アロマテラピー検定試験では、このような話題は出てきませんが…
知らなくても困らない「余談」を知ってみると、なかなか面白いです。
今回は、そんなお話です。
アロマテラピーの歴史に「イブン・シーナ(ibn Sīnā)」という人物が出てきます。
この人物のことは「蒸留法の確立」などというキーワードで語られてましたが「芳香蒸留水を治療に用いた」という風に、ここ数年で訂正されました。(アロマテラピーのテキスト上の話し)
西欧世界と違ってアラブ世界は、錬金術(今でいう化学)が進みましたので、昔はアラブの方が科学技術などの先進国だったのです。
歴史は新しい発見や、記述の意味の新解釈などからたびたび覆されますから、これが決定的だ!というのは、無いのかと思います。(私たちはその現場を見られないので)
この人物は、イブン・シーナとかイブン・スィーナーとか書かれますが、
英語圏では、(Avicenna)アヴィセンナとかアウィケンナとか書かれます。
また、ペルシャ語読みでは、エブネ・スィーナーEbne Sīnā となります。
イブン・スィーナー 980年 - 1037年 イランの哲学者、自然科学者。
ブハーラー(現ウズベキスタン共和国内)近郊に、ペルシャ人を両親として生まれる。父はイスマーイール派の支持者であった。幼少のころから学問に才能を示し、18歳になるころには、あらゆる学問(イスラーム,ギリシア,インドの諸学,特に哲学,医学,数学,天文学など)に精通していた。はじめサーマーン朝の宮廷に医師として仕え、その図書館の膨大な蔵書を自由に利用することができた。しかしガズニー朝のマフムードによりサーマーン朝は滅ぼされ、彼は生地ブハーラーを離れ、イランへ向かう。当時イランを支配していたブワイフ朝の宮廷で医師兼宰相として活躍し、ハマダーンで没した。(『改訂新版 世界大百科事典』『岩波 世界人名大辞典』 より)
彼の名前
ちなみにWikipediaでは名前は次のように紹介されています。
アブー・アリー・アル=フサイン・イブン・アブドゥッラー・イブン・スィーナー・アル=ブハーリー
Abū 'Alī al-Husayn ibn Abdullāh ibn Sīnā al-Bukhārī (ラテン文字)
ابو علی الحسین ابن عبد اللّه ابن سینا البخاری, (ペルシア語)
他にももっと長い名前もみつけました。
アブー・アリー・アル=フサイン・イブン・アブドゥ アッラー・イブン・アル=ハサン・イブン・アリー・イブン・スィーナー
Abū ʿAlī al-Ḥusayn ibn ʿAbd Allāh ibn al-Ḥasan ibn ʿAlī ibn Sīnā
名前の謎
一つ目と二つ目の名前の違いは
①「al-Ḥasan(アル・ハサン)」「ibn ʿAlī(イブン・アリ)」と
「al-Bukhārī(アル=ブハーリー)」の有無
②「ibn Abdullāh(イブン・アブドゥッラー)」と「ibn ʿAbd Allāh(イブン・アブドゥ アッラー)」の違いです。
①の al-Ḥasan(アル=ハサン)は、誰かのことを指しているのか…?
[ アル= ](al-)は、英語でいうところの「The」で定冠詞になります。
名の由来 ḥasan(ハサン)は、佳人(いわゆるイケメン)という意味で
ḥusayn(フサイン または フセインとも)は、その縮小形名詞で"小さな"佳人の意味。
「ibn ʿAlī(イブン・アリ)」は、アリの息子を意味します。(アリが誰なのか不明)
「al-Bukhārī(アル=ブハーリー)」は、後ほど説明します。
②「(神の、アッラーの)しもべ」という意味の男性名はアブドや、アブドゥッラーというものらしいです。なので、Abdullāh も ʿAbd Allāh も意味は同じで、おそらく後方は、しもべ(Abd)、神アッラーの(Allāh)ではないでしょうかね。
しかし、どうしてこんなに長い名なのか?
また、イブン・スィーナーとは、名なのか姓なのか?
アラブの命名は、とても複雑なのでここでは全てを扱いませんが、上にあげた根拠も示しながら、イブン・シーナの名前について調べたことを記しておきます。
アラブの名前あれこれ
アラブの名前は、冠詞が入っていたり、パーツが存在したり、先祖代々の名を入れたりと命名が複雑で、名前の中に、セカンドネームのように●●Jr. みたいに父の名を入れる「●●その息子」のような命名も見受けられます。その上、本名(戸籍登録名)や通称名など一人につき複数の名もあるようなのです。(現代風だと短いらしい)
名前には ナサブ、ニスバ、クンヤ、ラカブ というのがあります。
これらは、命名のパーツや形式のようなものです。
ナサブ
一般的に、アラブ世界の伝統的な命名は、父方の先祖を辿る形式です。
1~3名(戸籍だと4名)くらいを辿ってつけるのが一般的。
この命名の仕方を「ナサブ」といい戸籍のような登録正式名として使われます。
戸籍としての登録名の基本ルールは、
「本人のファーストネーム+父のファーストネーム+祖父のファーストネーム+曽祖父のファーストネーム」また、最後にくるのが「家名」になる場合もあり、4パーツ登録といった形式です。
命名の例
男性は「~の息子」と言う意味で「bin(ビン)」や「ibn(イブン)」を使います。
女性は「bint(ビント)」用います。
例 男性
◯◯ ibn(イブン) A ibn(イブン) B ibn(イブン) C ibn(イブン) D
または
◯◯ bin(ビン) A bin(ビン) B bin(ビン) C bin(ビン) D
どちらも(Dの息子 Cの息子 Bの息子 Aの息子であるところの◯◯)
例 女性
◯◯ bint(ビント) A ibn(ビン) B ibn(ビン) C ibn(ビン) D
(Dの息子 Cの息子 Bの息子 Aの娘であるところの◯◯)
本人が男で金太郎、父は一郎、祖父は次郎、曾祖父は太一郎…の場合。
金太郎・ ビン・一郎 ビン・次郎 ビン・太一郎… のようになっていく。
ニスバ
「ニスバ」という命名のパーツもあり、名字のように使われますが、出身地や部族や職業を示す言葉を用います。
例えば
出身地を使うなら「東京の●●」とか
職業が代々大工で「カーペンターズ(大工ら)」という姓のようにつけたり
部族の「●●族」のような使い方
※通常は定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)を伴い「al-△△ī」のような語形になる。
例:古風な人物録的表記のフルネーム
「本人の名前 イブン・父の名 イブン・祖父の名…」+「ニスバ」のような形式
al-Bukhārī(アル=ブハーリー)→ ブハーリー(ブハーラー)出身の意味
クンヤ
「クンヤ」は通称名で、アラブ世界では、本名のファーストネーム代わりに使われてきました。もともと、部族抗争が盛んだった大昔に、本名から身元がわかり命を狙われないよう、素性を隠すため通称が多用されたのが始まりらしいです。
身内の誰かの名を使う
「●●の父」「●●の母」といった家名に転じた例があります。
また、結婚もしていないのに「●●の父さん」、動物好きだったために「●●の父」という通称がついた歴史上の有名人物もいるらしいです。
アブー(Abū)は、●●の父 の意味
(私は)太郎の父(である)の場合
アブー・タロウ となる。
Abū ʿAlī(アブー・アリー)→ アリーの父(である)
イブン(Ibn)は、●●の息子 の意味
(私は)一郎の息子(である)の場合
イブン・イチロウ となる。
イブン・スィーナー父の名前はアブドゥッラー
ナサブとクンヤ
ナサブは正式な名を指しクンヤは通称名で、その違いは本人のファーストネーム抜き
ナサブ例
「~の息子◯◯」
ムハンマド・イブン・サルマーン(サルマーンの息子ムハンマド)
ムハンマド・ビン・サルマーン(サルマーンの息子ムハンマド)
クンヤ例
「~の息子」
イブン・サルマーン(サルマーンの息子)
ビン・サルマーン(サルマーンの息子)
しかし、イブン・スィーナーのイブン(ibn)は、「~の息子」ではなく、いわゆるファミリーネーム(姓)のように使われており、「スィーナー家」となるようです。
Abū 'Alī al-Husayn ibn Abdullāh ibn Sīnā al-Bukhārī
ibn Sīnā(イブン・スィーナー)→ 「スィーナー一家(いっか)」
ラカブ
「ラカブ」は、あだ名のようなもので、「~で有名な◯◯さん」と人物を特定できるような命名です。英語の「the ◯◯」のように定冠詞の「al-」(アル)を用い「al-本人の名」のように使います。
身体的特徴由来で、称える意味がある一方、侮蔑する意味の名もあります。
ファミリーネームのアル=アトラシュは、「耳が聞こえない」の意味で一族の中に聾者が居た経緯からその名がついたそうで、アル=アサドのAsadは獅子のことを指し、強く猛々しいさまを表すとか。
まとめ
イブン・シーナの名は、2つ表記が出てきたので、それぞれまとめてみました。
↑こちらの名前は、祖父や曾祖父を省いた短い名前になってます。
↑こちらは人名が多く羅列されていることから、戸籍登録名なのかな?と想像しました。
al-Husayn(アル=フセイン)という名が、彼の固有の名であって、佳人を指す意味あいから、日本で言うと女性なら美子とか、そういう意味の命名とわかりました。
もっと転じて花子、太郎といったありふれたイメージかもしれません。
女性なら花のように美しく、男性なら優れた男らしさです。
いや、太郎だとḤasan(ハサン)の方が近いですかね…
とすると、Husayn(フセイン)は小太郎くらいですかね(笑)
そしてアロマテラピーの歴史で、イブン・シーナと覚えていたけれど、これはいわゆる名字で、ファーストネームは一切触れてこなかったのだとがわかりました。
名字とファーストネームで考えるのなら、Abū 'Alī al-Husayn ibn Sīnā
スィーナー家のアリーの父フセインとするべきなのだろうか?
ちなみに岩波 世界人名大辞典では、ibn Sīnā, Abū ‘Alī al-Ḥusayn
(イブン・スィーナー・ アブー・アリー・ アル=フセイン)と書かれており、
改訂新版 世界大百科事典では、Abū ͑Alī ibn Sīnā
(アブー・アリー・ イブン・スィーナー)となっていました。
参考
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アロマテラピー研究室は、翻訳によって日本にアロマテラピー広めた故・髙山林太郎氏が創設。
髙山氏から後継人指名をされた林さんとともに、髙山氏の思いを引き継ぎ、髙山氏のアロマ遺産管理とアロマテラピー啓蒙活動をしております。