京都工芸の流れ

展示室Ⅱの展示風景


 パリ万博で、花鳥風月や武者絵などの伝統的なモティーフをあしらった「ジャポニスム」の限界と、新しい意匠の必要性を感じた浅井は、志を同じくする中澤や他の美術家たちと、京都で研究・教育にはげみます。

 図案家としての浅井のスタートは絵はがきや雑誌の表紙・挿絵などのグラフィックだったそうですが、やがて京都の工芸家たちとも連携して、新しい図案やその工芸作品を生み出しました。

 西洋だけではなく、日本の伝統的な様式美にも注目し、琳派や大津絵なども引用して、独自の表現を獲得していきます。

 浅井が工芸家たちと協働した精華を楽しむコーナー。
 

浅井忠 《梅図花生》
明治35-40(1902-07)年
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
浅井忠図案 杉林古香製作 《朝顔蒔絵手箱》
明治42(1909)年
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵

 伝統美と斬新さが共存する意匠が、巧みな工芸家の技術によって、みごとな作品に仕上がっています。


 あるものは軽やかなリズムを持ち、あるものは精緻な美を誇り、あるものは楽しげなユーモアとともに、あるものは愛らしいシリーズで、あるものは大胆な構図で、ワクワクする楽しさです♪

 

迎田秋悦 《秋草蒔絵文台・硯箱》
明治後期-昭和初期 泉屋博古館分館蔵
(展示風景から)
浅井忠図案 迎田秋悦 《野分蒔絵文庫》
明治39(1906)年以降 個人蔵
(京都工芸繊維大学美術工芸資料館寄託)
(展示風景から)
浅井忠 《文庫図案 猪図》
明治38(1905)年
 京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
(展示風景から)
清水六兵衛(五代) 《草花替わり蓋物向付》 大正時代
個人蔵 (展示風景から)
浅井忠図案 清水六兵衛(四代)製作 菊文様皿》
明治40(1907)年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵
(展示風景から)

 

浅井の図案集(展示風景から)

 


 図案集も、多様なモティーフを表し、彼のセンス満開の空間。

 

 


 殊におススメは、彼の図案を迎田秋悦が蒔絵にした《七福神蒔絵菓子器》と、浅井の日本画《鬼ヶ島》

 

浅井忠図案 迎田秋悦制作 《七福神蒔絵菓子器》 明治42(1909)年
京都工芸繊維大学美術工芸資料館蔵 (展示風景から)

 

浅井忠 《鬼ヶ島》のうち左幅 明治38(1905)年
個人蔵
(京都工芸繊維大学美術工芸資料館寄託)
しょぼくれた鬼が楽しい、2双幅揃いの展示。
(展示風景から)

 いずれもユーモアあふれる神や異人や動物を描き出していて、持って帰りたくなります…。

 この章では、もうひとつ面白い展示をしています。

住友家の欧州陶器とくらべっこ。(展示風景から)


 住友春翆のコレクションと、浅井たちが蒐集したものをティーポットとティーセットで比べます。

 伝統的なヨーロッパ陶磁器と、世紀末パリを席巻した陶磁器、精緻とモダン、それぞれの魅力を見つけて。

 


 最後に春翆の花瓶コレクションが紹介されます。

 

板谷波山 《葆光彩磁珍果文花瓶》(重要文化財) 大正6(1917)年
泉屋博古館分館蔵

住友春翆のコレクションが並ぶ。(展示風景から)
初代宮川香山 《窯変小花瓶》 明治時代
泉屋博古館分館蔵 (展示風景から)

 初代宮川香山の幅広い作風のラインナップや板谷波山の重文作品など、見 ごたえ充分ですが、中でも9種の釉薬を使い分けた香山のミニチュア花瓶《窯変小花瓶》がかわいいです。


 図案科発足後、あまりにも早かった彼の死。

 その後、まずはじめに刊行されたのが図案集であったほどに、晩年の彼のデザイナーとしての活動は大きかったのです。

 明治を駆け抜けた、画家にしてデザイナーの先駆、浅井忠が京都に残した遺産は、いまもなおその斬新さでわたしたちを魅了します。

 伝統工芸の伝承危機が叫ばれている現代、その魅力は、改めてその可能性を提示してくれたような気がしました。

 10/13まで。お急ぎください!

 

(penguin)

 
 

『特別展 浅井忠の京都遺産』
 
開催期間 :~10月13日(金)
会場 :泉屋博古館 分館 (六本木)
    〒106-0032 東京都港区六本木 1-5-1
アクセス :東京メトロ 南北線 「六本木一丁目」駅下車
        北改札正面出口より屋外エスカレーターで3分
      東京メトロ 日比谷線 「神谷町」駅下車、4b番出口より徒歩10分
      東京メトロ 銀座線 「溜池山王」駅下車、13番出口より徒歩10分
開館時間 :10:00~17:00 (入館は16:30まで)
休館日 :毎週月曜日(10/9は開館)、10/10
入館料 :一般 800円(640円)/高大生600円(480円)/
     *( )内は20名以上の団体料金
     *中学生以下は無料
お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

ホームページは こちら

 

 

『特別展 浅井忠の京都遺産』
招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)


応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。

《申込締め切り 10月4日(水)》
お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙
!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに !!

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〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F
電話03-4226- 3009
050-3488-8835

 

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ささやきに耳をかたむけるプロムナード空間

 

 


 埼玉県立近代美術館では、静謐で濃密な空間が展開されています。

 それは、版画家・駒井哲郎の個展。

 東京・日本橋に生まれ、幼少から「絵画」ではなく「銅版画」に強く魅せられた彼は、生涯その繊細な感性と自由な発想で、版画作品における表現を追求し続けました。

 生み出された作品は、あるものはかわいらしく、あるものは哀しげで、あるものは不気味さを湛えて、静かなささやきで語りかけてきます。

 観る者はその詩情に、深層を見いだし、夢に漂い、幻想にあそび、物語を紡ぎます。
 
 言葉にならないことばを発する、ささやかで、それでいて印象深い作品の数々。
 美術館が寄贈を受けて所蔵する約100点のコレクションを中心に、初期から晩年までの足跡をたどります。

 同時に彼が影響を受けたアーティストたちの作品も紹介されて、戦後日本の銅版画の先駆者、駒井の創作の世界をより豊かに感じられる造りになっています。


第1章 夢の始まり 1935-1953

 

夢や幻影に変化した頃の作品(展示風景から)

 まずは、若き日の作品から。

 1938年に東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学したころは、具象的な風景を緻密な線で描いていました。

 戦後その作風が心象的な世界に変化して、サンパウロ・ビエンナーレで在聖日本人賞を受賞します。

 初期の風景作品から、受賞作を含む幻想的風景、そして、初めての詩画集『マルドロオルの歌』の挿画制作までを追います。

 

 
貴重な初期風景作品(展示風景から)
『マルドロオルの歌』と挿画の版画作品
(展示風景から)

 戦時中は空襲に遭い、自宅とともに作品のほとんどが失われたそうで、初期の作品は貴重な出逢いです。

 49年、戦後自宅に新たなアトリエを建てて取り組んだ制作は、自己の内面や夢を見つめ、それらを表現へと昇華させていく、駒井の特徴ともいえる世界が現れます。

 「夢と現実。私にはそのどちらが本当の実在なのかいまだに解らない。」と後年述べる彼にとって、その世界は、幻想ではなく、リアルな手ごたえを持ったものであることがわかります。

 そんな作品のうち、《束の間の幻影》がサンパウロ・ビエンナーレでの受賞となりました。

 モノクロのトーンの中に、街のような建築物と、空に浮くバルーンのような幾何学体。
 ふと眼を逸らすと、その姿は消え、あるいは新しい形態が生まれるかもしれない、静止と生成を孕んだ不思議な温度を感じる作品。

 版画家・駒井哲郎の国際的なデビューです。


第2章 夢のマチエール 1954-1966

 

マチエールを追求した作品群(展示風景から)

 1954年にフランス政府の私費留学生試験に合格、約1年半間、パリに滞在します。

 フランス国立美術学校に入学、数々の西洋銅版画の傑作に触れ、技法を学びますが、同時にその伝統と豊かさに圧倒され、自信を失って帰国します。

 ここでは、失意の中から、より強固な表現を求めた模索の様子を観ていきます。

 これまで、精緻に構成されていた画面に、筆の跡や勢いがそのまま表された作品が生まれてきます。
 リフトグランド・エッチングと言われる技法で、にじみやかすれなどが生々しく画面に留められます。

 銅版画のマチエール(画面の肌合い、素材感)に自らの心のイメージをとどめようとした探究から生まれた作品は、静かな詩情はそのままながら、そこに感情の揺らぎを封じ込めたよう。

 そして、この自信喪失と模索から脱するきっかけとなったのが、詩人・安東次男とのコラボレーションで制作した詩画集『からんどりえ』でした。

 

詩画集『からんどりえ』(展示風景から)

 フランス語の「カレンダー」をタイトルに持つこの詩画集は、彼の代表作となります。

 詩人が生み出した言葉と格闘しながら、マチエールにこだわったイメージは、単なる挿絵を超えて、互いに響き合い、まさにふたつの表現手段が奏でるみごとな「詩(うた)」に昇華しています。

 この協働の精華は、もう一冊『人それを呼んで反歌という』にも結実します。
 

 

詩画集『人それを呼んで反歌という』(展示風景から)

 どちらも詩画集のための作品を単独の版画作品にしたものも展示され、言葉と並んだときとの魅力の違いを見比べられるもの嬉しい内容です。

 



 また、ここでは、モノクロームだった画面に彩色が現れてくるものや、ちょっと不気味な水棲生物の姿などの作品も楽しめます。

 

 

 

小部屋に区切られた空間が嬉しい
(展示風景から)
淡い彩色が美しい作品たち
(展示風景から)
不気味で楽しい水棲生物たち
(展示風景から)

 軽やかな水性絵具が刷られた《妖(艶)》、サンドペーパーによるエッチングの《貝》、カラー・アクアチントの《蟹》など、さまざまな技法や素材から生みだされた、多様な表現を楽しんで。


第3章 敬愛する美術家たち

 

駒井の愛する美術家たちとともに。(展示風景から)

 この章では、駒井が敬愛し、あるいは影響を受けたアーティストたちの作品が並びます。

 

 子どもの時から書籍や雑誌を通じて憧れていた恩地孝四郎、フランスに渡ったときに出逢った長谷川潔、そしてその表現に自己の内面を表し、音楽や文学に造詣を持っていた西洋画家のオディロン・ルドンパウル・クレージョアン・ミロ

 

 彼らについては、多くのコメントを残してもいます。

 

「一木会」の版画を入れた袋と寄書。
駒井と恩地の名が見られます。
(展示風景から)
ルドンの並ぶコーナーも見ごたえたっぷり。
(展示風景から)

 恩地を中心として結成された版画研究会「一木会」に参加した際の寄書やそこに載せた駒井の作品と並ぶ彼らの版画作品はいずれも、それぞれに深い精神性を静かな画面に表わして、創作スタンスの共通点を感じさせます。

 豊かに拡がる内面の表象が共鳴し、重層的な厚みをもたらしていて、ワクワクする空間です。
 

第4章 夢の解放 1967-1975

 

晩年の風景作品たち。(展示風景から)

 詩画集により高まった評価は、駒井を多摩美術大学教授に、ついで東京藝術大学教授への道を開きます。

 1970年以降、後進の指導に当たりながら、埴谷雄高の小説に関連した作品や金子光晴の詩画集の挿画を含め、本の装丁や挿画など、積極的に制作をします。

 しかし、74年、舌癌の診断を受けた彼は、放射線治療を受けながらも制作を続け、パリに長谷川潔を訪ねたりもしますが、翌76年にわずか56歳でこの世を去りました。

 その死までの晩年の作品を観ていく章。

 自らの死期を察していたかのように、晩年の彼は、若き日のような、精密なエッチングで写実的に風景や樹木を捉える、銅版画の基本的な技法の作品を遺しています。

 同時に、とても造形的なカラフルなモノタイプ(1枚刷りの版画)の作品も制作しています。

 そのひとつ《星座》は、濃紺の宇宙に浮かぶさまざまな形態、カラフルな彩色は星雲のイメージでしょうか。
 これもまた、駒井の心にある宇宙に結ばれた星座なのです。
 星々のざわめきが聴こえてきそうな一枚です。

 


 対照的なふたつの作品群はいずれも、どこか幼年の心が躍っているようで、基本に戻り、色彩にあそんだ、彼の深層をのぞいているような気持ちになります。

 ストイックな追求心を自由に羽ばたかせた、まさに「解放」の世界だと・・・。 


第5章 夢が生まれた場所

 

制作風景を取材した雑誌とともに。
(展示風景から)

 最終章では、駒井が愛用したモノたちや、世田谷のアトリエでの制作風景を取材した雑誌などが紹介されます。


 作品にも表れる帽子、制作に使用したビュランやニードル、そして何よりの見どころは、30歳の時に、自らが設計し、工場に特別注文して造らせたオリジナルのプレス機です。
 

 

 

 

 

 

 

今も刷ってみたくなるプレス機(展示風景から)

 それから10年、6畳の小さなアトリエとこのプレス機が《束の間の幻影》『からんどりえ』などの代表作を生み出したのです。

 木材で台座も自作したというこのプレス機、アトリエ改築の際に新しいものに換えたそうですが、よくぞ残っていたな、と。

 シンプルな造りながら、それゆえに彼が望んだ機能性を感じさせて、駒井哲郎という、静かな詩情で“こころ”を刻み続けた版画家の人となりの一部を表しています。


 わたしたちが「夢」とよび「幻想」と名づける世界を、「現実」と並行してリアルに生きた駒井哲郎。
 ちょっと深呼吸して、その夢の散策から生み出されたざわめきやささやきに、眼と耳をかたむけてみませんか?

 


(penguin)

 
 
『駒井哲郎 夢の散策者』


開催期間 :~10月9日(月・祝)
会場:埼玉県立近代美術館(北浦和)
   〒330-0061 さいたま市浦和区常盤9-30-1
アクセス:JR京浜東北線北浦和駅西口より徒歩3分(北浦和公園内)
開館時間:10:00~17:30
     ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(10月9日は開館)
観覧料:一般1000円(800円)/ 大高生800円(640円)
     *( )内は20名以上の団体料金
     *中学生以下と障害者手帳をご提示の方(付添い1名を含む)は無料
     *併せてMOMASコレクションも観覧可能
お問い合わせ :Tel.048-824-0111

美術館サイトはこちら

 

 

 

『駒井哲郎 夢の散策者』
招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)


応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。

《申込締め切り 9月29日(金)》
お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙
!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに!!

美術ACADEMY&SCHOOL チケットプレゼント係
〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F
電話03-4226-3009
050-3488-8835

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“写狂老人”アラーキー、「私写真」の原点と今を観る

 

 

 1960年代から「私写真」を掲げ、さまざまなテーマや多岐にわたる手法で写真を撮り続け、“世界のアラーキー”として評価を受ける荒木経惟。

 これでまでに発表した写真集は500冊を超え、いまなおその衰えぬ制作意欲で作品を生み出しています。

 

 その最新作の初公開を含んだ個展が、東京都写真美術館にて開催中です。

 膨大な作品から、妻「陽子」をテーマにしたものに焦点をあてた「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971 - 2017 -」は、総合開館20周年を記念する展覧会の最期を飾るものでもあります。

 展覧会タイトルは、その始まりから現在も続く陽子への愛が生み出す「私写真」に迫ることを示します。

 会場は、写真集ごとに部屋が分けられ、じっくり作品と対峙しながら、「センチメンタルな」荒木の心中を旅する空間になっています。


1.プロローグ

貴重なポジ原版は必見!(展示風景から)


 荒木が陽子と結婚する前の、恋人同士であった頃の貴重な写真が、世界初公開されます!

 広告代理店時代の社内報の写真や、ふたりのデート風景など、“作品以前”ともいえそうな素の雰囲気が、懐かしさとやさしさを持っています。

 ここでは、ポジ原版のまま展示される100点にご注目。

 

 

〈愛のプロローグ ぼくの陽子〉1968-1970年 より

 

〈愛のプロローグ ぼくの陽子〉1968-1970年より ポジ原版100点!

 


2.センチメンタルな旅

全作品が並ぶ空間は圧倒的。(展示風景から)

 

 1971年に私家版として出版された『センチメンタルな旅』は、「彼女によって写真家になった」と荒木自身が語る妻・陽子との結婚式から新婚旅行を撮ったもの。

 

 

 

宣言も拡大展示されます。(展示風景から)

 

 


 序文に「私写真家宣言」が付されたこの作品が、彼の原点になりました。

 その後も陽子は彼にとって最も重要な被写体であり、90年代の彼女の死を超えてなお、作品の大切な要素であり続けます。

 当館所蔵のオリジナルプリント108点が全点展示される空間は圧巻です。

 新婚旅行を綴る写真には、何気ない風景も捉えられていて、「文字のないものがたり」が展開します。

 

 

〈センチメンタルな旅〉 1971年 より 東京都写真美術館蔵


〈センチメンタルな旅〉 1971年より 東京都写真美術館蔵
この写真集を知らしめた代表作


3.東京は、秋

ふたりの会話とともに楽しむ。(展示風景から)

 

 広告代理店の退職金で購入したカメラ(アサヒ・ペンタックス)で撮った東京の風景が並びます。

 皇居を背景にしたカップルの大型プリントには、この写真を見ながら話したふたりのやり取りが壁に記されているのが楽しいです。

 さまざまな貌を見せる東京の切り取りは、彼が言う「人間の散らばり具合」を感じさせる、光と影が、美と醜がないまぜになって、人のいとなみを感じさせます。

 

 

〈東京は。秋〉 1972-73年より

 

4.陽子のメモワール

陽子のさまざまな姿態が並ぶ。(展示風景から)

 

 新婚旅行と帰ってからのふたりの日常から、陽子を追っていきます。

 ときに朗らかに、ときにクールに、ときにエロティックに、ときにアンニュイに…。

 生活の中で捉えられるさまざまな表情の陽子は、そのままに「人が生きていくこと」を、愛とともに写し出しています。

 

 

〈わが愛・陽子〉 1968-1970年 より
〈愛のバルコニー〉 1985年 より

 

ひときわ美しいアップが並ぶコーナー。(展示風景から)
「今、陽子でいちばんに選ぶとしたらこれ」と荒木氏ご本人
会場にて


5.食事

手料理の接写が並ぶコーナー。(展示風景から)


 陽子の手料理を撮り続けた写真が、いちコーナーを形成します。

 それは、生と性という、人間の根本的な欲望を象徴し、なおかつ料理という人間の技をも示していて、強烈な強さを放ちます。

 カラーからモノクロへの変遷は、陽子が病を得ての退院後を隔て、 限りなく生を促がす食事に、死のイメージをまとわせています。

 

<食事> 1985-1989年 より

 

6.冬の旅

展示風景から

 

 陽子の生前最期の誕生日から、闘病生活を経て、その死と葬儀後までを撮ったもの。

 ひときわ静謐な空気を湛えるこの部屋。

 入院時の陽子、術中に眺めた空、見舞いに行く自分の影、死の際に咲いたこぶしの花、葬儀の風景、飼い猫チロの姿で、深い悲しみを表現しながら、同時に突き放して捉えてもいるのが、切なくなります。

 電車の中吊りや、枯れ枝の向こうの観覧車などへの眼差しが、なおさらに生と死、聖と俗を変わらずひとつものとして捉える荒木の悲痛な感情を伝えます。


 雪に跳ねるチロの姿を写した最後の1枚には、「生きていくことを促がされた」という本人の言葉どおり、哀しみを負って踏み出そうとする心情がこもっていて、泣きそうになりました…。

 

〈冬の旅〉 1989-1990年 より

 

7.色景

 陽子の一周忌を迎えて、彼女のピンクのコートを着てその遺影とともに写るセルフポートレート1点。
 ここからモノクロームになっていた彼の世界はふたたび色彩を取り戻していくことを象徴します。


8.空景

〈空景〉 1989-1990年の展示風景

 

 「妻が逝って、私は、空ばかり写していた」という、自宅のバルコニーから撮られたモノクロームの写真にペインティングしたものが面として展示されます。

 絵画的ともいえる作品群は、彼の喪失感や怒りなど、行き場のない感情の吐露そのままのようです。

 

 



9.近景

〈近景〉 1990-1991年の展示風景

 

 ふたりで生活していた自宅バルコニーのモノを接写した作品。

 倒れたまま放置された植物、ふたりのスニーカー、萎れた花などが示すのは、時を止め、過去となった思い出たち。

 そこには、哀しさとともに、もう一度陽子の存在を確認していくような、一歩一歩を感じます。

 


10.遺作空2

〈遺作 空2〉 2009年の展示風景

 

 陽子の死を見つめながら写真を撮り続けた荒木は、2008年に自らも前立腺癌を患い、自身の死も意識するようになります。

 復帰後、発表されたこの作品は、「空2(そらに)」と名づけられ、現実の模倣である写真の空に、何かを描くことで「もうひとつの私の空」を創ることを表しているのだそうです。

 “死”をもう一重抱えることで、その重さを感じつつも、どこか突き抜けたものを感じさせます。

 ちょうど〈空景〉と向かいわせに展示され、ふたつの死の表象の差異を確認できて印象的な空間です。

 

〈遺作 空2〉 2009年 より


11.三千空

〈三千空〉 2012年 より

 

 バルコニーから撮った空の写真をスライドショーとして発表したもの。

 3000カットを超える作品からなり、4時間以上に及ぶ大作、お時間の許す限りご堪能あれ。

 



12.写狂老人 A 日記 2017.1.1-2017.1.27-2017.3.2

展示風景から

 

 新作の初公開です。

 2017年の元旦から、陽子の命日を経て、愛猫チロの命日までを実際の日付で撮影したキャビネ判のインスタレーションは、その数742点!

 

 

 

「いつか唇に色を付けるかもしれない」と、
自作のリトグラフの前で

 

 

 日々さまざまな被写体を撮影し、彼が描いた陽子の肖像のリトグラフをはさんでその順序のままに並べられます。

 

 

ぜひ近寄って1点1点を!(展示風景から)

 

 

 

 

 

 

 

 江戸の天才浮世絵師、葛飾北斎に自らをなぞらえたタイトルを持つ新作は、まさに融通無碍。

 

 花あり、食べ物あり、街の風景あり、空あり、ヌードあり、本のページあり・・・日常と非日常が等価に浮かび上がってきます。


 ※同時開催の東京オペラシティでは、結婚記念日である7月7日のみの作品が展示中です

 

 

〈写狂老人 A 日記 2017.1.1-2017.1.27-2017.3.2〉 2017年 より


13.愛しのチロ

〈愛しのチロ〉 1988-2010年の展示風景

 陽子の死後も家族としてともに生きてきた愛猫チロ、彼女もまたその死まで荒木の大切な被写体でした。

 さまざまな姿態を捉えたポラロイド作品200点が一挙公開されます。
 22歳という大往生を遂げたチロは、賢そうな表情や愛らしいしぐさで、魅了します。
 

〈愛しのチロ〉 1988-2010年 より

 

14.エピローグ

 
 
〈荒木陽子全愛情集〉 2017年

 


 今年7月7日に刊行された陽子の著作集『荒木陽子全愛情集』を写した一枚が見送ってくれます。

 そばにいるのは、赤鬼のような荒木の姿。
 なんだかとっても嬉しげです。

 もちろんこちらも初お披露目。

 

 

 

 

 


 2020年に向けて、まだまだ意気盛んなアラーキー。

 

変らぬユーモアと情熱で会場を廻る荒木氏


 生と死も、聖と俗も、滑稽と悲哀も、等しく見つめるまなざしが、人間の存在そのものを写し出す、荒木のたくましくも繊細な感覚。

 

 「私写真」のパワーを、改めて実感してください!

 

 

 

 

 

(penguin)

 
 
 
 
 
『荒木経惟 センチメンタルな旅 1971- 2017-』


開催期間 :~9月24日(日)
会場:東京都写真美術館(恵比寿)
   〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
アクセス:JR恵比寿駅東口より徒歩約7分、東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩約10分
      ※駐車場はありません。近隣の有料駐車場をご利用ください
開館時間:10:00~18:00 (木・金は20:00まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(9月18日は開館)、9月19日(火)
観覧料:一般900円(720円)/ 学生800円(640円)/中高生・65歳以上700円(560円)
     *( )内は20名以上の団体料金
     *小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害をお持ちの方とその介護者は無料
     *第3水曜日は65歳以上無料
お問い合わせ :Tel.03-3280-0099

美術館サイトはこちら

 

 

 

『『荒木経惟 センチメンタルな旅 1971- 2017-』
招待券を10名様へ!!(お一人様一枚)


応募多数の場合は抽選の上、
当選は発送をもって代えさせていただきます。

《申込締め切り 9月12日(火)》
お申し込みは、ticket@art-a-school.info まで 手紙
!!希望展覧会チケット名、お名前、送付先のご住所を忘れずに!!

美術ACADEMY&SCHOOL チケットプレゼント係
〒102-0083 千代田区麹町6-2-6 ユニ麹町ビル4F
電話03-4226-3009
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古美術品と食文化との円環を楽しむ

 

 


 根津美術館が連続企画として展開する「やきもの勉強会」。

 今年のテーマは、陶磁器の歴史や製法などではなく、今に伝わる作品から、当時の人々がどのような目的で制作し、実際に使用してきたのか、という身近な視点からアプローチします。

 

 人々が生活する上で欠かせないお皿、いまでこそ当たり前のように食卓にはさまざまな皿が並びますが、「盛る」という食事の文化がいつ頃から現れたのかは、実はよく分かっていないのだそうです。

 

 

 

 

展示風景から

 中国や日本の陶磁器から皿に注目、食のシーンを表した画や綴られた書簡などとともに、「食卓の物語」からその魅力に迫る展覧会の内容です。




 
展示室1・2

大皿のはじまりはいつ?/中国で流行した蓮弁文の皿

 

展示風景
まずは盆のように使用されたと思われるものから。


 古代土器にも見られるように、酒や水を注ぐ器や杯は早くから使用されていたようですが、盛る器は見られないのだとか。

 盤のような器が、小さな杯を置いた形で出土していることから、当時は皿ではなく、お膳のように使用されていたことがうかがえるそうです。

 また、6世紀ころから中国では蓮の花弁文様のある大皿が作られていました。これも花弁の上に置かれていたのは、杯であった可能性が高いそうです。

 まずは、そのように膳として使用されていたと考えられる皿を、9世紀頃の日本の須恵器や唐三彩、可憐な白磁で確認します。


小皿が重宝された時代/イスラムで好まれた大皿

 

展示風景から
持つもの大変そうな大皿の青磁は壮観!

 盛る器としての皿と、各自が食する際に使用した小皿の存在は、12世紀の中国では、遺された壁画からうかがえます。

 日本では、青磁の大皿のほかには、漆器が使用されることが多かったようです。

 やきものの小皿に料理を盛る姿は、絵巻に描かれているところから、鎌倉や博多から多く出土した青白磁や白磁の小皿が相当するとされています。

 また、宋時代に作られた中国の超大型の皿は、中近東の国々へ輸出されました。

 トプカピ宮殿の細密画に描かれたスルタンの食卓の風景では、卓を囲む人々が、スプーンを持っており、小皿は使用されていなかったことがうかがえます。

 国内の染付や景徳鎮窯の陶磁器から、龍泉窯を中心にした、美しくも圧倒的な大きさの青磁皿まで、それぞれの国、時代の食卓の風景を作品と描かれた姿のパネルなどからたどります。

 

 

《染付寿文字大皿》 肥前 施釉磁器 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 山本正之氏寄贈

 肥前で作られた施釉磁器には、「壽」の文字があしらわれています。
 めでたい席で、ご馳走を盛り、食卓に華やぎと寿ぎをもたらしていたのでしょうか・・・。
 17世紀初頭に流行したこうした皿は、遠く青森のあたりまで運ばれていたことが知られています。

 

展示風景から
畳の上に並ぶ小さなお皿たちがかわいい♪

 この大皿と一緒に展示されるのが、ことのほか小さな皿の数々。

 

 手塩皿や向付に使用されるものなど、形、文様、サイズともに、それぞれの工夫が楽しめて、嬉しくなってくる一画です。

 

 

 

 

 

《染付蝶文小皿》 景徳鎮窯系 施釉磁器 中国・明時代 17世紀 根津美術館蔵

 染付のデザイン化された蝶が軽やかな、上品な小皿です。

 描かれ方や濃淡に微妙な違いがあるのも揃えてみたくなります。

 


呉須赤絵と呉須染付の大皿/古染付と祥瑞の皿

 

展示風景から
あでやかな呉須赤絵たち。

 世界に輸出された大皿としては、日本で「呉須手」と呼ばれている、細やかな文様が、朱や緑、青で華やかに描かれた大皿も知られています。

 漳州窯の製品が知られるこれらの使われ方は輸出先でさまざま。西欧では館の装飾品としても用いられました。

 日本では、富裕層の祝宴や食卓を飾ったのでしょう。

 

  他に、日本人が特に好んだのが、中国の青花磁器である古染付と祥瑞でした。
 これらは、注文により作られたもので、自分たちの好みを反映させて、和様の文様を持ちます。

 ここでは、呉須手の絢爛な品々と、古染付や祥瑞の涼やかな作品に、染付の精緻さを堪能します。

 

《赤絵五角小皿》 漳州窯系 施釉磁器 中国・明時代 17世紀 根津美術館蔵

 5つの器が、美しい五弁の花を形成します。
 不成形な五角形に描かれた華やかな牡丹(?)が、個別に盛られても楽しめますが、まとまって出されても嬉しい小皿です。
 朝鮮半島でも宮廷の食卓で使用されていたとか。


志野、織部、備前…各地の皿の登場

 

展示風景から
形も質感もバラエティに富む日本の陶器たち。

 日本で陶器が作成されるようになると、各地の特色を活かしたさまざまな小皿が作られるようになっていきます。

 戦国から桃山は、江戸時代にかけて、価値観が変わり、交通網も整い、各地の交流や交易が盛んになっていく時代。

 宮廷から武士、商人、庶民の各階層の好みを反映しつつ、多くの皿が作られ、それにより使用も増える相乗効果が、日本の食卓を豊かにしていきます。

 日本独自の意匠や製法により多彩になっていく皿の姿を、楽しい逸品で味わうコーナー。

 

 

《黄瀬戸小鉢》 美濃 施釉陶器 日本・桃山時代 16世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 底にあしらわれた小花の文様がなんとも愛らしいセットです。
 やわらかい黄色の地が、さりげなく花弁を形作っているのもにくいあしらい。

 

 

《備前州浜形皿》 備前 焼締陶器 日本・桃山時代 16世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)。

 洲浜をイメージした備前焼の一枚は、形の面白さと皿底の焼きにより浮かぶ文様が渋い、まさに和好みな一品。
 このまま飾っていてもよいくらい、風情があります。

 

 

《御深井写皿》 瀬戸 施釉陶器 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 縁の一部が不規則にゆがんだフォルムが、非対称を好む日本人らしさを感じさせます。
 渋い地の色に対し、鮮やかな青の釉の輝きが、静かな華やかさを添えています。
 温かさと涼しさを併せ持っていて、写しながら個人的にはお気に入りでした♪


日本では唐物の皿が主役/宴の器/伊万里の染付大皿

 

展示風景から
食卓をイメージして並ぶ小皿たち。


 中国では磁州窯で焼かれた「洗」といわれる平底の鉢が庶民の器(道具)として使用されていました。

 日本でも青磁や黄釉の平底の盤が中世の遺跡から発見され、絵巻にも描かれていることから、こうした器が漆器とともに使用されていたことがわかるそうです。

 

 

 

 

展示風景から
豪華な染付の大皿。


 そして日本で大皿に料理を盛って饗するようになるのは、桃山時代から江戸初期と考えられています。

 江戸も中期になると、小皿が好まれ、時代劇などでわたしたちにもなじみのある膳と椀の形が定着し、小皿が主役となっていくようです。

 ただし、武将たちの宴席では、大皿に料理を山盛りにして饗した様子が屏風や幕末の浮世絵などに描かれます。

 ここでは、定着した小皿の意匠や豪華な大皿から、当時の食卓の華やぎに想いを馳せます。
 

 

《色絵花文琵琶型皿》 南紀高松窯 施釉陶器 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵

 和歌山にあった高松窯で焼かれた琵琶型の皿には、それぞれ異なる草花が描かれています。
 驚くほど薄く焼かれていて、端正な技術をうかがわせます。

 

《織部大皿》 瀬戸濃 施釉磁器 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵

 織部のみごとな大皿。
 釉薬の大らかな色のハーモニーと文様の幾何学的な硬さが絶妙なバランスを持っています。
 ふたつ目のお気に入りです♪

 

 宴席での各自の膳に載せられた小皿の色、形、文様を堪能し、宴が進むにつれ、大皿の豪華な模様が見えてくるのも、主の技量とセンスを示し、出席した人々を眼で楽しませたことでしょう。



 わたしたちが普段あたり前に使用し、あるいは宴席で目にする大皿、小皿。

 時を超え遺された名品の数々に食の物語を読み取ることで、変らぬ人間の営みと器への愛を見いだすとき、美術品の「やきもの」たちはより身近に感じられ、また日々の食卓への意識も豊かになるのではないでしょうか?

 


【同時開催】

展示室5 舞の本絵巻

 

展示風景から
絵巻3作が贅沢に並びます。

 日本で独特の完成と発展を見た絵巻。

 説経や偉人の伝記、事件の記録から、能や歌舞など、さまざまな物語が絵巻として作られてきました。

 室町期から江戸時代はじめにかけて武士を中心に流行した「幸若舞」は、武士の華やかで哀しい物語をテーマにして人気を博します。

 語りと舞の芸能は、その人気から読み物にも転用されました。


 「舞の本」といわれたこの物語に絵を添えて絵巻にしたもののうち、当館所蔵の3作品が紹介されます。

 港の建設が難航する平清盛が人柱を立てることを命じたのを機に始まる親子夫婦の恩愛を描いた『築島』
 兄頼朝に討たれた義経の想い人であった静御前の人品の尊さを示すエピソードを描いた『静』
 衣川の戦い前夜の義経主従の別れの宴と、合戦での弁慶らの奮闘の姿で、忠義や殉死を描いた『高館(たかだち)』

 

 

《築島》(部分) 1巻 紙本着色 日本・室町時代 16世紀

根津美術館蔵

《高館》(部分) 2巻 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 

 源平合戦にテーマを求めながら、多様な悲劇を描いた3本の絵巻は、稚拙な感じが「へたうま」な味を出しているもの(築島)、正当な画技を持っていたと思わせるもの(静)、狩野派の技巧が確認されるもの(高館)、とその画の雰囲気もそれぞれ。

 物語とともに、その違いも楽しんでください!


展示室6 盛夏の茶

展示風景から
大らかな墨蹟とともに清涼感の演出を感じて。


 日中の酷暑を避けて、早朝や夕刻に開かれるという、真夏の茶事。

 涼やかさを演出する季節の茶道具約20件が紹介されます。




 

《蟹蓋置》 道斎作 青銅 日本・江戸時代 18世紀
根津美術館蔵
《法花蓮花文水指》 施釉陶器 中国・明時代 16世紀
根津美術館蔵 (展示風景から)

 左:蟹は茶の湯では代表的な七種の蓋置のひとつだそうです。
 足利家伝来の名物を姫路藩主が写させたものです。

 

 右:中国・明時代の逸品。
 法花蓮の大胆なデザイン、釉薬の微妙な色合いがとても美しい水指です。
 口縁のコバルトブルーが全体を引き締めています。

 ふたたび猛暑復活の夏、涼を呼ぶ茶の空間で、一息ついてみませんか?
 

まもなく終了です~。

 

(penguin)

 

 

 

企画展 「やきもの勉強会 食を彩った大皿と小皿」

 

開催期間:~9月3日(日) ※9/4~9/13は展示替えのため休館
会場 :根津美術館 (青山)
    〒107-0062 東京都港区南青山 6-5-1
アクセス :東京メトロ 銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅下車
       A5出口(階段)より徒歩8分/B3出口(エレベーター・エスカレータ)より徒歩10分
       B4出口(階段・エスカレータ)より徒歩10分
開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,100円(900円)/学生 800円(600円)
     *( )内は20名以上の団体、障害者手帳提示者および同伴者1名の料金
     *中学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-3400-2536

公式ホームページはこちら




 

 

 

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たなごころの雅を楽しむ

 

 

 世田谷の静嘉堂文庫美術館では、その豊富なコレクションから、「香」の文化が育んだ精華を楽しむ香合と香炉の展覧会が開催されています。

 そもそも仏前でその空気を浄化するために芳香を献ずるものであった「香」の文化は、6世紀、仏教伝来とともに日本に伝えられました。

 やがて部屋や衣服に焚き染めたり、香りそのものを楽しむようになり、室町時代、東山文化の中で「香道」が大成したといわれています。

 香を焚き、聞きあてるための道具も発展し、中国や東南アジアから輸入されたものは「唐物」として珍重され、茶道具としても採りこまれていきました。

 

 

展示風景から
まずは天然香料の種類から学べます。

 静嘉堂美術館には、120件強の香炉、約250件の香合が所蔵され、質・量ともに有数のコレクションとして知られています。


 それらの中から選りすぐりの約100件で魅せる、「かおりを飾る」珠玉の名品たち。

 

 香合のコレクションは20余年ぶりの大集合とのことで、見ごたえたっぷり。

 香炉では、野々村仁清の重要文化財を含む2点が揃って登場、中国陶磁器の世界的にも貴重な逸品や室町期の名品、豪華な江戸時代の香道具などが紹介されます。

 香合ではさまざまな素材、製法により、さまざまな意匠を凝らした作品が、その美を競います。

 

 また、江戸時代に作成された、茶道具の陶磁香合のランキング、通称「香合番付」といわれる『形物香合相撲』の原本が、そこで評価されている作品と合せて見られるのも嬉しい機会です。

 現在展示はすでに後期に入っていますが、一部見どころをご紹介します!


プロローグ
 
 入り口では、中国・明時代の香合とともに、仁清の白鷺型の香炉が迎えてくれます。

 

「銹絵白鷺香炉」 野々村仁清作 御室窯
江戸時代(17世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 長い首をすっと伸ばした姿がなんとも優美です。
 よくぞこの細い首が折れずに遺された…と、感謝したくなります。
 羽根を表す紋様や、座っている脚まできちんと付けられているのにご注目。


香炉(ほか香道具)

展示風景
きらびやかな香炉や香道具が並ぶ。

 


 単に香を焚くための器としてだけではなく、調度品として置いてあること自体を鑑賞することも意図して造られた香炉たち。

 仏具としての銅製のものから、龍泉窯や景徳鎮窯の中国青磁、京、備前、薩摩などの国産、豪華な蒔絵が施されたものまで、あるものは舟や動物を象り、あるものは人物や花鳥を描き、多彩な作品が、空間を彩ります。

 

 

重要文化財 「色絵法螺貝香炉」 野々村仁清作 御室窯 江戸時代(17世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 こちらも京都で色絵陶器を完成させた仁清の作品。
 大きな法螺貝の形の精妙さはもちろんですが、五色の糸を巻きつけたようなその彩色に感嘆します。

 

 

「菊蒔絵阿古陀形香炉」 室町時代(15~16世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 カボチャを表す古語がつけられた香炉は、高蒔絵で菊花があしらわれた、品格のひと品。
 ぽってりとした六花の形も安定感をだして、ひときわ存在感を放っています。

 

 

「吉野山蒔絵十種香道具」 江戸時代 (18世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 こちらは、婚礼調度として造られた香道具一式。
 江戸時代の女性の教養として重視された「組香」のための道具です。
 金地に金・銀の高蒔絵と金貝技法で桜の咲き乱れる吉野山の風景が描かれた、ゴージャスできらびやかなセットです。

 

展示風景から
「吉野山蒔絵十種香道具」 の一部。
展示風景から
「吉野山蒔絵十種香道具」 の一部。

 工芸技術にうっとりですが、手書きの香包も豪華!

 

 

展示風景
青磁香炉の造形も注目!
「色絵鳥兜香炉」 京焼(小清水) 江戸時代(18世紀)
静嘉堂文庫美術館蔵 (展示風景から)

 このほか、中国の青磁香炉の数々も魅力ですが、俵の上で憩う猫や彩色された鶉の姿の備前焼のものや、その色合いと形態に一目で魅せられる京焼の鳥兜型など、日本の動物シリーズが楽しいです♪


香合

 

展示風景
ズラリと並ぶ香合はかわいらしくも壮観。


 香合は桃山時代に炉または風炉に墨をつぎ、香を入れる「炭手前(すみでまえ)」が成立して、茶席で香合のみが用いられるようになって、ますます茶人たちの好みを反映して多様化したといいます。

 夏場の「風炉」の季節には香木を入れた「木地香合」や「漆芸香合」が用いられ、冬場の「炉」の季節には練香を入れた「陶磁香合」が用いられます。

 中国や東南アジアからの輸入品である「唐物」と日本製の「和物」に大別され、素材は漆器・陶磁器・木製や象牙製品、金属や貝などさまざま。

 約80件の香合は、その製法別に紹介されています。

 

展示風景
漆芸香合のコーナー。

漆芸香合

 

 まずは明時代のみごとな漆の香合が並びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「堆朱雲龍文大香合」「大明宣徳年製」銘 中国・明時代・宣徳(1426~35)年間 静嘉堂文庫美術館蔵

 官製であることを示す銘の入った貴重な作品。
 蓋と側面に彫られた龍は、5本爪、9匹で皇帝を示す意匠です。

 

 

「堆朱三聖人香合」 中国・明時代(15~16世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 漆を厚く塗り重ねて、そこに深さを変えて文様を彫ることで、鮮やかに浮かび上がらせる「彫漆」技法が施されています。
 老子・釈迦・孔子の三聖が表され、内部は黒塗りだそう。(ちょっと見てみたい…)


 ついで和物たち。

 

「撫子蒔絵錫縁香合」 桃山時代(16~17世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 錫の置口をつけた合子。「錫縁香合」といわれ、和物香合では格の高いものとされているそうです。
 この種のものは、元は化粧容器のひとつとして手箱に納められていたもの。
 美しい金蒔絵で撫子が描かれています。
 

 

「小手鞠形蒔絵香合」 江戸時代(18~19世紀)
静嘉堂文庫美術館蔵 (展示風景から)


 このほか、蒔絵では江戸期の葉と小手鞠を合せたもの、明治期の香包の形をしたものが、意匠の工夫に富み、美しさもひとしおです。

 また、中国製の象牙に人物を彫ったもの、青貝で楽人を表したものから、ミャンマーの漆芸作品まで、バラエティに富んでいるのを確認できます。




陶磁香合

 

展示風景
陶磁香合のコーナー。


 本展示で最も数の多いコーナーは、中国は漳州窯(田坑窯)、景徳鎮窯、龍泉窯から、「交趾」(ベトナムからの交趾船でもたらされた三彩)、染付の「祥瑞」「古染付」、「呉州」「青磁」など、江戸時代に注文制作されたものを中心に、桃山から江戸・明治期に日本の各地で焼かれた独創的なデザインが並びます。

 

 

 

 

 

「交趾狸香合」 中国・漳州窯(田坑窯) 明時代(16世紀末~17世紀前半) 静嘉堂文庫美術館蔵

 狸…?とされていますが、猿かもしれないという楽しい香合。
 その形と貴重な「交趾」として、著名な作品なのだそうです。

 こちらには、収納のための次第(付属品)も共に展示されています。
 今回、こうした名品のいくつかは次第とともに紹介されているのも本展のお楽しみのひとつです。

 

 

「古染付荘子香合」 中国・景徳鎮窯 明時代(17世紀前半) 静嘉堂文庫美術館蔵

 白地に青が美しいかっちりとした作品。
 蓋の蝶のあしらいが絶妙です。タイトルの「荘子」から、“胡蝶の夢”の故事が想起される、文化的香りの高いひと品です。

 

 

「織部六角蓮実香合」 美濃窯 桃山~江戸時代(17世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 利休に師事し、自らの美学を打ち立てた古田織部が創始した織部焼の香合です。
 不規則な六角形の面取りと流れるような鉄顔料の釉薬に、ぽちっと緑釉でその特徴を捉えているのが愛らしくも数寄な風情です。

 

 

『形物香合相撲』 江戸時代・安政2年(1855)刊 静嘉堂文庫美術館蔵

 そして、江戸時代に作られた相撲の番付表になぞらえた、香合ランキング一覧。
 当時の道具商が集い発行したものとされ、現在でもこの評価が有効なのだとか。

 なんと、静嘉堂コレクションが、30種以上も入っているそうです!!
 ぜひ、一覧と掲載されている作品を一緒に確認してください。

 

 

展示風景
景徳鎮窯の青磁はモダンです。

 

 このほか、景徳鎮窯の青と白の格子模様がモダンなもの、仁清工房の蝸牛を表したユーモラスなもの、羽子板の形をした大胆なもの、永樂保全の交趾小亀の写しとその元作品の並列に、奥田木白の色絵ものなどなど・・・。 

 

 前後期で入れ替わりはありますが、さまざまな意匠からお気に入りを見つけて。

 

 

 

仁清蝸牛香合 京焼(「仁清」印) 江戸時代(17世紀)
静嘉堂文庫美術館蔵 (展示風景から)*前期展示
仁清羽子板香合 京焼(「仁清」印) 江戸時代(17世紀)
静嘉堂文庫美術館蔵 (展示風景から)*前期展示
「保全交趾写小亀香合」 永樂保全(1795〜1854)(「永樂」印) 江戸時代(19世紀)
静嘉堂文庫美術館蔵 (展示風景から)

 

 ロビーに出ると、こちらが。
 

「青磁香炉」 中国・南宋官窯 南宋時代(12~13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵

 現在進む調査の中で、中国の文献にも名高い「修内司官窯」の作である可能性が高くなっているという世界的にも逸品といわれる香炉です。

 どっしりとしたたたずまい、これぞ青磁という肌に計算されたかのように入った細かい罅が美しく、圧倒的な迫力。自然光で観られるのも嬉しい趣向です。
 

 技も品も豪華な名品で観るみごとな香炉たち。
 手のひらに収まるほどのかわいらしいサイズの香合たち。

 

 その工夫とアイデアは、それぞれに一個の宇宙を持ち、感嘆や微笑を誘います。
 かおりを飾り、空間を彩る、小さくてもしっかり存在感を持つ彼らの競演をその目で“聞いて”ください!


【おまけ】

国宝 「曜変天目」(「稲葉天目」) 中国・建窯
南宋時代(12~13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵


 茶道具としても用いられる香合・香炉にちなみ、本美術館の至宝《曜変天目》も、会期中はお目見えします。

 

 暑い夏、涼やかでかつ妖しい光を放つ、小宇宙の輝きも堪能して!

 

 

 

 

 

 

 

 


(penguin)

 



『~かおりを飾る~ 珠玉の香合・香炉展』

 

 

開催期間:~8月13日(日)
会場 :静嘉堂文庫美術館 (世田谷)
    〒157-0076 東京都世田谷区岡本 2-23-1
アクセス :東急大井町線・田園都市線(地下鉄半蔵門線直通) 「二子玉川」駅下車、
        駅前④番バス乗場より東急コーチバス「玉31・32系統」で「静嘉堂文庫」下車。徒歩5分
        または二子玉川駅からタクシーで約10分
       小田急線 「成城学園前」駅下車、南口バス乗り場から「二子玉川」行きバスで「吉沢」下車
       徒歩10分
       *駐車場が美術館前に20台分あります。美術館入館のお客様は無料でご利用いただけます
開館時間 :10:00~16:30 (入館は16:00まで)
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,000円/大高生 700円(20名以上団体割引)/中学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

公式ホームページはこちら

 

 

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究極がまとう緊張美と粋のしつらえ

 

 


 “刀剣女子”という名が流布するほどに、ゲームキャラクターの設定から若い女性ファンが増えている刀剣の世界。

 武器としての究極の理想を実現するとともに、刀工たちがその錬成の際には禊をするほどに神聖なものとして制作され、時には神への奉納品としても、美しさを追求されてきたそれらは、武士の技の証として、同時にステイタスとして機能し、大切に伝来されてきました。

 それらの名品は、時に妖しいまでの怖さをともなって、その姿、切先、刀文ともに私たちを魅了します。

 現在は抜き身の状態で展示されていますが、かつては、鐔、目貫、それらを留める金具や併せの小柄などの拵えが使用に耐えうるようにしつらえられ、いずれも持ち主や本体の由来にふさわしい意匠や素材で装飾されてもいました。

 泉屋博古館 分館では、こうして遺されてきた名刀と刀装具の逸品を楽しむ展覧会が開催中です。

 愛刀家には知られる、黒川古文化研究所が所蔵する国宝二口・重文十口を含む日本刀の一大コレクションが、東京ではほぼ初公開されています。

 平安時代から江戸期まで、ふだんはなかなか観ることが叶わない珠玉のコレクションから、指定文化財の十二口のオールスターをはじめ、30口もの名品が一堂に揃う貴重な機会!

 また、刀装具や武士が描いた絵画なども併せて紹介される空間は、武士階級が持ち、育んできた美意識が感じられる構成になっています。

 刀剣は詳しくないのですが(汗)、見逃すには惜しい内容、拙いながら一部ご紹介します~。

 

 

第1展示室

Ⅰ.刀剣

 

展示風景
ズラリと並ぶ刀剣は圧巻です。

 平安時代後期には成立したと考えられている反りのある「日本刀」、まずは、鎌倉~室町期の名品たちを。

 室町時代には騎馬での戦闘が主だったこともあり、刃が下向きで長さもある「太刀」が生産されます。

 徒歩戦に移行する戦国期には、刃を上向きにして携帯する「刀」が主流となり、江戸時代にはわたしたちがイメージとして見慣れている、刀と脇差の二本差しが通常となるそうです。


 やはり初期の刀工が多く活躍したのも都が置かれた京都でした。
 
 謡曲「小鍛冶」でも知られる平安の三条宗近をはじめとし、鎌倉期には来派の国俊や国光、粟田口の国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六兄弟が活躍、そして後継の国吉、国光、吉光らが名を残します。

 

国宝 短刀 銘 来国俊 鎌倉時代(13~14世紀)黒川古文化研究所蔵

 売立目録から大和郡山藩主柳沢家伝来とわかり、将軍綱吉から柳沢吉保の長男に賜ったものとされる短刀。すらりとした姿が凛として美しいです。

 

 

重要文化財 太刀 銘国光 鎌倉時代(13世紀)黒川古文化研究所蔵

 國光の銘を持つ太刀。
 後世に短く切り詰める「磨上げ」が行われたようで、当初は10~20cmほど長かったと考えられるそうです。
 質実剛健な鎌倉武士にふさわしく感じられる一太刀です。

 

展示風景
備前産の名品たちのコーナー。

 

 また、備前も日本刀の一大産地として知られます。

 「古備前」と呼ばれる包平や正恒らから、鎌倉中期には刃文が華やかになる特徴をまとめて観られます。

 

 

 

 

 

 

重要文化財 太刀 銘備前国長船住景光 鎌倉時代(14世紀)黒川古文化研究所蔵

 反りが深く、刃文もさまざまな目が交ざり、確かに華やかです。

 

 

重要文化財 太刀 無銘(菊御作) 鎌倉時代(12~13世紀)黒川古文化研究所蔵

 区下に菊紋が彫られた一作。

 後鳥羽院が月毎に各地の名工を呼び寄せて作刀させるとともに、自らも鍛造し菊紋の刻まれたものが御作として、臣下に賜ったと伝承されるそうです。


 さらに、その名刀の由来を保証する鑑定書も紹介されます。

 

展示風景
本阿弥家の花押の入った鑑定書

 琳派の始祖とされる本阿弥光悦を輩出した本阿弥家は、刀剣の目利きを行った家柄でした。

 

 戦国期に秀吉から鑑定結果を「折紙」として発行することを許され、江戸時代には、幕府御用として、数々の鑑定に、「磨上げ」や「研ぎ」を行いました。

 彼らの鑑定書とともに、結果名物とされた(それまでは無銘のものが多かったとのこと)作品を観ていきます。

 

 

 

国宝 短刀 無銘(名物 伏見貞宗)鎌倉時代(14世紀) 黒川古文化研究所蔵

 ややぽってりとした身幅がふくよかな印象を与え、リズミカルな刃文とともに、余裕を感じさせる短刀です。
 貞宗は正宗の門人といわれ、彼らに次ぐ人気を得た刀工ながら、在銘の作は見つかっておらず、多くは本阿弥家の鑑定により定められたものなのだとか。

 

 

重要文化財 刀 無銘(伝長谷部国重) 南北朝時代(14世紀)黒川古文化研究所蔵

 反りが浅く、派手な刃文とその身幅から、勇壮な一口です。
 折紙の記述から、紀伊徳川家の所有から水戸徳川家に贈られたものとみられているそうです。

 

 

展示風景
ケースには徳川家の家紋入りの拵えも。


 一堂に並ぶ刀剣の、クールな輝きが壮観な展示室。
 東博でもここまでの一堂展示はなかなかないかと・・・。

 それぞれの刀の反り、地肌、刃文の違いを比べられるのも嬉しいです。

 

 

 

 

 

ホール

 

新刀

 

展示風景
江戸期の新刀が並ぶホール風景

 中世の刀鍛冶は、戦国の動乱で各地に分散し、大名のお抱えになるなどしていきます。

 

 交通網の発達によって、地域性も薄れた江戸期、慶長以降の刀剣は、それ以前と区別して「新刀」と呼ばれます。

 ここでは、新刀の名品たちが紹介されます。

 これまで観てきたものよりも、全体的に大振り、どこか象徴的で、飾り物としての要素の方が強くなっているように感じられるのは、平和な時代に生み出されたからでしょうか。

 美しいのですが、それまでの機能と美の拮抗する怖さに通じる緊張感がなくなっているような・・・。

 

 

 

展示風景
第2展示室の展示風景

第二展示室

 

Ⅱ.拵えと鍔・刀装具

 ここからは刀の機能を補完する、柄や鞘、鐔などの「拵え」の精華を楽しみます。

 中世に主流であった太刀拵えは、近世には儀礼的なものになり、贈答や下賜のための華やかで装飾的なものへと変っていきます。

 

 江戸期は、腰に差す「打刀拵」が一般的になります。

 

展示風景
小さいのに細やかな細工の目貫が並びます。

 これらも、もともとは機能性を重視され、華美なものも禁じられていましたが、やがて、身に着ける刀の格や持ち主の美意識を反映し、優美なものや、知的なもの、あるいは持ち主の主張を表すものが求められていきます。

 

 

 

展示から。小さななすびには「一富士二鷹三茄子」が!
大月光興 初夢図目貫 銘 大龍斎光興
江戸時代(18~19世紀) 黒川古文化研究所蔵

 

 


 工芸師たちも自らの力量を示す技巧を凝らし、武士たちのニーズに応えていったことが、精緻な造り、豪華な素材、機知に富んだ意匠などから感じられます。

 

 

 

 

 

 

展示風景
デザインが楽しい鐔のコーナー♪

 元禄以降には、文化の爛熟にともない、より個性的な意匠の刀装具が求められ、それらに対して町彫工らも台頭してきます。

 浮世絵師であった英一蝶に下絵を求め、金工を施して人気を博した横谷宗珉や土屋安親らの江戸の彫物師。

 

 円山応挙らが進めた写生を旨として対象を把握していく動向に共鳴し、金工に新たな革新をもたらした一宮長常や岡本尚茂ら、京都の彫物師。

 

 そして御用彫物師の家に生まれながら、明治へ向けて新たな技法や素材を見出した後藤一乗らの、技と工夫を堪能します。

 

 

重要文化財 土屋安親 豊干禅師図鐔 江戸時代(18世紀)  黒川古文化研究所蔵

 武士道と禅はとても密接な関係がありました。
 武士のたしなみとしての知識をさりげなく鐔にあしらう、そうした思想的な背景を感じさせるひと品です。

 

 

岡本尚茂 鈍太郎図目貫 銘 鉄元堂正楽 江戸時代(18世紀) 黒川古文化研究所蔵

 小さな目貫がここまで細やかな表情と衣装を持つ人物に彫られている技術に感嘆です。
 彫師の得意げな顔が浮かびます(笑)。
 

 

後藤一乗 瑞雲透鐔 江戸時代(1835年) 黒川古文化研究所蔵

 足利将軍に仕えた祐乗を初代とし、17代にわたって将軍家御用をつとめた後藤家の最後の名工といわれた一乗の一作。
 シンプルな瑞雲の透かし彫りは、現代的といえるほどにデザインとして完成されています。

 

 

 

展示風景
武士のたしなみのひとつ、絵画作品のコーナー

Ⅲ.絵画―武士が描いた絵画


 刀に託した武士たちの想い、そして刀装具にこだわったその知性は、絵画にも表れています。

 

 最後に武士たちが嗜み、遺した絵画作品で、その美意識の表れを補強します。

 花鳥画や禅にテーマを求めた作品たちは、やがては消えゆく武家社会の在りし日の姿を、刀剣美とともに浮かび上がらせています。

 

 

 まもなく終了。
 未見の方はお急ぎを! 

 

 

(penguin) 





『名刀礼賛 もののふ達の美学 』
 
開催期間 :~8月4日(金)
会場 :泉屋博古館 分館 (六本木)
    〒106-0032 東京都港区六本木 1-5-1
アクセス :東京メトロ 南北線 「六本木一丁目」駅下車
        北改札正面出口より屋外エスカレーターで3分
      東京メトロ 日比谷線 「神谷町」駅下車、4b番出口より徒歩10分
      東京メトロ 銀座線 「溜池山王」駅下車、13番出口より徒歩10分
開館時間 :10:00~17:00 (入館は16:30まで)
休館日 :毎週月曜日      
入館料 :一般 800円(640円)/高大生600円(480円)/
     *( )内は20名以上の団体料金
     *中学生以下は無料
お問い合わせ :Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)

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文字と紙と。華麗な組み合わせが魅せる日本の美。

 

 


 日本の古美術をもっと楽しめたら…という意図で、根津美術館が昨年から、企画している「初めての古美術鑑賞」シリーズ。

 第2弾として、今年は「書」に親しむきっかけとしての装飾された紙――料紙の美からアプローチする展覧会が開催されています。

 古来より日本では、写経や和歌など、貴重な文献や大切なメッセージを残す手段として、美しく装飾された紙にしたためてきました。
 それらは、一部や断簡となってもその美しさから、掛軸や巻物、画帖などに改装されて、現代まで遺されています。

 根津美術館のコレクションを中心に、こうした「書」の書かれた料紙を、その技法と併せて紹介、楽しみ方を提示してくれます。


 中国から来日したさまざまな技術とともに、日本独自の工夫も凝らされた料紙の数々と、そこに残された世に“三筆”や“三蹟”と讃えられた筆者をはじめとする達筆は、紙の輝きや紋様に、墨の強弱、濃淡が呼応し、ひとつの世界を創っています。

 


雲母に光を!

 

展示風景
雲母を魅せるライティングに注目!


 浮世絵の「雲母摺り」でも知られる雲母(きら)は、鉱物や貝を粉末にして使用するもの。

 

 光のあたり方でキラキラと光を見せることからこの読み名がつきました。

 もちろん、江戸期だけではなく、平安時代から、多くの書がこの雲母が使用された紙に書かれています。

 まずは、平安の三蹟である小野道風や藤原行成の手と伝えられる名蹟や、聖徳太子の筆と考えられている古筆切や本阿弥光悦の作による色紙などで、このきらめきに惹きつけられます。

 

 

「尾形切」 伝藤原公任筆 1幅 彩箋墨書
日本・平安時代 12世紀 根津美術館蔵

 平安時代に文芸で名を上げていた公卿、百人一首にも歌を残す藤原公任のものか、とされている古筆切。

 「具引き」といわれる胡粉に色を混ぜて紙の全面に塗る技法の上に「雲母摺り」が施され、さらに銀泥で小鳥などが細やかに描かれた「銀泥下絵」が使われている凝った料紙です。

 やわらかい仮名まじりの書の響きが紙に文様として浮かび上がったかのような印象さえもたらします。


 今回新しい照明器具で照らされた作品たち、さまざまな角度から、雲母のささやきを確認してください!


「染め」のバリエーション

展示風景
カラフルな料紙が並びます!


 次いで、紙を染めることで表情を出した料紙たちの書を観ていきます。

 はじめは防虫を兼ねていたと考えられる染めは、やがてさまざまな技法を生み出し、紙を飾る意図を強くしていく様子が見られます。

 染にはできあがった紙を染料に浸ける「浸染め」、刷毛で塗る「引染め」のほか、色のついた繊維を漉き込む「漉染め」などがあります。
 
 現在は断簡となっているものでも、当時は色違いの紙を重ねて冊子だったものあり、その配色の美を楽しむものでもあったとか。

 平安の時代、ラブレターである和歌を送る際に、その紙のかさねの色合わせが、その人のセンスの高さと教養を示したことを思い出します。

 

 

国宝 「無量義経」 1巻 彩箋墨書 日本・平安時代 11世紀 根津美術館蔵

 根津美術館が所蔵する中でも特別に高雅な名品。
 「引染め」「金切箔散らし」「金泥界」が施されています。
 濃淡の茶色に染めた紙を交互に継いだ紙に、細かい金箔を散らし、罫線は金泥です。
 大乗仏教の経典のひとつは、ありがたい内容にふさわしい豪華さで示されたのでしょう。

 

 

「紫紙金字華厳経」 1枚 紫紙金字 日本・奈良時代 6世紀 根津美術館蔵

 こちらは「浸染め」「銀泥界」の華厳経です。
 紫の染料に何度も浸して染めた地に、銀泥の線と金泥の文字がとても美しいです。

 

 

「八幡切」 伝明日香井雅有筆 1幅 彩箋墨書
日本・鎌倉時代 13世紀 根津美術館蔵

 「打曇り」という、藍や紫の繊維を漉きかけて、雲のようなグラデーションを見せる技法が施されています。
 意図と偶然が、みごとな拮抗を示した漉き技がすばらしいです。
 墨文字も、強弱・濃淡ともに絶妙な配置です。


 このほか、藍の繊維の分量により多彩な濃さの青を出せる漉染めの例から、藤原教長筆《今城切》(いまききれ:教長の書がまたことのほか美しい・・・)や、
 藍と紫の繊維をまるで雲のように散らす「飛び雲」の料紙が使用された、奥州藤原氏の系譜である藤原惟経の筆と考えられる《難波切》などで、多彩な染めと、それぞれに美しい書のコラボレーションを楽しめます。


金銀の多彩な飾り

 

展示風景
古筆切から絵画、屏風まで華やかに並びます


 平安時代以降、貴族文化の隆盛の中で、ますます紙の装飾の工夫は多様化します。

 その中で特に金銀を使用した華麗な料紙を観ていきます。
 基本的な装飾は、箔と泥。

 箔には、小さく切った「切箔」、細く切った「野毛」、粉末の「砂子」などがあり、膠や布海苔を塗った上から撒きます。

 泥は、これまでの写経などでも見られたように、金銀を膠で溶いた絵具として使用されるもの。
 日本画でも使用されているので、もっとも身近な技法でしょう。

 

 

 
「百人一首帖」 智仁親王筆 1帖 彩箋墨書 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵

 「具引き」「金切箔・砂子散らし」「金銀泥下絵」と、たくさんの技法が使われた豪華な百人一首帖。
 江戸時代になると、大胆な意匠も目立ってきます。 

 ちょっと手に取ってみたくなります・・・。

 

「箔切」 伝 藤原為家筆 1幅 彩箋墨書
日本・鎌倉時代 13世紀 根津美術館蔵


 こちらは金銀の「野毛・砂子」による霞引きと呼ばれる技法の料紙に書かれた『金葉若集』の古筆切。

 

 この和歌集のものは数少ないそうで、貴重なひと品です。

 


 こうした技術は絵画にも採りこまれていきます。

 本展では、その典型ともいえる静嘉堂美術館所蔵の《勅撰集和歌屏風》(松花堂昭乗・筆)が招かれています。

 

 金銀のあらゆる技法が使用された輝くばかりの風景の中に、和歌を張り紙風に配した、ゴージャスながら燻したような落ち着きを持つ屏風は必見。

 併せて、《風俗図》が並びます。
 「金切箔」「砂子散らし」がふんだんに使われ、侍、遊女、若衆の背後の風景を浮かび上がらせます。

 

重要美術品 「風俗図」 3幅のうち
紙本着色 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵
重要美術品 「風俗図」 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
展示風景

 やがて江戸に浮世絵の流行をもたらす、江戸初期と思われる風俗図は、人物表現にも注目です。

 

 

重要美術品 「五徳義御書巻」 伝 後陽成天皇筆 1巻 彩箋墨書
日本・桃山時代 16-17世紀 根津美術館蔵小林中氏寄贈 展示風景

 このほか、

 金泥、金銀の砂子、金切箔、野毛を駆使した風景の上に、豪快な筆が迫力の、後陽成天皇の筆と伝えられる《五徳義御書巻》(重要美術品)や、

 金泥の木版で蔦や竹をあしらい、遊ぶように筆を配する、本阿弥光悦と伝えられる、実に洒脱な《花卉摺絵古今集和歌巻断簡》など、多様な金銀の“色彩”を堪能できます。

 

 


さまざまな装飾技法

展示風景
技巧を凝らした料紙が見ごたえたっぷり!


 最後の章では、中国からもたらされた唐紙の一種で、具引きした紙の下に版木を置いて表面を固いものでこすり紋様を出す手法を引用した「蝋箋」や、

 異なる紙をパッチワークのように貼り継いで1枚の紙にする「継紙」、水に墨と油を落とし、そこにできる模様を染めた「墨流し」など、さらに手の込んだ技法の料紙に書かれた作品を観ていきます。

 

 

 

 

「大聖武」 伝 聖武天皇筆 1幅 彩箋墨書
日本・奈良時代 8世紀 根津美術館蔵

 文字の立派さから聖武天皇に仮託される断簡は「荼毘紙」と呼ばれる特殊な料紙です。

 紙の原料でもある檀(まゆみ)の木の表皮を粉末にしたものが紙に漉き込まれています。
 表面にはブツブツが現れ、それを釈迦の骨に見立てた命名とか。

 しっかりした文字に渋く品格を感じさせる紙の表情がとても合っています。

 
 ここでは、これまでに見てきたさまざまな技法の集大成ともいえる「本願寺本三十六人家集」「平家納経」の模本も展示されています。

 

 模本といっても、大正から昭和初期に、田中親美により、伝わる技法に忠実に造られた、すばらしい作品。
  あでやかで鮮やかなその装飾紙の美を堪能できます。

 

「本願寺本三十六人家集」(模本)より「伊勢集」
田中親美模 6帖のうち 彩箋墨書
日本・大正~昭和時代 20世紀(原本:天永3年(1112)頃)
東京国立博物館蔵 展示風景から
左 部分拡大
すばらしい重ね継ぎと金銀箔はぜひ近くで!

 

 

「平家納経」(模本) 田中親美 4巻のうち 部分
彩箋墨彩書 日本・大正~昭和時代 20世紀(原本:長寛3年(1164))
東京国立博物館蔵 展示風景から
左 部分拡大
書も3色で書き分けられている精緻さに驚嘆します。

 

 

 技と贅を凝らした料紙に書かれた美しい文字、その組み合わせのセンスに加え、それらを愛でて断簡でも拾い上げ、軸や巻物にした後世の美的感覚、そして現在にその妙なるコラボレーションを観られるわたしたち。
 
 たとえさらさらと読めなくても、そのリズムと精緻な装飾を楽しむだけでも、「書」の世界を堪能できるはず。
 まずは、こうした紙の美から、スタートしてみませんか? 

 

 ※展示は単眼鏡でご覧になることをおススメします。お持ちの方はぜひご持参ください!お持ちでない方もミュージアムショップでお求めいただけます。この機にいかがですか?

 


【同時開催】

展示室5 焼き締め陶

 

展示風景
それぞれの産地で味が出ているのが楽しい


 茶の湯の世界でも愛された、釉薬を掛けずに約1300度という高温で焼き、素地を硬く固める「焼き締め陶」の世界を紹介します。

 会場は「信楽と伊賀」「備前」「丹波」の産地別に作品が並び、その土地の土や造形の違いを比べられるようになっています。

 

 

 

 

 

「蹲花入」 信楽または伊賀 1口 無釉陶器
日本・室町〜桃山時代 16世紀 根津美術館蔵

 こちらは信楽または伊賀の陶器。
 手書き風の桧垣文と赤い胴部に青緑色で流れる自然釉の景色が味になっています。

 

 

「肩衝茶入 銘 面壁」 備前 1口 無釉陶器
日本・桃山~江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
展示風景から

 備前の茶入は、箆で付けられた跡がどこか勇壮な表情を持っています。

 

 桃山の造形が加えらているというのもうなずける、武士好みでは?
 


 素朴にも見える作品たちは、いずれも土のパワーと手の跡が感じられる力強さが魅力ですが、それぞれにその肌触り(触れませんが:笑)や色合いに特徴を持っていて、世界が広がります。

 お気に入りの産地を見つけてください!

 



展示室6 涼一味の茶

 

展示風景
清涼感のある空間をその目で確認して!


 茶の展示は、夏に合わせて涼やかさ、清々しさを演出する茶室とお道具がしつらえられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「祥瑞瑠璃釉瓢形徳利」 景徳鎮窯 2口 施釉磁器 中国・明時代 17世紀 根津美術館蔵

 景徳鎮窯で焼かれた、美しい瑠璃釉の対徳利は、型押しで七宝文や毘沙門亀甲文などがあらわされた、「祥瑞」と呼ばれる日本人好みの器。
 形も色も、目に嬉しく、夏にぴったりです。

 

「黒楽茶碗」 伝 山田宗徧作 1口 施釉陶器
日本・江戸時代 17-18世紀 根津美術館蔵
展示風景から


 黒楽茶碗も口縁が薄手で、軽やかさを感じさせ、その白い点が浮かぶ黒は、夏の夜のようです。

 


 茶室の戸は葦戸に変え、自然の風が入るようにされ、焼き締め陶は水に濡らして、肌に湿り気を与えるのだそうです。

 そんな風景を想像しながら、賢江祥啓筆と伝えられる《山水図》の掛かる室をみれば、爽やかな夏の風を感じられるかも。

 

 


(penguin)

 

 

 

企画展 「はじめての古美術鑑賞 -紙の装飾-」

 

開催期間:~7月2日(日)
会場 :根津美術館 (青山)
    〒107-0062 東京都港区南青山 6-5-1
アクセス :東京メトロ 銀座線・半蔵門線・千代田線 表参道駅下車
       A5出口(階段)より徒歩8分/B3出口(エレベーター・エスカレータ)より徒歩10分
       B4出口(階段・エスカレータ)より徒歩10分
開館時間 :10:00~17:00 入館は16:30まで
休館日 :毎週月曜日
入館料 : 一般 1,100円(900円)/学生 800円(600円)
     *( )内は20名以上の団体、障害者手帳提示者および同伴者1名の料金
     *中学生以下無料
お問い合わせ :Tel.03-3400-2536

公式ホームページはこちら
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